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闇に堕ちた勇者3

 駆ければ、風がオウカを止めようと押さえつけるが、怪物を止めるにはあまりにも無力だった。

 どれほど高速で駆け抜けようと、疲れも、筋肉への疲労も、息があがることもなかった。

 風の中に血の臭いが混じる。

 その臭いが、オウカをよりいっそう興奮させた。

 これから、どんな奴を殺せるのだろう。これから、どんな奴に殺されるのだろう。

 どんな強敵と出会って、どんな戦い方で、どんな語り合いができるのだろう。

 戦いという、相手を殺すという目的と感情で同調する一体感。

 想像すれば想像するほど、楽しみで楽しみで仕方がなかった。

 だが、高速で草原を駆け抜けているうちにオウカは異変に気がつき、立ち止まった。


「……北東は、どっちだ?」


 オウカはぽつりと呟く。

 後ろを振り返ってみる。

 馬車とは大きく距離を開けてしまっている。

 仕方がなく、剣を地面に突き刺して三角座りでじっと待つ。

 オウカはちょっとずつここがどこなのか、分からなくなってきた。

 先ほどまで、殺すこと、殺されることを期待していたのに、なんだか怖くなってきて、少し涙が零れてきた。

 困ったオウカの下に一頭だけ、人を乗せた馬がやって来た。


「もう! 何やってるんですか!?」


 手綱を片手に、見事に馬の背中に乗るサクラがやってきた。

 彼女が乗る馬はオウカの周りをしばらく歩いた後、ゆっくりと停止した。


「中々の乗馬技術だ。経験者か?」


 オウカはとりあえず、涙を見られないように話題を変えて、こっそりと涙を拭う。


「いえ、実は初めてなんですよ。じゃなくて!」

「借りてきたのか?」

「もう! あなたのせいで盗んだんです! おかげで犯罪者の仲間入りです! じゃなくて! いや、これも怒りたいですけど、じゃなくて!」


 サクラはそれはもう、顔を真っ赤にするほど憤慨していた。

 音が出ているのならば、プンプンっ! と言ったところだろうか。


「いいですか! どこの世界にいきなり、天井を突き破る人間がいるんですか!」

「ここに」

「屁理屈をこねない! それから脳筋行動をしない!」

「どちらも細胞からできているのだから、脳も筋肉も同じじゃないか」

「屁理屈をこねない! あなたという人は、何一つとして子供から成長してないじゃないですか! そもそも――」


 一体、どうしろというのだ。

 結局、話を聞くのが面倒になったオウカはすぐに剣を引き抜いて、立ち上がると、


「あ、ちょっと、待ってください! 説教は終わってません!」


 先ほどまでは聞こえなかった、幾多もの足音が聞こえてくる方角に全速力で走った。

 彼女も馬を走らせてオウカを追いかけるが、オウカの足の速度に全く追いつけていない。

 徐々に一つの隊列が地面を踏みしめる音が大きくなり、ゴブリンたちの群れがすぐそこまで来ている。


「あなたはなんのために戦うんですか!? 誰かのためですか!? あなたの戦いは意味がないと知っていながら戦うのですか!?」


 馬に跨がりながら、彼女は大きな声で叫んだ。

 オウカにとって戦う理由など、ない。

 誰かを守るだとか、救うために剣を握っていない。

 オウカは剣そのものだ。

 武器の本質など、所詮はどんな理由をつけても殺すために存在する。

 オウカが戦う理由は、あるとするならば、それは自身の剣技をさらに強くすること。

 守るためだとか、誰かのためだとか、そんな理由で決して剣を握ったりはしない。


 ゴブリンは、群れで生息する魔物……という設定を与えられた者たち。

 知能を奪われているために言語を話すこともできず、本能的な行動が大部分だが、統率力はそれなりに残されており、群れの中にリーダーを一人作り、そのリーダーが群れのルールや生活のために必要な知識を与える。

 それがゴブリンに与えられた設定。




「見つけたぞ! 楽しませてくれ!」


 オウカは小さな角が頭から生えた生き物の集団を見つけると、大きく跳躍した。


「まずは一人目」


 オウカは背中に帯剣した剣を引き抜くと、落下する勢いのまま、先頭を走る太い棍棒を持ったゴブリンの腹を貫いた。

 ゴブリンは大量の血を流すと、すぐさま息絶える。

 集団で走っていた魔物たちは……その光景にひどく怯えたのか、前へ前へと走ることしかできなかった連中が、今では隊列を乱して後ずさりを始めた。後方でも急停止による影響で、衝突も起きているようだ。


「なんだ? あんたらの目的は積み荷を襲うことだろ? 俺を殺して、荷物を奪おうって意気込む奴はいないのか?」


 オウカは、笑いながら、剣を両の肩に乗せると、さらにゴブリンは後ずさりをした。


「あんたらは俺を殺す。俺はあんたらを殺す。勝てれば俺は楽しい。負ければあんたたちは積み荷を得る」


 ジリジリと一歩ずつオウカが詰め寄れば、ゴブリンたちはそれに合わせて後ずさりをする。

 剣を振り、一気にゴブリンたちを吹き飛ばそうとした時、目の前に馬が止まった。


「待ちなさい! これ以上は戦わせません!」


 サクラは馬上で細剣を握りしめて、オウカとゴブリンの間に入った。

 手綱を持ちながら、馬上でも戦いを始められそうな馬術。

 感心しつつも、オウカは気に入らなかった。


「あんたが邪魔をするなら、俺は魔物ごとあんたを殺すぞ」

「あなたは世界の真実を知っていながら、剣を……この者たちに振れるというのですか!?」

「ああ。獲物だ」

「魔物たちの真実を知っているなら、同じ数だけ人間の犠牲者が出るってことも知っていますよね!」


 記憶の中の、思い出したくもない出来事が蘇る。

 リアフィース帝国が誇る最大の闇、魔物。

 オウカは三年前に真実を知った。

 不機嫌になりつつも、オウカは冷静を装う。


「……当然、それが何を意味するか分かっているな?」

「分かっています。これで、わたしの言葉を信じてくれますね」

「ああ。あんたが魔王だと確信したが、やや契約違反だ。今回はあんたが口出ししないことを約束すれば、違反は目をつぶってやる」

「あなたを止めることも、ですか?」

「そうだ。犯罪者と一緒に行動するということは……闇に堕ちるということはどういう意味か、よく知っておけ」


 サクラは何も言い返すことができずに、馬を退かせた。

 初めて乗る馬に、後ろに歩かせるのは並大抵の技術ではない。

 口頭による説明だけで、できるものではないのだ。

 だが、今はそんなことは、もはやどうでもいい。

 今のオウカは、生きるために殺す動物的な本能も、誰かのために戦う人間的な理性もない、怪物の本性を剥き出しにしていく。

 それは、ゴブリンたち以上に魔物と呼ぶに相応しいものなのだろう。

 サクラは、視界の隅で怯えていた。


「さて、邪魔者もいなくなった。俺は、オウカ。古の時代に咲いた幻の花を、名に持つ者。その名を抱いて死ね」


 オウカは剣を横薙ぎに振り抜くと、凄まじい突風でゴブリンたちを吹き飛ばした。

 暴風とも言える凄まじい剣。彼が一度剣を振るえば、たちまちゴブリンたちは宙を舞い、首の骨が折れる。

 オウカの手は止まらない。

 敵を貫き、複数のゴブリンの首を切り落とし、破壊力のある蹴りで葬り去る。

 血が舞う、返り血が付着する。

 ゴブリンといえども、殺し、殺される一体感を得ている。

 楽しくて、次にどんな攻撃を仕掛けてくるのか、それとも追い込まれたゴブリンたちの起死回生の一撃があるのか。

 期待で胸が膨らむ。


「ひどい……」


 サクラは馬上で涙交じりに呟く。

 魔王を自称する割には彼女は優しすぎる。

 彼女の細剣からは全く血の臭いがしなかった。

 魔物を含めた殺しの経験すらないのだろう。


「あんたが親玉か?」


 乱戦を楽しんでいる最中、オウカはそこで初めて敵からの攻撃を剣で受け止めた。

 オウカは見上げると、オウカの身長の数倍はある巨大なゴブリンが立っていた。

 ゴブリンは両手で巨大な棍棒を押さえつけ、必死にオウカを押し潰そうとしているが、オウカは片手で剣を握っているだけで、ビクともしない。


「あんたが親玉か? あんたは楽しませてくれるな?」

「……サイ」

「なんだ? あんたはまだ言葉を奪われていなかったのか?」

「……ダサマ……オウカ……ダサイ」

「俺を知っていると来たか」


 微妙に“ダサイ”という言葉に引っかかりを覚えつつも、オウカはゴブリンの持つ棍棒を容易く弾き返した。

 少し期待したが、ガッカリだった。


「終わりだ」


 一気に巨体に向けて剣を振り上げれば、剣の軌跡以上の斬撃で、ゴブリンの親玉を真っ二つにした。


「……ダサマ……オウカ……イキラレナカッタブン……イキテクダサイ」


 倒れいくゴブリンをオウカは見下していた。

 その心に優しさなど微塵もない。

 相手が誰であろうと殺す。

 それが魔物を超えた脅威たる怪物。

 たとえ、相手がどんな魔物であれ、人間であれ、決して救う方法など考えはしない、本物の脅威。


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