特務部隊 最後の任務5
表情を引き締めて、窓へ向かう。中から外を窺うような様子は見られない。警戒されないよう、女の私がコンコンと窓を叩いた。
反応がなければ強行手段も考えてはいたが、すぐに中から人影が覗いた。王宮のロビーで目にしたモクロ皇帝だった。頭を下げると、驚いた顔をしながらもあっさり窓を開けてくれる。
「夜分遅く、申し訳ございません」
こんな挨拶もどうかと思ったが、とりあえずそんなことを言ってみる。モクロ皇帝は私達の予想に反して楽しそうに笑った。
「これはこれは。何の用かな?」
「キューレ王子の使いでやってまいりました、守護兵団のキース・オルナーガとリコル・イヤルダです」
「ふん……。どうぞ」
モクロ皇帝に促されて部屋に入る。明るい部屋に入ると目がチカチカした。
皇帝はソファにドカッと重そうな身体を落ち着ける。私達は立ったまま、
「キューレ王子からモクロ皇帝に内密にお話したいことがあります。通信をしてもかまいませんか?」
と、尋ねた。皇帝の了承を得て、私は胸ポケットにしまっていた通信の石を出して、叩く。ほどなくして淡い青色の光を放ち始める。
「キューレ王子、モクロ皇帝の部屋につきました。今、目の前にいらっしゃいます」
「モクロ皇帝」
石の向こうから王子の声が聞こえてくる。
「キューレです。このような手荒な訪問、お許しください」
「まさかキューレ王子がこのような方法を取るとは、少し驚きましたね。先程聞こえた爆発音も、王子の企みですか?」
ベルロイの発した爆発音は室内にまで響いていたらしい。
「どうしてもモクロ皇帝に内々のお願いがございまして」
「……聞きましょう」
モクロ皇帝は目を閉じた。
「我がユーロラン帝国のキックス皇帝は貴国から薬物を買い、リークル神国へ流通させています。それを我々は見過ごすわけにいきません」
皇帝はぴくりともせずに耳をすましている。
「そこで、明日、私はその事実を公にしようと考えております」
明日? そんなに急なことだとは私も初耳で、思わずキースと目を合わせた。
「その場にモクロ皇帝も立ち会ってほしいのです。私の隣で」
「共に罪を告白しろ、とでも?」
モクロ皇帝は目を開けて、厳しい表情で尋ねる。
「いえ、そうではございません。私が皇帝になる瞬間を見届けていただければ、と」
キューレ王子の返事に迷いはなかった。
「見届ける」
皇帝はその言葉を重い口調で復唱した。その言葉の意味を理解したようだった。
「私がそれに応じるとでも? キックス皇帝が薬物に関わっているとして、それで我が国は少なからず利益を得ている。それを捨ててまで王子につくメリットは? まさか、薬物の流通を続けるとは言わないでしょう?」
「はい、薬物については、申し訳ありませんが取引はできません。ですが、それよりも大きなものをモクロ皇帝にお渡しすることができます」
「……ほう」
モクロ皇帝の瞳が光った。
「私は、ユーロラン帝国とダイス帝国の国境を解放したいと考えております」
「国境を、解放……?」
「はい。民が自由に行き来できるような、そんな関係を築いていきたいのです」
「王子……」
予想外に皇帝は厳しい表情を崩さなかった。
「それは、ユーロラン帝国がダイス帝国の下につく、という意味ですか?」
「いえ、違います。対等な関係を築きたいのです。そのために、ユーロラン帝国の血をお渡しすると言っております」
皇帝のこめかみがピクリと動いた。
「ユーロラン帝国の血、ですか」
「はい。私はダイス帝国の事情について、知っているつもりです」
「それは、誰から?」
「詳しくお話することはできませんが、アイレーンからではない、とだけは言っておきます」
「ほう……」
場の空気がピリピリしている。私でも倒れてしまうのではないか、というくらいクラクラとする。
「王子は様々なことについて知っているのですね」
「はい」
皇帝は再び目を閉じた。何を考えているのか、表情からは読み取れない。
「私は貴国との戦を回避したい。そのために、国境を解放する。それに賛同していただけるのならば、私の皇帝への就任を後押ししていただきたいのです」
「王子はユーロラン帝国の血を我が国に渡すことに怖さを感じないのですか?」
モクロ皇帝は静かに尋ねた。
「怖さ、とは?」
「国境を解放したところで、我々が別の国同士であることに変わりない。血を渡せば、我が国の力は強まる。将来的にユーロラン帝国に牙を剥くことも考えられます。それでも王子はそれを実行するというのですか?」
何故わざわざ皇帝はそんなことを聞くのだろう。もしかしたら、王子の回答を聞いて、信頼に値するか試しているのだろうか。
「私は貴方達ダイス帝国を信じたい」
少しの間の後、キューレ王子がそう言った。
「私達の方にアドバンテージがある内は、貴方達も安心してはいられないでしょう。対等な関係になってこそ、より良い関係が築けるというもの。それに、私は何よりも我が国と我が国の人間を信じているのです」
それは、確信ではなく祈りのようなものなのかもしれない。それでも、キューレ王子はそう強く言い切った。
「モクロ皇帝には、いつ裏切るかわからない人間を隣国の皇帝にするより、私という人間を選んでいただきたい」
ふっ、と初めて皇帝が笑みを零した。呆れたようにも嬉しそうにも見える、そんな笑顔だった。
「わかっていましたよ、アイレーン王子がいつか我々を裏切るだろうということは」
皇帝の口から初めてアイレーン王子の名前が出た。それは、皇帝がアイレーン王子と裏で繋がっているということを意味している。
「それを見越して、こちらも準備をしていたというのに……まいりましたね」
モクロ皇帝は天を仰いだ。
「少し時間をいただきたい。明朝、お返事をいたしましょう」
通信が終わって、モクロ皇帝は通信の石を私に手渡してくれる。このまま私達は立ち去るべきなのだろうが、皇帝からの返事が聞けていない今、本当に立ち去って良いのだろうか、と躊躇った。
「君はビブリオの息子だろう?」
動かないキースに向けてモクロ皇帝が尋ねた。
「はい」
名乗った時、気がついていたらしい。ビブリオと繋がっていることを言えなかったので、初めは何も反応しなかったのだろう。
「それなのにキューレ王子を支持している、か」
「はい」
キースの返事に迷いはない。
「それは何故だ? アイレーン王子につく選択肢もあったろうに」
「それは……」
一呼吸置いてから、
「親の言いなりではなく、自分自身で選んだ結果です。自国民だけでなく、貴国のことにも配慮し、血を流さずに済むかもしれない未来を選ぼうとしているキューレ王子にユーロラン帝国を導いてほしいと思いました」
と、答えた。
「どんな険しい道が待っていても?」
「はい」
「この結果、我が国がユーロラン帝国を滅ぼすことになっても?」
「それはさせません」
キースがきっぱりと言い切ると、モクロ皇帝は笑みを浮かべた。
「君達の世代は面白いね。これが若さというやつか。無鉄砲で危なっかしいが……」
その先の言葉を飲み込んで、モクロ皇帝は笑みを深くした。
「どうか、お願い致します」
私も願いを込めて頭を下げた。
「この選択の結果を私は知ることはないだろう。能力者の血が我が国に行き渡るのには相当な時間が必要だろうからね。この先どうなるかは、君達次第ということ。その結末に責任は取れるのかな」
「後悔しないよう、これから尽くさせていただきます」
モクロ皇帝はそれ以上何も言うことはなかったので、私達は敬礼をしてから部屋を後にした。
ユーロラン帝国に新たな皇帝、キューレ皇帝が誕生したのはその翌日のことだった。




