王都にて 選択3
咄嗟に反応してしまったので、誤魔化すわけにいかないだろう。キースは、
「はい」
と、重い口調で答えた。
「キューレ王子は……ダイス帝国に能力や魔力保持者がいないことについて、知っていらっしゃったのですか?」
ブルームが続けて尋ねると、王子は困ったような表情のままで頷いた。
「確信があったわけではない。ただ、僕もダイス帝国には何度か行っているからね」
王子の金色の瞳は宙に向けられ、悲しそうにきらめいた。
「そうじゃないか、とは思っていた」
「キューレ王子はその事実を知って……どうなさるおつもりだったのでしょう?」
王子は視線をブルームに戻して微笑んだ。
「僕とアイレーンは仲の良い兄弟だった」
金色の瞳は悲しげに細められた。
「アイレーンは身体は丈夫でなかったが頭の良い子供だった。そんな弟が僕は可愛くてね。アイレーンはアイレーンで、元気な時は僕に能力の稽古を頼んできたりして、よく時間を一緒に過ごしたよ」
キューレ王子は目の前で組んだ手に視線を落とした。
「道を違えたのは7年ほど前のことだった。僕とアイレーンは偶然、王宮で父がどこかの貴族の使者と薬物の流通について話しているところを聞いてしまったんだ」
2人の王子はそんなに前から薬物の流通に皇帝が絡んでいることを知っていた────!?
驚いてキューレ王子を見ると、王子は私達に頭を下げた。
「知っていたにも関わらず、君達には1からヒントも与えずに調査させることになってしまったこと、申し訳ないと思っている」
「そんな……顔をお上げください、王子」
王子が私達のような兵士に頭を下げるものじゃない。キースが慌てて促すと、王子は頭を上げて辛そうに微笑んだ。
「君達が証拠を上げてくれて本当に助かったよ」
はぁ、と1つ息を吐いてから王子は続ける。
「その事実を知った時、僕が真っ先に考えたのは父を止め、正すことだった。皇帝ともあろう人が薬物の流通で金を稼ぎ、自らの贅沢のために使うなどと以ての外だ。父には改心してほしかった。しかし、アイレーンは違った」
机に乗せた手をぎゅっと強く握り合わせた。
「父が改心するはずがない。どうにかして証拠を集め、摘発し、皇帝の座を降ろすべきだと言ったのだ」
7年前というと、キューレ王子は17歳、アイレーン王子は15歳の頃だ。その時にもうそんな選択をできたアイレーン王子は強いのだろう。
「アイレーンは『兄さんにならできる、僕も支えるから』と言ってくれた。しかし、僕はどうしても諦めきれなかった。父を変えることを」
キューレ王子は苦しそうに顔を歪めた。
「それに、僕が仮に皇帝になったとしても、事はアイレーンの言うように上手く進まないと考えたのだ。その頃僕はまだ17歳。そんな子供に果たして国民や貴族、文官、兵士達はつき従ってくれるだろうか。いいように利用する大人が必ず出てくるはずだ。そうしたら、僕はお飾りの皇帝になり、力を付けられぬまま歳を取っていくことになる」
王子の考えも最もな気がする。こんな大国を治めるのだ、子供だからと補助している内に自分の思う通りにしたいと考える大人が出てきてもおかしくない。
「それを説明はしたのだが、アイレーンはどうしても受け入れてくれなかった。そこからだ、アイレーンが僕を軽蔑するようになったのは」
本当だったら力を合わせて国を治めていく未来があったはずの兄弟が、たった1つの事で道を違えてしまった。それは辛く、苦しいことだ。
「僕は父を変えようと努力した。しかし、結果はアイレーンの言う通り。父は知らぬ存ぜずを通すばかりで聞く耳を持たなかった」
何という皇帝だろう。私はギリッと奥歯を噛み締めた。
「僕は決めた。力を付けてから、必ず父を失脚させ、自分が皇帝になると。それが今、君達に薬物について調査してもらった理由というわけだ」
私達はそんな重大な任務を知らずに受けていたなんて。
「何も話せずにすまなかった」
私達は揃って首を振る。私達が初めから薬物流通の犯人を知り、調査をしたならば、皇帝側の人間にそれが知れた時に対策を取られてしまうかもしれない。私達はキューレ王子と関係がないような離れた位置から、調査する必要があった。
「この7年間、僕は皇帝になるために様々な手回しをし、知識を得てきた。ダイス帝国とのことも、もちろん考えてある」
キューレ王子は、先程までの辛そうな表情からしっかりとした瞳に変わって私達にこう言う。
「僕はダイス帝国との友好関係をさらに深めよう、と考えている」
アイレーン王子と違う考え方だ。私はごくりと唾を飲み込む。
「我々が能力や魔力を持つ限り、どんなに友好関係を結ぼうにも限度があることはわかっている。だから、僕はダイス帝国に能力や魔力を渡そうと考えている」
言っていることがわからずに目を見張る。能力や魔力を渡す────?
「国民が自由に行き来でき、住まいを変えることもできる、そんな条約を結びたい」
「魔力や能力の血を渡す……」
そういうことか、とわかると、私はそう口に出していた。キューレ王子が満足そうに頷く。
「自由に交流していれば、移住者が出たり国と国とが関係なく結婚もできよう。そうすれば、ゆくゆくはダイス帝国にもユーロラン帝国同様に能力や魔力を持つ人間が増える」
「実際は難しい問題もたくさんありますし、実現したとしても時間はかかるでしょうけれど……」
「国と国とのいさかいを無くすには、いつの時代も時間がかかるものなのだよ」
キューレ王子は優しく微笑んだ。夢みたいな話だ。しかし、本当にそれが実現されれば……
「血が流れずに済む」
ブルームがぽつりとつぶやいた言葉に、キューレ王子は大きく頷いた。
「ダイス帝国にだってたくさんの人間が住んでいる。僕は、彼らを傷つけたくはない」
アイレーン王子はしっかりと国のことを考えた人だと思ったけれど、キューレ王子もちゃんと考えていたんだ。私はキースと目線を合わせる。
「アイレーンは皇帝の座を奪うつもりだろう?」
固い声で尋ねたキューレ王子に、キースは頷いてみせる。
「やはり……そうだろうと思っていた」
キューレ王子の精悍な顔立ちがどんどん曇っていく。
「アイレーンならもっと早く証拠を掴んで皇帝を引きずり下ろすことだってできたはず。それをしなかったのは、僕を皇帝にさせないため」
重く溜息をつき、
「そうだろうと、思っていた」
と、自分自身に向けてもう一度そうつぶやいた。
「昔の僕ならばそれを良しとしたかもしれない」
キューレ王子は力なくそう言った後、ぐっと勢い良く顔を上げた。
「でも、アイレーンがダイス帝国を滅ぼすつもりならば、それを止めなければならない。争いは新たな争いを生むだけ。それを僕達は選んではならない」
王子の顔は酷く疲れていたが、金色の瞳には力が宿っていた。それを目にすると、私も自然と顔が引き締まる。
「僕が皇帝になる。父を退け、弟からの妨害を阻止し、僕が何としても次期皇帝の座につく」
息もできない程だった。今までのゆったりとした空気が消え、ものすごい気迫を感じる。顔を上げていることも辛いほどだ。
これがユーロラン帝国の王子。ピリピリとその空気を感じた。
「君達は僕に力を貸してくれるか?」
キューレ王子は私達の顔をゆっくりと見回す。
「特にキース」
王子の視線がキースで止まる。
「君の父親はビブリオ。アイレーンの部隊の隊長だ。僕につくとなれば、父親と袂を分かつことになる」
キースが「はい」と、小さく返事をした。
「すぐに答えがほしいとは言わない。これは兵士の任務でありながら、兵士の本分を超えた任務になりそうだからね。君達の意志を僕は尊重したい」
王子は柔らかく微笑んだ。
「ただ、時間がないことも事実だ。なるべく早く返事がほしい。そうだな……明日中には返事をもらえるか?」
「はい」
それだけあれば十分だ。私達は揃って返事をした。
「この件を深く理解する君達の力が僕には必要だ。どちらがこの国を救うことになるか……いい返事を期待している」




