閑話 氷の乙女3(レイリーズ視点)
衣裳部屋へ通されると、既にグレースがいくつかのドレスを用意してくれていた。
情熱的な赤いドレスから、淡い黄色のドレスまで、色とりどりの美しいドレスが並んでいる。夢のような光景にほーっと見惚れてしまう私をよそに、ミリエル様はああでもないこうでもないとグレースと相談しながら、私のドレスを選んでいく。
言われるがままに選んでいただいた淡い水色のドレスを着せてもらう。ふんわりと控えめに広がったドレスは胸までしか生地がなく、肩を出さなければならないので恥ずかしい。「キツく締めておきますので、ずり落ちる心配はありませんよ」と、グレースに変に励まされながら、しかし本当に苦しいほどぎゅうぎゅうと締められてやっと試着が完了。
「綺麗だわ」と、満足げに笑うミリエル様に手を取ってもらい鏡の前に行くと、そこに映っていたのが自分だと気がつくのに少し時間がかかってしまった。白い刺繍が美しく、腰の淡い黄色いリボンがいいアクセントになっている。丈は、これは私のためのドレスなのではないかと思うくらい、ぴったりのサイズなのだった。
「ありがとうございます。こんな素敵なドレスをお貸しいただいて……」
あまりの感動に声が震えてしまう。
「気に入ってもらえて良かったわ。まぁ、このドレスは私のものではないのだけど」
「え、そうなのですか?」
ミリエル様のドレスだと思っていた私は驚いて聞き返す。
「えぇ、このドレスはケイティ様のもの。……ブルームのお母様のものよ」
「ブルームさんの……」
またしても聞いてはいけないことを聞いてしまったのでは、と不安になるが、ミリエル様はまったく気にしない様子で微笑んでくれる。
「ブルームから聞いている? ブルームを産んだのは亡くなられた先の奥様、ケイティ様なの。私も絵でしか見たことがないのだけれど、とても綺麗で……。ブルームも、あなたとケイティ様の体格が似ていると気がついて、ドレスを貸すなどと言い出したのでしょう。私のドレスを貸すと言うほど、彼は私に心を許していないから」
「ミリエル様……」
少し寂しそうに笑うミリエル様を私はただ見つめることしかできない。
「あぁ、仲が悪いわけではないのよ。ただ、私がこの家に来て程なくしてブルームは養成所に入ってしまったから、一緒に暮らした時間がすごく短いの。それもあって、ブルームは私に遠慮しているところがあるのよね」
ミリエル様は鏡越しに私を見つめ、また少し微笑む。
「さっき、ベルがレイリーズさんのことをブルームの恋人だと勘違いしていたでしょう? あれはね、あなたがとてもケイティ様に似ているからよ」
「私が、ですか?」
私は驚いて鏡に映った自分を見る。私がブルームさんのお母様に?
「えぇ、後でケイティ様の絵を見せてあげる。本当に似ていると私も驚いてしまったわ。ブルームはお母さんっ子だったようだから、母親に似た女性を連れてきたら、それは恋人だと勘違いしてしまうわよね」
ミリエル様はごめんなさいね、と優しく謝ってくれる。
「話が長くなってしまったわね。ドレスもずっと着ていると疲れてしまうでしょう。脱いでお茶にでもしましょう」
私ははい、と返事をしながら、ブルームさんのお母様、ケイティ様に思いを馳せる。私に似ているだなんて恐れ多いけれど、少しでもミリエル様がそう思ってくださったのなら嬉しい。亡くなってしまったケイティ様、いったいどんな方だったのだろう。
***
ミリエル様とベルキットに強く推されて、今夜は私までガリオン家に泊まっていくことになった。ブルームさんがキースさんに連絡を取るも、特に事態に進展はなく、みんな思い思いに身体を休めているらしく、今日はお休みということになった。
貴族にはあり得ないと思っていたのだが、ミリエル様は自ら食事を作られるらしく、今はキッチンへと姿を消している。「お手伝いする!」と、言うベルキットも一緒にいなくなってしまったので、私はブルームさんと客間でのんびりとさせていただいている。
「悪いね、レイ。君まで巻き込んでしまって」
「いえいえ! 申し訳なく思うくらい、楽しませていただいていますよ」
お兄さんっ子のベルキットだが、何故か私のことを気に入ってくれたらしく、先程まで一緒にお庭で遊んでいた。私のことを「姉さま」と呼んでくれる彼女と一緒にいると、自然と笑顔になってしまう。
ブルームさんはソファに身体を深く沈めて、珍しく欠伸などをしている。
「なんだか気が抜けてしまうね。明日は大事な日だというのに」
欠伸を見られたことに気がついたブルームさんは、困ったように笑った。毎日任務でユーロラン帝国中を駆け回っているのだ、それは疲れているだろう。やっぱり、自分の家というのは気が抜けてリラックスできるのかもしれない。
普段、働きすぎるブルームさんの身体を案じている身としては、少しでも休んでいただけるのなら嬉しい。
「姉さま! 兄さま!」
静寂を破ってベルキットが慌ただしく部屋に入ってくる。
「どうした?」
「母さまがケイティ母さまの絵を姉さまに見せてきなさいって!」
「母さんの絵を?」
ブルームさんは不思議そうな声を出した。
「すみません、先程ミリエル様から少しお話を聞きまして……」
「そうだったのか。見ても楽しいものではないと思うけど」
「姉さま、兄さま、ベルに着いてきて!」
ベルキットはぐいぐいと私の手を引っ張る。
「行こうか」
ブルームさんはやれやれ、という表情をしながら、立ち上がった。
1階のお部屋にその絵はあるらしい。そこは、家で小さなパーティが開けるように、と作られた部屋で、そんな場所に置かれているということは、ガリオン家にとってケイティ様の存在は大きいのだということがわかる。
私に似ているというケイティ様。一体どのような方なのかと、見る前からドキドキしてしまう。
「ここよ!」
私の手をぎゅっと握ったベルキットがドアを開ける。広い部屋の一番目立つところに、その絵はあった。
絵には胸から上の女性の肖像画が描かれている。ブルームさんと同じ銀の髪は長く、目鼻立ちがはっきりとしている。瞳は綺麗な青色で、絵を通してでも強い意志が感じられる。白い肌は透き通るようで、とても美しい女性だ。
私はその絵の女性を見て、息を飲んだ。心臓がドキドキと早鐘を打ち、血が逆流するかのような熱さを感じる。
「ね、綺麗でしょう? 姉さ……」
ベルキットが私を見てハッと息を飲んだのがわかった。何か言わねばと思うのに、その絵から目が離せない。
「レイ?」
ブルームさんも私の異変に気がついて、心配そうに声をかけてくれる。その声で、私は自分が涙を流していることに気がついた。
「どうした?」
「あ……」
何と言ったらいいのかわからない。私はただ、嬉しくて、同時にとても悲しくて、ケイティ様の絵から目が離せない。
その絵の女性は、かつて私の命を救ってくれた、守護兵団の兵士様だったのだから。こんなに身近にいたなんて、ブルームさんのお母様だったなんて。感動で震えそうになるけれど、それは同時にケイティ様と二度と会えないことを意味している。
私は心配する様子の2人にどう説明したらいいかわからなくて、ただしばらくその絵の前に立ち尽くしていたのだった。
●登場人物の見た目紹介
ミリエル・ガリオン(29)
性別:女
身長158、エメラルド色の瞳。
栗色の長い髪の毛はふわふわとウエーブしている。
内面が表れたような優しい顔つきで、可愛らしい女性だ。




