パリス地方 帰省2
昼食休憩を終えて移動を再開する。昼までは予定より早く進んでいたペースが、午後になって落ちてしまった。休む予定だった街に着いたのは予定していた時刻とさほど変わらないくらいになっていた。
「今日はここで休もう」
「そうだね……」
流石に疲れた表情を見せると、
「飛ばしすぎだ、この馬鹿」
と、キースに怒られてしまう。カンネへ行くことへの気の重さから、冷静じゃなくなってたかも。反省。
休む街にはあえて小さい街を選んだ。追跡者がいたとしたら隠れにくくするためだ。私達は街で1つだけの宿へ向かった。
「ご宿泊ですか?」
大柄なおじさんが私達を出迎えてくれる。
「あぁ、部屋を……」
「ちょうど最上階の部屋が空いていますよ! さぁさぁこちらへ!」
宿の主は私達の荷物を受け取って階段を登って行ってしまう。最上階、と言っても2階建ての小さな宿なのに、と思いながら主の大きな背中の後に続く。
食事はここで、お風呂は隣の浴場へ、などと説明をしながら1つの部屋に入って私達の荷物を置いた。
「それではごゆっくり!」
おじさんは満面の笑みでそう言うと、部屋を後にしようとする。それをキースが、
「ちょっと待て」
と、慌てて呼び止めた。それもそう、ここは大きなサイズのベッドが1つ置いてあるだけの部屋だったからだ。
「部屋を2部屋借りたい。できたらこの隣がいいのだが」
「2部屋?」
おじさんは心底不思議そうな顔をして聞き返してきた。
「旦那さん達はご夫婦じゃないので?」
「違う!」
「違います!」
私達の否定が見事に被った。どこをどう見たら私達が夫婦に見えるのだろうか。キースも耳を僅かに赤くして強く否定している。
「そうでしたか、それは失礼しました。もう1部屋ですね……並びの部屋は空いていないので、もう一方は階が別れてしまいますが」
「そうなのか……」
キースは腕を組んで唸る。いつもだったら部屋が離れてもレイリーズがいるから不安はないのだが、今日は私1人だけ。離れた部屋だと安全面からして不安なのだろう。
「ふふふ、そんなに離れるのが嫌ならこの部屋にお2人でお休みになられれば良いでしょう。何、結婚してないからと言って、好き同士なのでしたら問題ありません」
「だから違うと言っている!」
何かを勘違いしているらしいニヤニヤ顔のおじさんにキースは強く突っ込んだ。おじさんは私達の事情など知る由もないので、照れているだけと判断したのかニヤニヤと笑う表情を崩さない。
「それならば毛布をお貸ししましょうか? この部屋にはソファがありますので、少し狭いですがお一方そこでお休みになられては?」
見ると、確かに部屋にはソファがあった。眠るには十分なサイズに見える。でも、キースが2人で同じ部屋に泊まることを了承するとは思えない。……と、思いきや。
「……わかった」
苦い顔をしながらも、何とキースはそれを受け入れてしまった。私が驚いている内に、
「それでは後ほど毛布をお持ちしますね」
と、言っておじさんは退出してしまった。
「ちょ……ちょっと」
「仕方ないだろう」
キースは私に背を向けたままそう言う。
「リコルを離れたところに1人にするわけにいかない。襲われた時に俺が気がつかなければどうしようもないんだから」
「そうだけど……」
私だって一応能力者だ。まぁ確かに寝込みを襲われて相手を撃退できる自信があるか、と問われれば、それはないとしか言えないけれど。
「ちっ……」
キースは舌打ちをしてから自分の場所だとでも言うようにソファにドカっと座ってしまった。これは腹を括るしかないのだろうか。私だって新人訓練の時に男性と一緒に寝泊まりしたことはある。だけど、あれはあくまで野宿だったし、人数も多かったし……って、何で私はこんなに動揺しているんだろうか。
私は自分の感情を上手く整理できないまま、しかし、この状況を受け入れるしかないのだった。
***
宿の隣りにある食堂で、私達は夕食を済ませた後もしばらく時間を過ごした。2人でいることは多いのに、何故だか今日休む部屋で2人きりになることが躊躇われたからだ。
食事中もろくな会話をせず、ただ2人で黙ってテーブルに向かい合っていると食堂の従業員が不審な目を向け始めてきたので、私達はようやく席を立って部屋に戻った。
部屋に戻るとキースはソファに座って買ってきたお酒を飲み始めた。キースはベルロイほどお酒が好きなわけではないと思っていたのだけど、違ったのだろうか。私はキースの向かいの椅子に座ってぼーっとそれを眺めた。
部屋はしんと静まり返っている。静かな空間は好きなのだが、今日は何だか気まずく感じた。キースが2杯目をグラスに注いだ時に目が合った。
「……リコルにはやらねえぞ」
キースが眉を潜めて酒を私から遠ざけた。
「別にほしいなんて言ってないじゃん。キースこそ飲み過ぎて酔っ払っちゃうんじゃないの?」
「俺はリコルみたいに弱くねえから」
キースはそう言いながらも、常に手にしていたグラスから手を離した。
「リコルは先に寝たらどうだ? 疲れてるんだろ?」
宿に着いてからすっかり頭から抜け落ちていたけれど、私は昼間の移動で疲れていたんだった。それなのに、身体は疲れているのに頭は妙に冴えていて眠れる気がしない。
浮かない顔をしていると、
「自分の生まれ育った街に行くのが嫌か?」
と、尋ねられた。
「いい気分はしないかな。あの街に私の居場所はないから」
街の人が私に向ける瞳を、離れてからだいぶ経つというのにありありと思い出せる。街の人が私を見る表情というのは、弟の事件の前から良いものではなかったけれど、事件の後からは遠慮のないものに変わっていた。
「そんなに嫌なら俺1人で行ってきてもいいが……」
「いや、私も行かないとあいつは何も情報をくれないよ。ダイス帝国からのスパイの情報を持ってるとしたら、相当なネタだからね」
そもそも知らない人にすぐに情報を売るとは思えない。情報屋とのやりとりは信頼関係が重要だ。
「大丈夫だよ。嫌われ者はもう慣れっこだから」
私は笑顔を向けたが、キースは笑ってはくれなかった。
「今は違うだろ」
「え?」
「レイリーズやイオルとだって上手くやってるだろ」
「リルルートで問題を起こしたばかりなのに?」
「だからといって嫌われてるわけじゃない」
「そう……なのかな」
自分でも嫌われているわけではないと思ってはいたが、別の誰かにそう言われるとなんだか照れくさい。
「それはリコルの力で得たものだ。だから、そんなことを言うな」
キースは私を励まそうとしてくれている。それがわかると、自然と笑みが零れた。
「……何だよ?」
「キースって意外と優しいよね。いつも私の事、励ましてくれる」
「ばっ……! そんなんじゃねえよ」
キースは照れたような表情を浮かべながら勢い良く私から目を逸らした。
「くだらないこと言ってねえでさっさと寝ろ。明日はリコルが疲れてても予定通り進むからな」
「はーい」
私は間延びした返事をして立ち上がった。
「キースもお酒はほどほどにね」
「わかってるよ」
完全に機嫌を損ねてしまったようで、キースは不機嫌そうにそう言った。
「おやすみ、キース」
「あぁ。……おやすみ」
私は1人で寝るには広すぎるベッドに潜り込んだ。横になると先ほどまでの緊張が嘘のように疲れと眠気が一気に襲ってきて、私はそれに身を任せて目を閉じたのだった。
●王族紹介
クレア王妃(45)
性別:女
有力な貴族の娘。
その美貌を見初められてキックス皇帝の妻となった。
パーティなど派手なことが大好きで、ドレスや装飾品にもお金をかけている。
彼女に気に入られればキックス皇帝に気に入られることとなり、ひいては国において権力を得ることができるので、彼女に見合う高価な品々を持って王城を訪れる貴族が後を絶えない。




