リルルートにて狙われた特務部隊3
昨日も訪れたリークル神国との国境まで私達は走った。やっとのことで到着すると、そこではまだ騒ぎは起こっておらず、昨日のように馬車が列を作っていた。
私達は周りが見渡せる位置で身を隠した。
「イオルが現れたら俺が硬直させましょうか?」
「ルシェは弓を持って来なかったでしょう?」
警備の厳しい国境に武器を持った集団がいるのは怪しいので、剣以外の目立つ武器は置いて来ていた。
「長剣を持ってきました」
「剣で硬直させられるの? 自分も硬直しちゃうんじゃなかった?」
「実は剣でも硬直させられるように訓練していたんです。まだ自分の腕は硬直してしまうのですが、足は動きます」
一発勝負の切り札というわけか。不確実なものだし無理はしないで、と言おうかと思ったが、ルシェの真剣な表情に射抜かれた。普段のルシェより大人に感じるその顔を見ていると、私もやらなければならない、という思いがふつふつと湧いてくる。
キースが暴走させられた時、触れて感じたのは異常な殺戮感情と、それと戦う正常な意識。私の力でその正常な意識を助けてあげられれば。脳と繋がることによって異常な感情を抑えてあげられれば。
「私も試してみたいことがあるの」
私はそう告げて仲間の顔を見回した。最後にキースとしっかり目が合った。
「私がイオルを止めてみる」
「気絶させるのか?」
「そうじゃないんだけど、上手く説明できない。でも、やってみたい」
こんな時に不確実な提案をしているのはいつも私だ。それでも私がイオルを助けたい。私はルシェに目線を移した。
「もし私が失敗したら私も一緒に硬直させて。私は置いていっても構わないし」
「何を言ってるんだお前は」
横からキースの手が伸びてきてぐしゃぐしゃと頭を押し付けられるように撫でられた。
『絶対にそんなことはしない。連れて帰る』
キースの手からはそんな声が聞こえてきた。
「ありがとう」
「何がだよ」
「ううん」
私は小さく笑った。心に温度が戻って来たのがわかった。あぁ、私は緊張していたんだな。
「頼めるかな、ルシェ。ルシェが控えてくれてると思えば、やれると思う」
「わかりました。必ず」
ルシェはしっかりと頷いてくれた。
「それじゃあイオルちゃんはリコルちゃんとルシェ、サポートをキースに任せるよ。俺とレイ、ベルロイは操ってる方を探して捕らえる。それでいいかな?」
「あぁ」
キースが落ち着いた表情で私達を見回した。
「必ずイオルを助けよう」
私達は小さく返事をしてそれに応えた。いつもこうして鼓舞してくれるキースの力強さに私達は奮い立たされているのだと思った。
***
レイリーズとブルーム、ベルロイは周囲を警戒するために姿を消した。私達は国境が見える位置で待機する。もう少し近づきたいところだが、近づきすぎて兵士に見つかるのが怖かった。相手が守護兵団であっても油断はできない。
ただ時間が過ぎて行く。そもそも敵がここに現れなかったらどうしよう。私の考えが間違っていて、そのせいでイオルがどこか別のところへ行ってしまったら────
そう不安に駆られる度にキースの顔を見るが、キースは迷いのない表情で周囲の警戒を続けている。そんなキースを見るだけで少し心が落ち着いて、私もなんとか自分を保てていた。
キースのことをこんなに頼りに思ったのはいつからだろう。能力の高さを見てからだろうか、それとも隊長としての姿を見てきたからだろうか。
自分の過去をキースに打ち明けてからかもしれない。ふとそんなことに思い当たった。自分について誰かに話したのはあれが初めてのことだった。
私が過去を打ち明けてもキースの態度は変わらなかった。それどころか、打ち明けた時には抱きしめてくれて────
心臓がドクンと跳ねて我に返った。いけない、集中しないと。でも……
そっとキースを見る。昨夜からちゃんと話せるようになったけれど、変に思い出してしまったらまた上手く話せなくなりそうだ。恥ずかしいからなのだろうか。こんな経験は過去にないのでまったくわからない。自分がどうしてキースとちゃんと話せなかったのか。自分のことなのに全然わからない。
列を作っていた馬車の中から人が降りてきた。ふらふらと国境の方へ向けて歩いている。フードを被っていて顔は見えないが、明らかに様子がおかしい。一気に緊張が高まる。
「イオル……?」
キースを見ると、
「行くぞ」
と、言って素早く立ち上がった。
「ルシェ、よろしくね」
私はもう一度そう言って前を向いた。
「リコル、余計なことは考えずに思い切ってやれ。お前が失敗してもルシェも俺もいる。ブルーム達が先に能力者を見つけるかもしれないしな」
私の過去を知って、気絶させることが怖いのではないかとわかって励ましてくれている。キースの優しさを噛み締めながら、
「ありがとう、行ってくる」
と、言って私は飛び出した。
「イオル!」
走りながら叫ぶと、フードを被った人がふらふらと前に進めていた足を止めた。近づくにつれてその体格は小さく華奢で、イオルに近いことを感じていた。
「イオル!!!」
列を作っている馬車の御者の目が私に向くがそんなことは構わない。私は走って近付いて、その人物の肩を思いっきり掴んだ。振り向かせると、目を血走らせたイオルの顔が見えた。赤茶色の瞳は焦点が合わずにぎょろぎょろと異常な動きをしている。間違いない、暴走させられている。
首筋に触れようとして、イオルが手に光るものを持っているのが見えた。小型のナイフだ。イオルが私にそれを突き出せば、私は抵抗の余地なく刺されてしまうだろう。一瞬躊躇ったが、ここで怯んでいるわけにはいかない。私はイオルの首筋に手を当てた。
『リコル……』
助けを乞うような声と、
『殺したい……白いフードのやつら……』
という声が入り混じって聞こえてくる。それらが波のように押したり引いたりを繰り返している。キースの時と同じような脳内だ。私はイオルの脳内へ意識を集中させて、暴走している感情に向けて、
『イオル! しっかりして!』
と、必死に伝えた。集中して聞いていると、暴走している感情は明らかに外部からの影響を受けている。それを、どうにか抑えなければ。
私は目を閉じて意識を集中する。周りの音が次第に聞こえなくなっていく。すると、
『目の前の女を殺せ』
と、いう別の男の声が聞こえてきた。これが能力者の声だ。私はその男に対して、
『イオルから出て行って!』
と、訴えた。それでも男の声が止むことはない。私の声は聞こえていないのかもしれない。
『イオル! こんな男の言うこと聞いちゃダメ!』
今度はイオルに訴えかける。こんなこと、今までやったことのないことだ。でも、なんとしてもイオルを守りたい。私は身体中がじっとりと汗ばむのを感じながらも必死にイオルの脳内でもがき続けた。
『リコル……?』
何度か呼びかけていると、私を呼ぶイオルの声が大きくなってくる。もう少しだ! 私はイオルと一緒に外部からの能力者へ脳内で抗う。
『ダメ……逃げて……』
イオルの右手が震えている。私を刺したい衝動と戦っているようだ。
『イオル! 負けちゃダメ! しっかりして!』
『何やって……』
『負けないでイオル! 私に対して怒ってたみたいだから私を憎んでるのかもしれないけど、今は堪えて! 文句なら後でいくらでも聞くから!』
『怒ってなんか……ない。あたしが冷静じゃなかっただけ。男のことばっかり考えてる私はダメで、何でも簡単に手に入れようとするあんたに嫉妬しただけ……』
『そんな風に私のこと……』
私はイオルのことをまったく見れてなかった。いつも自分で精一杯で、自分が周りとどう関わっていくかなんて考えたこともなかった。
『あたしはあんたのことなんて大っ嫌い! でも……本当は気になってた。お金のために結婚のことを第一に考えなきゃならないのに、あたしに気軽に接してきて……。今まで女の子とろくに接してきたことなかったから、リコルがどんな人間なのか知りたいと思ってた。嫌いにならなきゃいけないのに……』
『私もイオルのこと、話しやすいと思ってたよ。裏表がなくて飾らなくて。私のこと嫌いならそれでいいよ。私もイオルの全部が好きになれるわけじゃない。お互いにそのままで、仲良くなろうよ』
『リコル……』
だんだん波が薄れてくるのがわかる。今なら!と、思い、かっと目を開いてイオルが手に持っていたナイフを叩き落とした。キースが素早く駆けてきてそのナイフを蹴ってイオルから離した。
すると、イオルに対する干渉が途切れた。イオルからふっと力が抜けて崩れ落ちる。そのイオルをルシェがしっかり抱きとめた。
「よくやったな、リコル!」
「ありがとう……」
上手くいった。そうわかると私の身体からも力が抜ける。キースが私の肩を抱いて支えてくれた。
「大丈夫か!?」
「うん、ごめん、大丈夫」
私は体勢を立て直す。頭が酷く疲れている。しかし、身体はちゃんと動きそうだ。
「イオルを操っていた奴も気になるが、ブルーム達にまかせて俺達は宿に戻ろう。追手が狙っていないとも限らない」
「わかった」
すっかり気を失ってしまったイオルはルシェが抱きかかえ、宿に向かって走り始めた。
●ルシェの特訓
弓を使った硬直能力の弱点であった接近戦。
そこでも使えるように剣で硬直させられないかと密かに特訓していた。
剣先にだけ能力を込めるやり方は弓より遥かに難しく苦労していたが、何とか形になってきていた。
その他にも、まだ体格が小さいルシェは剣術も苦手だが、接近戦ができるように剣術も特訓していた。
たまにベルロイと夜に特訓していたこともあったようだ。




