リルルートにて狙われた特務部隊2
「と、とにかく助けに行かないと!」
声をあげたのはルシェだった。あまりの事態にみんな一時言葉を失っていた。
「そうだね。でも……」
ブルームの声が遠くで聞こえる。私のせいだ。私がお酒を飲みすぎたから。私がイオルと喧嘩したから。私が1人で出ていくイオルを止めなかったから。
助けに行かなければ。イオルがこのままどうかなってしまう前に。
「リコル!?」
ドアに手をかけた私の腕をキースが掴んだ。
「どこに行く?」
「どこって……イオルのところだよ!」
私はキースを見上げてきっと睨み付けた。
「場所はわかるのか?」
「わかんないよ! でもまだそう遠くには行っていないはず。情報屋でもひっ捕まえて情報をもらうよ」
「闇雲に動くのは……」
「じゃあどうしろって言うの!? イオルは戦えないんだよ!? 武器も持ってない! このままじゃ……」
最悪の事態が頭を過る。そうなる前になんとしても助けなければ。その義務が私にはある。
「離して!」
私はキースに掴まれた腕を強く引く。しかしキースの力は強く、びくともしない。
「キース! 離してってば! 私にならできる! だから……」
「リコル!」
キースは刺すような鋭い声を出して私の両肩を掴んだ。そのあまりの鋭さに私は言葉を失った。
「落ち着け!」
すぐ近くにキースの顔。怒っているようで眉間がぴくぴくと動いている。黒い瞳は私をしっかりと捉えていた。
「お前がそんなに取り乱してどうする! イオルを助けるならお前の持つ知恵を使え。使ってから行動しろ。それで今までだってやってきただろ!? 闇雲に動いてもイオルは助けられない!」
キースの手が上下している。私の息が上がっていて、いつの間にか肩で息をしているのだ。
「冷静になれ。それで、みんなでイオルを助けよう」
私は冷静じゃない。彷徨っていた視線をしっかりとキースに合わせた。キースは真剣な表情のまま私を見ている。
そうだ、イオルを助けよう。助けるためには頭を使って考えないと。
「ごめん」
「わかったならいい」
キースが私の両肩から手を離した。掴まれていたところが少し痛い。私は一息吐き出してからみんなを振り返った。
「ごめん」
「よし、それじゃあ改めて作戦を考えよう」
ブルームがそう言って仕切り直してくれる。ここにいるみんなは強い。それはわかっていたことじゃないか。みんなでならイオルは必ず助けられる。そのためにイオルがどこにいるか、考えなければ。
「まずはイオルちゃんを捕まえた犯人を予測しよう。そうしないとどこにいるのか見当もつかない」
「この街の賊かな?」
「その可能性ももちろんあるけど、リルルートはリークル神国への入り口。守護兵団の警備は相当厳しいんだ。それこそ王都よりも」
「そうなの?」
「あぁ、裏社会の人間もそれがわかっているんだろう、あまり黒い話は聞かないな」
それじゃあ情報屋を探すのも一苦労かもしれない。
「そうだとしてもイオルちゃんは女の子だからね。乱暴目的で捕まった可能性はある」
「そんな……」
ルシェが顔色を変えて拳を握りしめた。
「イオルちゃんが行ったと思われる酒場を探すのがいいかな。女の子が1人でうろついていたならば、覚えている人がいるかもしれない」
「でも、それだと時間がかかりすぎます!」
普段、作戦会議で発言することがないルシェが珍しく声を荒げた。
「そこなんだよね。どうにかして足取りを絞れたらいいんだが……」
ブルームが険しい顔で眼鏡をくいっと上げた。
乱暴目的なのだとしたら、計画的犯行というのは疑問だ。計画的なのだったらわざわざ警備の厳しいリルルートで襲うだろうか。別の街で襲ったほうが随分と楽なはずだ。
だとしたら衝動的な犯行? 私は輝きを失った通信石を見つめた。
何だか附に落ちない。
「ここでこうしていても仕方がない、か。これ以上の案が見つからないなら、動くしかないだろう」
「そうだね」
本当にそれでいいのだろうか。イオルはそれで見つかるだろうか。
「リコル、それでいいか?」
キースにそう尋ねられた。
もし、私達を狙った犯行だったとしたらどうだろう。そうしたら戦えないイオルを狙うのは正しい判断だろう。その場合、誰がイオルを狙った?
キャッセル家。
ハッと息を飲んでキースを見た。キースは私をしっかりと見ている。
この名前をどうやってみんなに切り出そう。リルルートに来てから1人で行動したことはないので、ここで知り得た情報だとは言えない。でも……
私はしっかりとみんなを見渡して口を開いた。
「今から私が尋ねることに何も聞かずに答えてくれる?」
時間がない。イオルを助けるためには何でもしたい。それが、私を危険に晒すことになっても。
みんなは不思議そうな顔をしたが、キースだけが、
「わかった」
と、言ってしっかりと頷いてくれた。私は頷き返して、一拍置いてからその名前を口にした。
「キャッセル家って知ってる?」
「え?」
みんなの顔色が変わった。キースも驚いた表情を浮かべたが、
「あぁ、知っている。有名な貴族だ」
と、答えてくれた。
「有名ってどれくらい?」
「えっとね、キックス皇帝の妻、クレア王妃は知ってるよね?」
「うん」
「そのクレア王妃の弟の妻の実家がキャッセル家だ」
「王妃の弟の妻の実家……」
頭から血が引いていくのがわかる。特務部隊を解散させようとした皇帝の親族。それが……
「薬物の保管場所」
全員の顔から色が失われた。薬物の流通に皇帝が関わっている可能性が高くなったのだから当たり前だ。私達が敵に回している者。それは本当にこの国そのものということになる。
それならば、皇帝の部隊が私達を解散させようとしたことも納得がいく。手がかりを掴みかけた私達を何としてでも解散させようと思うだろう。
だとしたら、私達の部隊を消すためにイオルを攫ったのだろうか。ナンルムルで荷馬車を捕らえたことを知って、このままではまずいと焦っている可能性はある。そうなると、イオルだけではなく私達も狙われている、ということになるのだろうか。
「イオルは今、キャッセル家の手の中にいる、ということか?」
「可能性は高い。信じてくれるのなら、だけど」
私は全員の顔を見回した。みんな恐ろしいものを見るような顔で私を見ている。瞳の奥には怯えの色も見て取れた。
「信じよう。リコルが嘘をつくとは思えない」
きっぱりとした声でキースが言った。隊長が言うなら……と、他の面々も頷いた。
「イオルちゃんがキャッセル家に捕らえられた、とすると目的は何だろう?」
「俺達を脅すつもりか?」
「いや、その可能性は低いだろう。キャッセル家だぞ? もし攫ったのがキャッセル家だとわかればこの国の信頼が崩れる」
それ以外でイオルを攫って私達を止める方法。例えば────
「自滅させる、とか?」
「自滅?」
「そう。例えばイオルに何かの犯罪の濡れ衣を着せてそこに私達、特務部隊も全員関わっているとして解散させる、とか」
「ありえるな……」
キースが腕を組んだ。
「じゃあ特務部隊を解散させる程の犯罪って何だ?」
近付いている気がするのにあと一歩が届かない感覚だ。何か見落としていることはないだろうか。目を閉じて反芻する。
皇帝が関わっている可能性が出てきた薬物の流通。遠い親族であるキャッセル家を使っている。それを私達に暴かれたくないからここで解散させたい。
薬物は恐らくキャッセル家からナンルムルの献上農家を経てリルルートへやってくる。ナンルムルまでは能力の高い護衛が2人ついて運んでくる。その護衛はキューレ班によって捕らえられている。
イオルを攫ったのはキャッセル家の関係者だとすると、リルルートに既にいたのか、それともナンルムルから私達を追ってきたのだろうか。
荷馬車を護衛していた男は相当強かった。魔力保持者2人に暴走の能力者。イオルを捕らえたのもそのくらい強い人なのかもしれない。特にキースをおかしくさせた暴走の能力者のような人がまた出てきたら……
暴走能力? 私はゆっくりと目を開けた。もしあの護衛と同じ能力を持つ者が他にいたら。もし暴走能力を持った人間がイオルを捕らえたのだとしたら。
「イオルを暴走させて、何らかの犯罪を起こさせようとしている……?」
「どういうことだ?」
「能力・魔力はほぼ遺伝するものでしょう? もし、キースを暴走させた能力者の親族が敵にいたら、イオルを暴走させることができる」
「ありえる話だな……」
キースが表情を険しくさせる。
「だとしたら、国境かもしれない」
「国境……?」
「リークル神国にはお祓いをしないと行けない。そこには、ユーロラン帝国の領土でありながらリークル神国の神官がいるだろ?」
「そうだな」
「そこにイオルが現れたら? そこで、イオルを暴走させて神官を襲わせたとしたら、それはあってはならない重要な犯罪だ。隣国の、しかも神官を傷つけたとなれば……」
ブルームが色を失った唇を小さく開いた。
「死罪は免れない。俺達も関わっていると言われた日には、全員が死罪だ」
全員が息を飲んだ。でも、それだ。それが一番てっとり早い。キャッセル家の影を見せることなく私達を処理できる確実な方法だ。
「行こう、国境へ」
私達は頷いて部屋を飛び出した。急がなければ。急いでイオルを助けなければ!
●王族紹介
キックス皇帝(45)
性別:男
ユーロラン帝国、第十六代皇帝。
父であり先代の皇帝が築いたダイス帝国との友好条約を引き続き守り、さらに強固なものにすべく交流を深めている。
その他の政策面は現状を維持するものが多く、大々的な改革などは行っていない。
生活は豊かで社交界へ頻繁に顔を出すなど派手な交友関係でも知られる。
その割に愛妻家としても有名で、クレア王妃以外の女性は娶っていない。




