フィデロ地方にて怪しい荷馬車を調査せよ5
駆けつけたフィデロの第五守護兵団に調査を引き継いで、私達は宿に戻ってきた。改めて報告を、とイオルが本部にいるフレイに通信を繋ぐと、フレイだけではなく第一王子キューレ班のゼノ隊長までもがその場にいた。
『軽く話は聞いた。ご苦労だった』
通信の石から流れてきた久しぶりに耳にするゼノの威厳のある声を聞いて、私達は見えていないというのに一斉に礼をした。
『特務部隊の存続について、君たちにまで心配をかけてすまなかったね。今回の件で解散は回避できそうだ。キューレ様だけでなく、事態を重く見た第二王子のアイレーン様の部隊も君たちの存続を後押ししてくれた』
私達は一斉にほっと息を吐く。アイレーン様の後押しは事前にお父さんに掛け合ってくれていたキースのおかげでもあるだろう。
『今回の商人や護衛に関しては守護兵団の兵士ではないから、皇帝陛下の部隊も簡単には介入できないはず。しかし、念には念を入れてキューレ班が取調べを担当することになったから、安心してほしい』
「ありがとうございます」
『それで、今回の件について、君たちの意見を聞きたい。この薬物はどこから来てどこへ流通するはずだったか、ということだ』
「それについては疑問が多く……こちらでも掴みきれていないのが実際のところですが」
ブルームはそう前置きしてから、献上農家のことについて説明した。情報屋のことは言わずに、ナンルムルの街に荷馬車が入っていないこと、近くに献上農家があり、そこになら荷馬車の出入りがあるということ。
一通りの説明が終わると、ゼノは、
『ふーむ』
と、深い溜息をついた。
『それが本当だとしたら大変なことになる』
しばらくの重い沈黙の後、再びゼノの声が聞こえ始める。
『万一リークル神国に薬物が渡っているとしたら大問題。そうでなくとも、ユーロラン帝国管轄の献上農家に薬物が置かれている、ということになれば……』
ゼノは最後まで言葉を口にしなかった。その先の言葉を口にするのは流石に躊躇われたのかもしれない。
献上農家に認可を与えているのは皇帝だ。献上農家が関わっているとするならば、皇帝が関わっている可能性は否定できない。私達を解散させようとしていたのも、その皇帝の部隊なのだから尚更だ。
『君たちにはこのまま献上品が集まる街、リルルートへ調査に行ってもらいたい』
「はい」
リークル神国への入り口、リルルート。フィデロ一の大きな街。巡礼へ向かう者も献上品もすべてそこに一度集まることになっている。そこでお祓いを受けて穢れを落としてから神の国へ入るのだ。
『献上品を調査するのは難しいだろうが、何か確実な証拠を掴まなければならない。また、スパイについても並行して調査を続けてほしい』
なんて難しい調査なのだろう。タブーとも言えるリークル神国に関わる調査。しかし、特務部隊はそのために設立されたのだ。身の引き締まる思いがした。
「わかりました」
『こちらも何か掴めたら連絡する』
そうしてゼノ達との通信は終わった。それぞれがこの調査の難しさを噛み締めているのだろう、しばらく沈黙が流れた。
私はその間に考えを巡らせる。先程捕らえた護衛や商人は何も口を割らなかった。キューレ班の尋問で口を割るかどうか。
わかっているのは私が聞いた「キャッセル家」というキーワードだけ。恐らくそれがあの荷の出処だ。キャッセル家、みんなに聞けばどんな家かわかるのだろうか。わかっていても、私は心を読んで知ったそれをみんなに告げることはできない。
家、というからには貴族か何かなのだろう。ガイラスは心で『貴族連中に一泡吹かせるチャンスがやってきた』と、言っていた。この薬物流通の裏には貴族が絡んでいるということか。
私はベルサロムに行ったことがない。どんな場所かわかっていないが、地方貴族が多く住んでいるということは知っている。海があるのでリゾート地として王都貴族の別荘地もあるとか。
どのくらい広い土地を持っているかは知らないが、貴族の家が薬物の保管場所になっているとしたら、それを守護兵団は調査できるのだろうか。貴族出身の兵士もたくさんいるはずだ。そこまで関わっているとしたら、やはり国ぐるみで薬物を流通させているということにならないだろうか。
「あれだけ大量の薬物……やっぱりあれはリークル神国へ運びこまれているのだろうね」
ブルームが口を開いた。
「リルルートへ行って証拠が掴めればいいが。まだスパイについても何も掴めていないし」
商人や護衛の持ち物からはダイス帝国のものは見つからなかった。わからないことが多すぎる。ガイラスに聞いて薬物を見つけられはしたものの、未だ真実には何も近づけている気がしない。
「国だけでなく、神をも敵にしているような気がしてきました」
レイリーズはそう呟いて苦笑した。
「その通りかもしれないね」
ブルームは同意して眼鏡をくいっと上げた。
「俺達はこれからリークル神国をも疑って調査しなければならない。その前に聞いておこう。この中で敬虔なリークル教の信者はいるのかな?」
みんなの顔を見渡してから、ブルームは少し笑って、
「生憎だが、俺はさほど信じていない」
と、告げた。リークル教はユーロラン帝国の国教であり、およそ七割の人が信じているとされている。確率から言えばこの中の半数以上が信者ということになる。
「俺もだな。父上は毎年巡礼に行っていてそれを否定するつもりはないが、自分自身はどうでもいい、が正直なところだ」
「私も……そうですね、言われてみればお二人と同じだと思います。生まれた時から近くにあって、教会で神に祈るのが当たり前だとは思ってきましたが、義務のような感覚で行っていただけで、心から信じたことはないです」
キースとレイリーズがそう言った。家柄がしっかりしているキースが信じていないのは意外だったが、そういえばキースは養子なのだから信じていなくても納得ではある。
「無理しなくていいんだよ? 信じているなら正直に言ってくれていい。他の四人は?」
「俺もレイリーズさんと一緒です。リークル神国を調査することに抵抗はありません」
「ブグダンジーの人間は山の神を信じていますから、リークル教にはあまり馴染みがないんですよね」
ルシェもベルロイも首を振った。みんなの視線が私に注ぐ。
「え? 私? 信じてるわけないじゃん」
「そうだよね、信じなさそうだ」
みんな揃って苦笑する。何だろう、何故か悔しい。でも。
「イオルだってどうせ信じてないでしょ?」
「当たり前じゃないですか~! 神様がいるなら、イオル、守護兵団になんていませんからっ!」
イオルは可愛い声でそう言い切った。だよね、イオルが神を信じるなんて性格的にありえないと思ってた。と、いうことは。
「全員信じていない、と」
「こんなに全員が信じてないなんて珍しいですね」
「らしい、と言えばそうだけど」
全員で顔を見合わせて笑いあった。神を信じない私達。何だかんだで私達は似た者同士なのかもしれない。
「よし、明日はリルルートに移動する。薬物の流通先を掴むぞ」
キースの号令に私達は顔を見合わせて力強く頷いた。
●豆知識
リークル教
ユーロラン帝国の国教であり、大陸全土で広く信じられている宗教。
神の声を聞くことができたという神の子リークルが人々の苦悩を取り除いていった逸話は数知れない。
リークル神国の大聖堂にはリークルの亡骸が安置されている。




