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あなたの本心は隠しても無駄です  作者: 弓原もい
3.特務部隊の危機!
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フィデロ地方にて怪しい荷馬車を調査せよ4

 翌日、私達は馬で昨夜下見をした場所まで移動した。ここで予定通り荷馬車を待ち受ける。


 キースとベルロイが通りで相手に姿が見えるように立っている。相手が攻撃を仕掛けてきたら2人が前方の護衛を倒し、商人を捕らえる。そこから少し離れた木陰に待機しているブルーム、レイリーズ、ルシェが後方の護衛を狙う。私とイオルはさらに離れたところで待機だ。


 私達の位置から見える五人の背中は常に緊張しているようだが、何もできることのない私はそれをただ黙って見ているしかない。イオルなんかは退屈そうに座り始めてしまう始末だった。


 待機し始めてから2時間程経った頃、遠くからガタガタと何かの車輪の音が聞こえてきた。ブルームとレイリーズが詠唱を始めルシェも弓を構えるのを見て、私とイオルにも一気に緊張感が走って物音を立てないように立ち上がった。


 馬の足音も聞こえてきてキースが、


「止まれ! 守護兵団だ!」


 と、大きな声を出して両手を広げるのが見えた。次の瞬間。ベルロイが斧を構えたのが見えたと同時にブルームの氷魔法が炸裂するのがわかった。相手が攻撃をしてきたのだろう、飛び出していったレイリーズの後から剣の交わる音が聞こえた。


 その音を聞いてイオルが息を飲み、私の腕にしがみついてきた。私達は息を殺してただ推移を見守る。


「うわぁ!」


 私達のものではない男の呻き声が聞こえた。1人やったのだろうか、そう思ったが別の方向からはベルロイの、


「キースさん!?」


 と、言う叫び声が聞こえてきた。異常を知らせるただならぬ声で、私はイオルに、


「ここにいて!」


 と、告げてその方へ走り出した。キースの身に何かが起こったのだろうか。


 声が聞こえた方向に走ると見えてきたのは、詠唱しながら逃げようとする商人と、馬に乗りながら嫌な笑みを浮かべて後ずさりしている護衛の男、そして、何故か味方同士で対峙するキースとベルロイの姿だった。キースの目は血走っていて、掲げられた手はベルロイに向いている。


「ベルロイ!?」


 私が声をかけると、ベルロイはキースの攻撃を斧で何とか防ぎながら私の方を見た。


「リコル! 大変だ、護衛の能力でキースさんが!」


 ニヤリと笑った護衛がキースに向けて手をかざしていた。護衛が何かをキースにしていることは明らかだ。


「どうした!?」


 後ろの護衛を片付けたと思われるブルームとレイリーズが援護にやってきた。そこで逃げようとしていた商人と出くわし、商人は詠唱していた魔法を発動した。雷の魔法がブルーム達を襲う。


「ブルーム!」


 しかし、ブルームはまだ魔法を残していたようで、咄嗟に氷の壁を作ってそれを防いだ。後ろからレイリーズが切り込んで商人と戦闘を始める。商人は手に持った剣でレイリーズの剣に何とか対応していた。それは、普通の商人の身のこなしではなかった。


 ブルームとレイリーズは商人にかかりきりになってしまった。ベルロイは続けられているキースからの攻撃を防ぎ続けている。


 おかしい……どうしてキースが?


 キースを見ると顔が苦しげに歪んでいて明らかに様子がおかしい。護衛の男がキースに手をかざしていることから考えて、恐らくキースをこういう状態にしているのは護衛の能力だ。もしかすると操っているのかもしれない。それならば、キースを倒すよりも、キースをおかしくさせている護衛をどうにかしなければならない。


「ベルロイ! 私がキースをなんとかするから、ベルロイは護衛を!」


「大丈夫か!? キースさんは強い!」


 ベルロイはキースの攻撃を何とか防いでいるが、かなり押されていた。それでも、私が馬に乗った護衛を倒せると思えない。ベルロイに頼るしかない。


「大丈夫! 行って!」


 心配そうな顔をしながらもベルロイは頷き、キースを警戒しながら護衛に近づき始める。キースは苦しそうな顔をしながらも、ベルロイに空気砲を放ち続けている。


 私は木々の間をすり抜けてキースの側まで走った。私に気がついたキースが、血走った瞳で手を私に向けた。そのタイミングでベルロイがキースに背を向けて護衛の方へ走っていくのが目の端に映った。


「キース!」


 大声で名前を呼ぶと、キースは苦しげに表情を歪めた。護衛からの支配になんとか抗おうとしているのかもしれない。


「正気に戻って! キース!」


 私は何度も名前を呼びながらキースに向けて走る。しかし、キースは呻きながら私に向けて空気砲を放った。ただ、それはキースにしては精細を欠くもので、私が少し避けただけで当たることはなかった。


「キース!」


 とうとうキースの側までたどり着いた。手袋を外した右手でキースの腕に触れる。キースからはぐるぐると葛藤する気持ちが伝わってくる。正常な状態ではない。それでも雑音に混じって、


『やれ、リコル……!』


 と、言うキースの心の声が聞こえてきた。


 ここでキースを気絶させれば。私は力を込めようとして、苦しげな表情のキースと目が合った。その瞬間、私の脳裏にある人物の顔が浮かんだ。私のせいでおかしくなってしまった、私がすべて奪ってしまった弟の顔だった。


 もし、私が力の制御を間違えればキースも────


 その一瞬の躊躇いの隙にキースは私を思い切り突き飛ばした。


「きゃっ……!」


 私はバランスを崩し倒れ込んだ。そこへ血管が浮き出て苦しそうな表情のキースが手をかざす。あ、これはやばい────


 思わず目を閉じそうになったが、その私の後ろからものすごいスピードの何かが通過した。それはキースの足元に刺さり、キースは身体を硬直させて後ろに倒れた。


「リコルさん! 大丈夫ですか!」


 後ろから聞こえてきたルシェの声を耳にして、キースを硬直させてくれたのだということがわかった。走ってきたルシェが屈んで私を覗き込んだ。


「あ……」


 ありがとう、とお礼を言おうとしたのに、震えて何も声が出ない。手がおかしいくらい震えている。


「リコル!」


 後ろから駆けてきたイオルが私に思い切りしがみついた。


「大丈夫!?」


「イオルさん、ここはまだ危ない……」


 ルシェがそう咎めかけたが、


「大丈夫か!? こちらは無事捕らえた!」


 と、ブルームが駆けてきた。


「キースさんを硬直させました。リコルさんも無事なようです」


 ルシェがそう報告しているのが遠くで聞こえる。もうダメかと思った。それ以上に、思い出してしまったあの光景が怖かった。それが何よりも怖かった。


「リコル……」


 イオルの体重が私に全部預けられている。その重さでだんだんと身体の感覚が戻ってくる。イオルは身体を震わせて私に抱きついていた。


「そんなに怖いなら……出てくることなかったのに」


「何言ってんのよ!」


 赤く潤んだ瞳でイオルは私を睨み付けた。


「あんた、戦えないくせに突っ込んでいくんだもん。死んじゃうかと……思った……」


 声を震わせたイオルはもう一度私に抱きついた。私の首筋に触れたイオルの頬からは、


『良かった、無事で良かった……』


 と、いう安堵の声が聞こえてきた。


「ごめん、ありがとう」


 何とも言えない気持ちになって、私はそう言った。いつもあんな態度を取るイオルがこんな反応をするなんて、むず痒さと申し訳ない気持ちが入り混じった。


「護衛はベルロイとレイが抑えた。相手は洗脳の能力を持っていたようだ。それにキースはやられたんだね」


 キースの様子を見ていたブルームがそう言った。ようやく立てるようになった私はイオルから離れてキースの元へ向かう。硬直したキースの首筋にそっと触れると、


『くそっ……俺は危うくリコルを……』


 と、言う自分を責める声が聞こえてきた。


「キースのせいじゃない。私こそ、ごめん」


 私はそう呟いてキースから手を離した。あの時のことを思い出すと私の手はまた微かに震えた。


「キースは大丈夫そう。もう洗脳は解けてるんじゃないかな」


 ブルーム達にそう告げると、拘束された護衛と商人の元へ向かった。しっかりと歩く私を見て、レイリーズとベルロイが安堵した表情を浮かべた。


「全員気絶した?」


「後ろの護衛はルシェが硬直させたので意識があるはずです。喋れはしませんが……」


「わかった、そっちの様子を見てくる」


 私はレイリーズに礼を言って荷馬車の後ろで倒れている護衛の元へ向かった。縄で縛られた兵士は身体を硬直させたまま私を睨み付けている。その首筋に手を当てた。


「答えて。あなた達は何者? ポリー商会と関係はあるの?」


『ポリー商会、か。そんな呼ばれ方もしていたか』


 男は私を馬鹿にしたような感情で見ているようだった。


「どこから来たの? 調べればわかることよ」


『調べられればいいがな』


 捕らえられたというのに、この自信はなんなのだろうか。ブルームの調査でわかった献上農家と繋がっているからなのだろうか。


 どうしたものか悩んでいると、男が、


『守護兵団でもキャッセル家に踏み込めるやつはいないだろう』


 と、思っているのが伝わってきた。キャッセル家。私はその名前を頭に叩き込む。


「この荷は献上農家へ運ぶのでしょう? その後はどこへ?」


『そこまで掴んでるのか。だとしても無駄なことだ』


 喋れない俺に何を言っても無駄なのに、という思考の後にそんな思いが伝わってきた。無駄、か。そうはしたくないのだけど。


「リコル」


 キースの声が聞こえて、私は男から手を離してぱっと振り返った。そこにはしっかりと立つキースがいた。もう目は血走っていないが、固い表情で私を見ている。


「キース、大丈夫?」


「あぁ……」


 私は立ち上がってキースに向き直った。


「リコル……お前、何であの時俺を気絶させなかった」


「……え?」


 キースは苦しげな表情で私を見ている。その黒い瞳の奥に微かな怒りが見て取れた。


「俺の手を掴んだだろう。肌に触れることができたのだから、気絶させられたはずだ。その時間は十分にあった。なのに、何故すぐに気絶させなかった? そうすればあんな危険なことには……」


 そのキースの辛そうな表情を見て、私は気がついた。私は、私と同じ思いをキースにさせるところだった。自分が同じ思いをしたくないからと、キースにそれを押し付けるところだったのだ。


 私はただキースを見つめた。何か言わないといけないのに言葉が出てこない。世界が色を失っていくようだった。


「まぁまぁ、キース。2人とも無事だったんだからいいじゃないか」


 ブルームがキースの肩を叩いたのが見えた。キースが無事で良かった。私も無事で良かった。守護兵団になった時点で、私はいつ死んでもいいと思っていた。でも、今死ななくて良かった。心からそう思った。


「キースさん! ブルームさん! 薬物です!」


 荷台を調べていたベルロイが声をかけてきた。そちらに視線を移すと、ベルロイが草のようなものを掲げている。


「それも大量にあります! ざっと見た感じでは10袋は!」


「そんなにか……」


 ブルームが顔をしかめた。


「イオルちゃん、一班本部に通信だ!」


「はい!」


 私はその色を失った世界のやり取りを脱力してただただ眺めていた。


●能力紹介


ブルームの氷魔法

詠唱は長いが、その分貯めておける魔力も多い。

魔力値が高いので、武器は使わず魔法だけで戦う。

氷の柱を出現させて敵の武器を奪い、そこに氷の鋭い粒を敵のお腹に当ててダメージを与える戦法が得意。

その他にも氷で壁を作って盾にするなど防御面でも優れる。

夏であっても周囲に雪を出現させることもできるので、雪だるまを作って遊べる、なんていう遊び心のあることもできる。

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