王都にて手がかりを掴め5
バーには未だに誰も入ってこない。マスターが奥の部屋へ下がることもない。この辺りがタイミングだろうか。気を引き締めなおして、私はマスターに声をかける。
「すみません、さっきと同じものを」
「かしこまりました」
マスターは落ち着いた声で答えて飲み物の準備に入る。さ、私の出番だ。
「ねぇ、マスター。私、人を探しているのだけれど」
「はい」
目線だけ私に向いた。まだ警戒している様子はない。その瞳をじっと見据えたまま、私は続けた。
「ガイラスって人」
マスターのサングラスの奥の瞳がよく見ていなければ気が付かないほど僅かに見開かれた。それは一瞬のことで、マスターは元の表情に戻った。しかし、私は見逃さなかった。
「知らない?」
普段より落ち着いた声を出すように心がける。舐められたら終わりだ。
「申し訳ありませんが、存じ上げません」
マスターは注文を受けた時と同じトーンで答えた。
「あら、本当に? ある方にここに来れば会えるって聞いたのだけど。大柄な男性よ?」
「申し訳ありません」
マスターは再度同じ言葉を口にして新しく中身の入ったグラスをテーブルに置いた。私はさっと手を伸ばし、マスターの手に触れた。
『ガイラスからそんな話は聞いていない。それに、こんな女が?』
警戒と動揺の思考も同時に入ってくる。マスターは私から素早く手を離した。
「知らないなら仕方ないわね。でも、もし知っているのなら伝えてくれる? 私達はガイラスに会いたい。ここで会えないのなら聞き込みをするしかないから。そうね、例えば守護兵団、とか?」
私は足を組み替える。
「しばらくここを張っててもらったらガイラスに出会えるかもしれないものね。それをできるくらいの情報は持ってるつもりだから」
マスターは表情を変えずに私を見つめている。何かを握っていることを匂わせたが、そんなのもちろんハッタリだ。しかし、出てきてもらわないことには話にならない。
レイリーズは当初の予定通り、何も喋らず黙っている。しかし、手はしっかりとスカートの裾に添えられている。何かあれば、太ももにくくりつけた短剣に手を伸ばすつもりだろう。
「私もそんなことはしたくない。ひとまず明日、もう一度同じ時間にここに来るわ」
私はレイリーズの方を向いた。
「そういえば知っている? この前行ったお店のランチがとっても美味しかったの」
あからさまに別の話を振る。レイリーズは少し困惑した表情を浮かべながらも、必死に話についてきてくれる。マスターがお酒の並ぶ棚の向こうに一時消えて、またすぐに戻ってきたのが目の端に映った。私は内心笑みを浮かべながら、スカートのポケットに忍ばせた通信の石を叩いた。
それから10分、他愛のない話を続けてから私達は席を立った。
「マスターご馳走様。また明日に」
私はマスターに満面の笑みを向けてからバーを出た。バーを出てると、来た方角と逆の路地裏に向かって歩き出す。隣を歩くレイリーズになるべく口を動かさずに、
「詠唱を始めて」
と、告げた。レイリーズは硬い表情で頷いて、ぼそぼそと詠唱を始める。私は悟られない程度に周囲を確認する。ちゃんと、いる。何人いるかまではわからないが、確実にいる。
私はわざとゆったりした様子で歩く。気配がだんだんと表れてくる。衣擦れの音、足音までも風に混じって聞こえてくると、レイリーズがスカートに手をかけた。
私とレイリーズの影に大きな影が重なった時、私達は同時に振り返った。間近にフードで顔を隠した男達が2人。その奥にさらに4人。私達の後ろにも気配が感じられた。思っていた以上に多い。
男達が手を振り上げるのより早くレイリーズの水魔法が男達の目に命中する。私はすかさず男の手に触れて気を送り込み気絶させる。レイリーズも次の水魔法を男の腹に命中させてふっ飛ばした。そのせいで奥にいた1人の男も巻き込まれている。
「てめえら……っ!」
前方の3人が猛然と私達に向かってくる。レイリーズが短剣を振ると、水が鞭のように伸びて男たちを薙ぎ払う。3人の男は無残に倒されて「ぐっ」と、曇った声をあげた。強い。
私達の後ろからも殺気を感じた。はっと振り返るとすぐ側で長剣を振り上げている。レイリーズも前方に気を取られていて一瞬反応が遅れた。あ、やばい────
咄嗟に身構えるも、男達は音もなく後ろに吹き飛ばされた。大きな音を立ててゴミの山に突っ込む。
もう一度振り返ると、ものすごい勢いで走ってくる見慣れた二人の姿があった。よかった、間に合った。
「無事か!?」
フードで隠された顔から鋭い瞳だけが光っている。この鋭さは間違いなくキースだ。
「うん、ありがとう」
キースの後ろを、先程レイリーズに倒された3人が起き上がってこちらに来ようとしているのを、長身の男が素手でなぎ倒しながら近付いてくる。あっという間に気絶させると、
「間に合ってよかった」
と、いうベルロイの声が聞こえた。王都で斧は振り回せない、ベルロイは魔法も使えるが得意ではないとあって心配していたが、それは無用だったようだ。ベルロイは素手でも十分に強い。
私はキースがふっ飛ばしたゴミの山に埋まっている男達のところへ近づく。男達は呻きながらこちらを見ているが、キースがそれを踏みつけて起き上がれないようにしてくれた。
「ガイラスに伝えなさい」
私は2人を見下しながら続ける。
「明日、あなたに会いたい。護衛を連れてきてもいいけど、今日みたいに返り討ちにさせてもらうから。摘発されたくなければ、必ずバー・クランクに来なさい」
男達は私を睨みつけている。護衛でありながらここまで簡単に倒されたこと、きっと悔しいに違いない。
「行くわよ」
私は踵を返して来た道を戻っていく。3人もそれに続く。男達が私達を追ってくる様子はなかった。
人通りのある通りに出るとふぅ、と一息つく。思っていた以上に上手く行った。
肩にふわりと何かがかかって、見るとキースが着ていたマントを私にかけてくれていた。
「ありがとう」
「目立つからしただけだ。他意はない」
素直にお礼を言うとふいっと顔を逸らされる。
「それで、どうだったんだ?」
顔を逸したままキースは私に尋ねた。
「明日、会えると思うよ」
「そうか……」
キースも安心したように息を吐いた。
「リコの働きは素晴らしいものでした」
レイリーズが珍しく賞賛の言葉を口にしてくれる。
「それで、何故店を出た後に追手が来るとわかっていたのですか?」
「よくわからない女が脅しをかけて来たのよ? マスターがガイラスと繋がっているとしたら必ず連絡すると思ったの。女なら護衛が本気を出せば捕まえられるはずだって思うでしょ、普通」
「それだったら俺達は外で待っていても良かったんじゃ?」
静かに隣を歩いていたベルロイが首を傾げた。
「相手の本拠地の前で待機するなんて、そんなのバレるに決まってるわ。それに、倒せると思っていた相手に強い仲間がいたとわかった時の衝撃に、相手も私達を無視できなくなるでしょう。ガイラスをおびき出す為の演出よ」
「なるほど……」
3人共、納得の溜息をついた。
「明日は外で待機していてもらって構わないわ。そんなことしなくても恐らくガイラスは来るけれど、万一来なかった場合の牽制にもなるし」
「リコは……何ていうか……本当に不思議ですね」
レイリーズが静かに唸る。それは褒め言葉なのだろうか。
「あ、もういいわよ。呼び方戻して」
「あぁ……」
未だに私のことをリコと呼ぶレイリーズにそう告げる。すると、少し間があってから、
「これからもリコと呼んでも構いませんか? 私のこともレイと」
と、言った。
「別にいいけど……何で?」
「私は親しい人には愛称で呼んでほしいと思うので」
「さっきの、本気だったんだ」
「はい」
レイリーズは表情を緩めて笑った。その微笑みは私が今まで誰からも向けられたことのなかった優しいもので、思わずドキリとして声が出なくなってしまった。レイリーズの向こうに見えるベルロイも嬉しそうな表情を見せた。
「私なんかと仲良くなったっていいことないわよ」
上ずってしまった声でそう言うと、前に向き直った。たまらなくむず痒い初めての感覚は、寮に戻るまでずっと消えないままだった。
●豆知識
この国の能力保持者、魔力保持者、何の力も持たない人の比率はおよそ1:3:6。
守護兵団における能力、魔力保持者の比率はおよそ3:7である。
なお、守護兵団に何の力も持たない人は数える程度しかいない。




