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閑話 ミョルン地方の宿舎にて(キース視点)

「キースさん、お疲れ様です」


 部屋の外からベルロイの声が聞こえてドアを開けた。ベルロイは敬礼をして、


「交代です」


 と、告げた。


「頼んだ」


 俺はベルロイに引き継ぎをして部屋を出た。食事は軽く済ませたから、明日に備えてもう寝よう。

 そっと部屋に入ると、


「あ、お疲れ様~」


 と、机に向かっていたブルームが振り返って手を挙げた。


「寝てなかったのかよ」


 俺はドサっとベットに腰を下ろして服を着替え始める。


「報告書をまとめててね」


 ブルームはポットから飲み物をカップに注いで「はい」と、ベッドサイドの小さなテーブルに置いた。


「悪いな」


 着替えが終わると俺はそれを飲んだ。ぬるいお茶だった。


「久しぶりだね、キース。そっちはどうだった?」


「毎日報告してたろ」


「それだけじゃなくてさ、リコルちゃんとかルシェとか」


「……上手くやってたよ」


 二人は真面目に任務をこなしてくれた。特にリコルの観察眼には助けられた。それはブルームと同じかそれ以上のものを感じる程だった。


「リコルちゃんの作戦はちょっと無謀すぎたと思うけどね」


「そうだな……」


 時間がなかったとはいえ、リコルを一人で向かわせるのは危険すぎた。そのことは、商人がリコルの行動に気がついて顔色を変えた瞬間に深く後悔した。取り返しのつかないことをした、と。


 ルシェが咄嗟に馬で駆けて的確に矢を射ってくれなければ危なかった。隊長としての判断をこれからは誤りたくない。そう心から誓った。


「リコルちゃんってさ、思ってた以上に危うい子だね」


「危うい?」


「キースはそう思わない? 自分の危険を考えずに作戦を考えたんじゃないかって気がした。もっと冷めた子だと思ってたんだけど。そこまでしてここで功績を上げたいのかな」


 俺はあの夜のことを思い出した。リコルの前の配属先、ミョルンの小さな街でのことだ。


 あの日、あの街に行ってからのリコルはどこかおかしかった。自分の心を閉ざし、俺達のことも突き放すような雰囲気。


 あんなに酷い環境で暮らしてきたにも関わらず、ここにまた戻って来ることになるだろう、と言ったリコル。


 全てを諦めているような暗い顔。何者も遠ざけ、手を伸ばさなければ遠くへ行ってしまいそうだった。

 俺は思わず引き止めてしまった。根拠もないのにリコルをここに戻さないと言った。


 そんなことを言ったとわかればブルームはからかうだろうから絶対に言わない。自分だってらしくないと思っているのに。


「いろいろあるんだろ」


 少し悩んだ結果、ぶっきらぼうにそう言った。ブルームは「へえ」と言ってニヤリと笑った。


 リコルはあの日俺が言った「頑張れ」という言葉から今回あんな作戦を立てたのかもしれない。それならばなおさら止めなければならなかった。無茶をするとわかっていて行かせるなんて。


 その上、俺はリコルを止められなかっただけではなく、戻ってきたリコルを怒鳴りつけてしまった。作戦の責任はすべて俺にあるのに、リコルに当たるなんて筋違いだった。


 俺は隊長としてまだまだ未熟だ。


「お前の方はどうだった?」


 黙っていると後悔に押しつぶされそうなので、ブルームに話題を振ってみる。


「俺の方は最悪だったね」


 ブルームにしては珍しく、本当に疲れたような表情を浮かべた。


「任務的には上手くやってくれた。聞いていた通り、イオルちゃんの能力もすごかったし。でも、レイとイオルちゃんの相性が最悪でね。リコルちゃんも含めて、特務部隊の女性陣は曲者揃いだよ」


 イオルという女は俺も苦手だ。ほとんどの女がそうであるように、イオルもまた俺の家を目当てに近づいて来ているのがわかる。レイリーズは無害なので、俺にとっては曲者ではないのだが。


 ブルームですら手を焼く二人を俺は上手く扱えるのだろうか。長い時間過ごしたにも関わらずルシェとも良い関係を築いているとは言い難いのに。


 それでもやらなくてはならない。俺はここで功績を上げる。今回はまたとないチャンスなのだ。


「さ、そろそろ寝ようか」


 ブルームの声で俺達はそれぞれベッドに入る。明日王都に帰れば兵士の尋問やポリー商会についての調査などやることは山積みだ。


 目を閉じてしばらく明日からのことについて思いを巡らせていると、次第に眠りへと落ちていった。

●豆知識


イオルのようなナビゲーターは離れた距離の人間とやりとりするための石を作っている。

その石は高く貴重な素材と能力者の血を混ぜるので、そう簡単に作れるものではない。

イオルはフレイに渡してある一つと、ベルサロムとミョルン間の通信で使ったもう一つを作ってある。


ナビゲーターからの一方通行の通信手段ではあるが、石を叩くなどして衝撃を与えるとナビゲーターに伝わるので、それを利用して石を持つ側からのアプローチも可能だ。

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