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ミョルン地方 最南端の関所3

 翌日から任務が始まった。第四守護兵団がやっている検閲を見守る監査のような仕事。基本的には見ているだけだし、そんなに頻繁に出入りはないから暇で眠たくて仕方がなかった。


 幸いなことに怪しい人は通らなかったし、兵士たちも見ている限りではしっかりと仕事をしている。朝、昼と食事の時にさり気なく兵士たちに触れてみたけれど、必要以上に警戒心を見せる人はいなかった。ここはどうやら大丈夫そうな気がする。


 夜。ベルサロム地区との定期連絡を前に三人で今後の行動について話し合う。


「明日には次の関所に行って大丈夫そうに思えるけど」


「もうですか!? 早すぎます! 最低でもあと一日は見ておかないと」


 私の提案にルシェが猛然と抗議してきた。


「でも、怪しい人はいなかったよ」


「一日で判断するのは早いです!」


 ルシェは心を読めるわけではないのだから、そう思うのも仕方ないかもしれない。しかし、私には判断できるだけの材料があった。その理由がまさか心を読んでいるからとも言えないし、どうしたものか。


「リコルは何故もう大丈夫だと言い切れる?」


 キース隊長に発言を許されたので、私は心を読んで得られたこと以外での自分の意見を告げる。


「ここに配属されてる兵士、だいたい全員の顔見たけど、変な人はいなかった。あと、一日に通る荷馬車の数も平均して今日が特別少ないわけではなかった。もし、スパイがいるなら、私達が来るって知ったらその日は避けさせるでしょ? だからスパイがいるなら通行量が減るはず。減ってないってことは、いつも通りってことだから」


「たまたまかもしれないじゃないですか」


 ルシェが口を挟んでくる。


「確かに、ルシェの言うことも一理ある。でも、疑っていてたらキリがないでしょ? ずっとここにいるわけにもいかないし、どこかで見切りはつけるべき。その、見切りをつけるくらいの要素は見られたかなって思って」


 キースは腕を組んで何事か考えている様子だ。


「そもそも、ここはフィデロへの荷が多いでしょ? フィデロは薬を高く売れる地域でもないし、売るんだったら王都かベルサロム方面。そう考えると、ここを通るのは面倒だと思うんだよね。時間がかかればそれだけ見つかる確率も上がるんだから」


「でも……」


 ルシェは納得が行かない様子で唇を噛んでいる。


「わかった、次へ行こう」


「キースさん!」


 キースの決定にルシェは吠えた。しかし、キースは冷静に続ける。


「元々俺もここが一番可能性が低いと思っていた。ここにスパイを置くくらい慎重な相手なら、更に南のパリス地方を通るだろうし、全てが中途半端だ。今ここに時間をかけるよりは、早めに北の関所に行くべきだろう」


 ルシェは不満げな様子だったが、何も言わずに俯いた。


「キース様? こちらイオルです!」


 タイミング良くイオルからの通信が入った。こちらの報告と、明日一つ北の関所へ向かうことを伝えた。


「早いね」


 ブルームはそう言いながらも反対はしなかった。


「俺達も明日、移動だ。ここは特に問題なさそうだった。流石に王都に近すぎるんだろうね。イオルちゃんに兵士の詰め所の盗聴をしてもらったけど、そこでも特に不審な会話は聞かれなかった」


「イオルは隣の部屋くらいなら盗聴できちゃうんですよ~!」


 イオルが可愛い声で自己アピールをしてきた。いくら声が可愛くても、その能力はあまり可愛くないと思う。


「それじゃあまた明日、同じ時間に」


 情報交換を終えて通信が切れた。私はうーん、と伸びをして立ち上がる。今日はもう心を読まなくてもいいかな。


「私は今日はすぐに食堂に行こうかな」


「じゃあ俺も行く」


 キースも立ち上がった。昨日の宣言通り、朝も昼もキースは私と一緒にご飯を食べている。


「ルシェも一緒に……」


「俺はいいです」


 ルシェはそう言い放つと荒々しくドアを閉めてどこかへ去ってしまった。自分の意見が聞き入れられなかったことに腹を立てているのだろう。そういうところがまだまだ子供だ。


 子供、か。私は久しく思い出していなかった弟妹の姿を思い浮かべた。ドロドロとした感情が胸の内から湧き上がってくる。子供は苦手だ。


「ムカつくのはわかるが、そんなに怒るな。相手は子供だぞ」


 顔をしかめていたらしい、キースに嗜められてしまった。


「ごめん、行こうか」


「ちっ、本当は一人で食べたいのに、しょうがねえな」


「私は一人で行ってもいいんだよ?」


「アホか! さっさと行くぞ」


 キースは怒鳴ってから不機嫌そうにずんずんと部屋から出ていった。口には出さなくても、キースは私のことを心配してくれてるのかもしれない。そう思うと温かい気持ちになってくる。


 いつの間にか弟妹のことはすっかり忘れて、くすっと笑いながらキースの後を追って部屋を出たのだった。


***


 翌朝、私達は関所の馬を借りて出発した。これから国境沿いを点検しながら走り、次の関所へ向かう。距離的に夕方には着くはずだ。


 私は馬に乗ることが好きだ。馬の背から見る高い位置からの景色は、普段見ている風景であっても別のものに見える。風を感じながら走るのも気持ちがいい。


 軽快に馬を走らせながらふと後ろを振り返ると、後ろを走るルシェが少し遅れていた。馬の歩調を緩めてルシェが来るのを待った。


「大丈夫?」


「平気ですっ!」


 昨日のことをまだ引きずっているのだろう。ルシェは棘のある声で答えて私を抜いて先に行った。


 後ろから見ているとやはりルシェの馬の足は遅い。馬が悪いわけではない。どうやらルシェが馬に乗り慣れていないのだろう、姿勢が悪いし身体がブレている。


 私はルシェの後ろをゆったりと国境の壁を見ながら走った。ルシェは任務も忘れて必死にキースの後を追っている。


 昼になって、私達は休憩を取ることにして馬を木に繋いで草の上に座り込んだ。関所でもらったお弁当を広げる。


 頭上には雲がいくつか浮かんでいるだけの青空が広がっている。日差しは強いが時折吹く風が気持ちいい。


 ルシェはよほど疲れたのだろう、汗を掻いて呆然としていた。


「大丈夫?」


「……平気です!」


 先程より少し弱くはなったが、やはり棘のある声でそう答えてルシェはパンにかじりついた。私はキースに目を合わせて苦笑する。この調子だと到着は夜になってしまうかもしれない。


「ルシェの出身はどこ?」


「……王都です」


 なるほど。王都の人間は狭いエリアで暮らしているから日常で馬に乗る必要もないのだろう。それなら慣れていなくても納得かも。


 俯き加減でパンにかじりつくルシェをまじまじと見る。紫色の髪の毛に整った顔立ち。少し幼さの残る横顔。そういえば私はまだこのルシェのことを何一つ知らない。


 何も喋らずにご飯を食べるのも退屈だし、いろいろと聞いてみることにする。


「ルシェは何歳?」


 そう尋ねると、ルシェにぎろりと睨まれた。歳を聞かれるのが嫌だったのかもしれない。


「……15です」


 ルシェは睨みながらもちゃんと答えてくれた。


「王都出身って言うことは、養成所から?」


「はい」


「養成所って何歳から入れるの?」


 不服そうなルシェに聞き続けるのも躊躇われて、私はキースに視線を移して尋ねた。


「何歳でも試験に合格しさえすれば入れる。飛び級制度もあるから卒業までかかる年数も人それぞれだが、標準は14で入学、18で卒業が多いな」


「へぇ、ルシェはすごいんだ。三年も早い」


 私が褒めると、ルシェは満更でもない表情を浮かべて、


「まぁ」


 と、だけ言った。


「キースも18で卒業?」


「いや、俺は16だ」


「キースも早いね」


 私は思わず苦笑いを浮かべた。私は18で守護兵団に入ったので同じ年齢の兵士が多かったが、この二人は異次元だ。


 氷魔法のブルーム、まだよくわからないけれど第二守護兵団から来たレイリーズもすごい人物なんだろうし、きっとイオルもベルロイも。それを影で主導しているのは第一王子のキューレ様。


 それだけの危機がこの国に迫っている。もし、本当にダイス帝国のスパイがこの国に入り込んでいるとしたら、その理由はなんだろうか。


 友好関係を結んでいるダイス帝国。まさかそんなことが起こるとは夢にも思っていなかったが、戦争をしかけてくるつもりだろうか。


 戦のないユーロラン帝国と違って、ダイス帝国は南のマースドロス国との国境で争いが頻発していると聞く。それもあって、ダイス帝国は武器を大量に生産しているし、兵士の戦力も高いだろう。


 そんな国が攻めてきたらユーロラン帝国はどうなってしまうのだろうか。今、こんなに穏やかな草原も戦火に巻き込まれてしまうのかもしれない。


 私が話すのを止めると途端に沈黙になっていた。この二人には話題を振る能力がないのかもしれない。


「ダイス帝国は……戦いを挑んでくるつもりなのかな」


 周りには誰もいない見晴らしのいい場所。こういうことを話すにはうってつけだ。


「そうじゃなきゃスパイなんて送り込まないだろうな」


 やっぱりそうなのか。キースの言葉に現実感が増す。


「ユーロラン帝国の領土を手に入れるメリットって何だろう。友好関係を築いてるわけだから、それを崩して戦力を使ってまで手に入れるメリットがあるとは思えないけど」


「問題はうちじゃない。西のアルセ王国とリークル神国だろう」


「まさか……!」


 信じられない事実に私は思わず声を上げる。それはルシェも同じだったようで、


「アルセはまだわかりますが、リークルを攻めるなんて……」


 と、驚いた顔をキースに向けた。


 アルセ王国とリークル神国はユーロラン帝国と国境を接する国だ。アルセ王国は山が多く人の住みにくい国で人口もユーロラン帝国の1/10しかないと聞くが燃料が豊富に採れる国で、それをユーロラン帝国もダイス帝国も買い取っているため、資金には困っていない。


 それに対してリークル神国は国土も小さい国ではあるが、神の国、と崇められている。リークル教はユーロラン帝国やダイス帝国、マースドロス帝国までも広く浸透している宗教で、神の子リークルが生まれた神聖な土地だ。そこは誰であろうと攻めることは許されないはずなのだが……


「もちろん攻めることはしない。ただ、友好関係を築くつもりなのだろう」


「実質的に支配下に置くつもり、ってこと!?」


「可能性はある」


 キースは苦い顔をした。


「今の段階では推測でしかないが、何らかの交渉材料を持って、協力を仰ぐのだろう。そして、それを盾にしてマースドロス帝国を落とそうと考えている」


「この大陸を統一するつもりですか……」


 何という野心なのだろうか。それによって、何人もの人が死ぬことになるというのに。


 しばらく私達は何も喋らずにそれぞれに何か考えていた。しばらくして声を上げたのはキースだった。


「そろそろ行こう。日が暮れる前に次の関所へ着かないと」

●ユーロラン帝国、国土紹介


ベルサロム地方

王都の東に位置し、ダイス帝国と国境を接している。

比較的大きな宿場町もあり、裕福な地方貴族もいる。

また、北には海があり、王都貴族のリゾート地として別荘を構える家も多い。


ダイス帝国からの荷はベルサロム、王都、ブグダンジーへ行き渡るものが多い。

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