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■第89話 瞬きもせずに


 

 

 『・・・・・・・・・。』


 『・・・・・・・・・。』

 

 

リュータとナチの間に、暫しジリジリとした息苦しい沈黙の時間が流れた。


事情を察したリコが、男児の背中を押して『紙芝居見ようか』とその場から

そっと離れる。そして横目でリュータとナチを見て ”頑張れっ! ”と心の

中で叫んだ。

 

 

  

 『ねぇ・・・ 今のどうゆう事?』

 

 

 

ナチが目をすがめ睨むような真剣な顔で訊く。


その声色は抑揚なくどこか冷淡なそれ。フツフツと沸き起こる怒りに似た感情

が胸の中を占め、立ち尽くすナチの体の横で垂れた拳にぎゅっと力がこもって。

 

 

『んぁあ? ・・・な、なにが??』 はぐらかしてその場から逃げようと方

向転換しかけたリュータの松葉杖を、ナチの伸ばした手が一拍早くギュっと押

さえもう一度静かに訊く。

 

 

 

 『事故と私・・・ なんか関係あんの?』

 

 

 

リュータはナチから目を逸らすも、ガッチリ押さえられている松葉杖は自由が

効かず、二度も問われたそれをなんとか誤魔化そうと『えへへ』とあからさま

な作り笑いを浮かべてナチの様子をこっそり盗み見る。


すると、あまりに煮え切らないリュータの態度に痺れを切らし、ナチは乱暴に

腕を引っ張ると、コースケの母親に『お邪魔します。』と一言だけ伝え、コー

スケの2階の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

家主のいないコースケ自室のベットに、ギブスの足を投げ出すように腰掛けた

リュータ。腰の横に後ろ手を付き、顎を上げて天井を見上げる。そこには見つ

め続ける意味があるものなど何もないけれど、そうでもしていなければ目線の

落とし処が定まらない。


ナチはというと、ベッド脇のラグを敷いた床に正しい姿勢で正座をし真っ直ぐ

にリュータを睨み続けている。

 

 

また暫くの間、二人は一言も話さずにいた。

壁掛け時計の秒針だけが、嫌味なほど静まり返った部屋にその音をおとす。

 

 

地獄のような沈黙に先にギブアップしたのはリュータだった。


覚悟を決めたように大きな大きなため息をひとつ付く。痩せた喉に浮き上がる

喉仏がゴクリと息を呑むタイミングでわずかに上下した。

 

 

 

 『髪が・・・ こんなに伸びてるとは思わなかったんだよ・・・。』

 

  

 

リュータが再びやや暫く口ごもり、やっとの事でそれが言葉になってこぼれた。


いまだナチに視線を向けられず顔を上げたまま。ナチの座る位置からは見えな

いその目はこれから告げようとしている事実に、不安で緊張して潤んでいる。

 

 

ナチはそれでもただ黙って睨んだまま微動だにしない。

  

 

 

 『俺ん中のお前は、1年前のお前のままで・・・


  アゴくらいの長さの~ぉ? クリクリの~ぉ? お前のままで、さ。

 

 

  ・・・で。


  この間、制服姿のお前見かけて~ぇ・・・

 

 

  つぅか、人違いだったんだけど。


  前のお前と・・・ そっくりな髪の子で・・・。』

 

  

 

そこで初めてナチの表情筋がピクリと動いた。

眉根をひそめ口をきゅっと結んで、怪訝な顔を向ける。

  

 

 

 『それでぇ・・・

 

 

  ぁの。 ちょっと、それに、見とれた?っつうか・・・


  うっかり、余所見?してぇ・・・

 

 

  ・・・で。

 

  気が付いたら、電柱に突っ込んでたってだけ! そんだけの話っ!!』

  

 

 

最後まで話を聞いて、ナチが大袈裟に全身で大きな溜息を付いた。


呆れて物が言えない。否、なにをどう辛辣な言葉でケチョンケチョンに責め立

ててやろうかと、腹の中では鬼が胡坐をかいて出番を待っている状態。

 

 

そしてもう一度深く息を吐くと、爆発するようにナチは怒鳴った。

  

 

 

 『何やってんのよっ!! バカじゃないのっ?! そんな事ぐら・・・』

  

 

 

『そんな事、じゃねぇよっ!!!』 リュータがナチの言葉を遮って声を張る。


無意味に天井を見つめ続けていたその目は、まっすぐナチを捉えて。

 

  

 

 『そんな事、とか簡単なことじゃねぇよ!!

 

 

  1年だぞぉ?! 


  1年も音沙汰なくて・・・ 連絡もしちゃいけない空気で

 

 

  何してるかなぁ、元気にしてるかなぁ、受験頑張ってんのかなぁって・・・


  そりゃ・・・ 考えるだろ、普通・・・。』

 

 

 

ナチに逆切れするように怒鳴ってしまって、リュータは気まずそうに俯く。

手持無沙汰で指先で引っ張った前髪が、居心地悪そうに揺れる。

 

  

ナチは不機嫌そうな仏頂面のまま俯いていた。

あの頃より伸びた癖っ毛の髪の毛先が、呼吸に合わせて静かにたゆたう。


ぎゅっと目を閉じると胸の中に響き渡ったリュータの言葉が、まるで津波のよう

に幾度も幾度も押し寄せて来る。その波に溺れ、上手に呼吸が出来ないでいた。

 

 

そして、

  

 

 

 『だから・・・


  第一声が、 ”髪伸びたな ”だったんだ・・・。』

 

 

 

震えて響いたその一言は、心許なく足元にこぼれて落ちた。


ナチは正座の体勢から立ち上がり、ベットに腰掛けるリュータの足元へ移動す

る。そこで立ち膝になり真正面に向かい合った。

 

  

真っ直ぐ、瞬きもせずにリュータを見つめるナチ。最初はきまり悪そうに視線

を泳がせていたリュータも、しっかりと見つめ返した。

 

 

 


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