■第90話 スタート
ただ、黙って見つめ合う二人。
もうきまり悪そうに不安気に目を逸らしたりはしない。互いの瞳の奥の揺らめ
きがハッキリ分かる程に、まっすぐ淀みなくその視線は絡み合う。
『嫌い・・・。』 ナチが真っ直ぐ睨んで呟く。
その顔は少しだけ唇を尖らせ、眉根をひそめ。しかしその頬はまるで目映い春
の桜のように染まって。
『誰にでも優しくするし・・・
その気にさせるし・・・
・・・そのくせ ”妹 ”とか言うし。
すぐバカとかアホとか言うし・・・
セクハラもするし、ガサツだし・・・。
人の気も、知らないで・・・
今更、 ・・・髪・・・ 伸びた、とか・・・ 言・・・・・』
ナチが最後まで言い終わらないうちに、リュータが腰掛けるベッドから身を乗
り出し腕を伸ばしてナチの背中をそっと引き寄せる。
ギュっと抱き締められたその華奢な体。
『大っ嫌い・・・。』
ナチがリュータのTシャツの胸に手を置き、しがみ付いて呟く。
その瞳にはゆらゆらと透明なものが込み上げ、長い下まつ毛にギリギリの所で
とどまっている。
『ん・・・。』 リュータが頷き、更に抱き締める腕に力を込める。
愛しい栗色の癖っ毛から香る甘いシャンプーのにおいが、リュータの鼻先を霞め
Tシャツの奥の奥の心臓が眩暈がしそうにドクンドクンと早鐘を打つ。
『大っっ嫌い・・・。』
『ん・・・。』
リュータがナチの頭を両腕で抱え込むように抱きすくめ、頬を寄せる。
リュータの左頬とナチの右頬がわずかに触れ合い、互いのそれの熱さに一気に
照れくささが募る。やわらかいぷにぷにの桜色した頬にもっともっと触れたく
てリュータは目を瞑って更に顔を寄せた。
『ホントに・・・ ホントに、大っ嫌いなんだからね・・・。』
ナチのそれは涙声になっていた。
胸が苦しくて切なくて、呼吸の仕方が分からなくて、喉の奥がジンジン熱くて。
耳に響いたその声音に、リュータは少し体を離しナチを覗き込む。
涙で潤んだ瞳を見てリュータは小さく微笑む。涙袋がぷっくり膨らんでまつ毛が
濡れて、涙をこらえる鼻の頭が真っ赤になって。
大きな両手をそっと伸ばして、ナチのまあるい赤い頬を包み込んだ。
優しく優しく微笑んだまま、ナチを見つめるリュータ
ナチの心臓が、ドキン・ドキン・ドキン・ドキン。 大きく打ち付ける。
体全部が心臓になってしまったんじゃないかと思うほどの、全身での高鳴り。
そして、ナチがもう一度。
『大っっっっっ嫌・・・・・・・・・』
。。。。。。
リュータは手の平で包んでいるナチの頬を引き寄せると、
優しく優しく、キスをした・・・
静かに名残惜しそうにそっと唇を離すと、目を見開いて呼吸すら止めて固まって
いるナチ。まるで一時停止ボタンでも押したように、微動だにしない。
思わずリュータが吹き出し笑った。 『目ぇ、閉じれよ~ぉ!!』
肩をすくめてご機嫌にケラケラ笑いながら、再びナチをギューっと抱き締める。
愛おしくて愛おしくて、もうこの腕の中から逃がしてなどやりたくなくなる。
しかし、当のナチはいまだ全く反応がない。
背中の乾電池でも切れたのかと思うほど、無反応なその姿。
『ぉ、おい・・・ ナチ・・・??』 さすがに心配になりかけたリュータ。
すると、
『・・・やっと。
私の、こと・・・ す、好きに・・・ なったの・・・??』
相変わらず瞬きもしないまま、ナチが呟く。
なんだかその顔は、青いような赤いような、哀しそうな嬉しそうな。
『・・・いや、 ぁ。 うん・・・
好き、だった みた・・・・・・・・・・』
。。。。。
そう言いかけたリュータの唇を遮って、ナチはリュータにキスをした。
ギュっとキツくつぶったナチの瞳から、涙の雫がとめどなく流れて落ちる。
甘く触れ合う唇をそっと離し、もう一度二人見つめ合う。そして微笑んで再び
きつく抱き締め合うと、優しく目を瞑って長い長いキスをした。
『あっ! 痛ぇえ・・・
・・・ナチっ! お前、足!! 踏んでるっつーの!!』
リュータとナチの新たな日々がスタートした。




