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■第88話 秘密の話


 

 

 『そのこは、ここにいる?』

 

 

事故の話を聞いた男児が、リュータを曇りひとつない真っ直ぐな瞳で見つめて訊

ねる。リュータが ”見間違えた女の子 ”が、この園児の中にいるかどうか訊い

ているようだった。


リュータは吹き出しながら、声をひそめて真面目に答える。

 

 

 

 『ここの4歳児がその子だったら、犯罪になるんだよ。』

 

 

 

男児はなんの事だかサッパリ分からず、下唇を突き出し首を傾げる。

 

 

 

 『ぼくはね、アイちゃんがすきぃ。 ・・・おにーちゃんは?』

 

 

 

紙芝居に全く興味を示さない男児の質問攻めは止むことを知らない。


”好きな子の名前 ”を訊かれ、ちょっと困った顔をして照れながらリュータは

少し悩んで口をつぐみ、前傾して小さな小さな声でこっそり耳打ちした。

 

 

そして、

 

 

 

 『ゼッタイ内緒だぞっ! 分かったか?!


  男は大事な秘密は、守らなきゃダメなんだからなっ!!』

 

 

 

男児が真剣な顔でリュータへと向け自信満々に大きくコクリと頷いた。


すると、コースケの母親が遊戯室にリュータを呼びにやって来た。

 

 

 

 『リュータ君、お友達来てるわよ~。』

 

 

 

呼ばれた遊戯室出入口へ目をやると、そこにはナチとリコの姿がある。


片手で体重を支えながら松葉杖を使って立ち上がろうとしたその時、さっきまで

話をしていた男児がナチ達の元へ嬉しそうにパタパタと走って行った。

 

 

リュータは軽く手を上げ合図し、ゆっくり足を引きずりながら二人の元へと向か

うとその耳には信じられない一言が・・・

 

 

 

 『ねぇねぇ。 おねえちゃん、ナチ?』

 

 

 

初対面の男児に急にそんな事を訊かれ、ナチもリコもキョトンとハテナ顔。


目を見張ってそんな二人と男児に交互に視線を泳がせるリュータ。座っていた場

所から出入口までの距離なんて普段ならなんてことないそれなのに、松葉杖では

それがやけに遠く遠く感じる。

男児が更に余計なことを言うのではないかと、大慌てでリュータが声を張り遮る。

 

 

 

 『おいおいおい! バカっ、お前・・・


  ・・・こ、こっち戻って来いっ!!』

 

 

 

しかし、男児は自信満々に。 『だいじょうぶ! ぼくひみつ まもれるよっ!』

 

そう言い切って、尚もナチとリコに話し掛ける。

 

 

 

 『おにーちゃん、びょういんでも さみしくなかったんだって。』

 

 

 

一生懸命話す男児が可愛くて、しゃがみ込んで笑いながら相手をするナチとリコ。

すると、ナチが気になって仕方ない先程の件を訊いてみた。

 

 

 

 『ナチは私だよ。 さっき私の事なんか言ってたの?』

 

 

 

そこへ松葉杖を付き不自由そうに、しかしやけに慌てふためいて早歩きしてきた

リュータが話に割って入った。まだノロノロとしたペースでの歩行練習しかして

いないというのに、まるで競歩のように早く歩いたせいで心臓はバクバク打ち付

け顔は真っ赤で汗だくになって。

 

 

そんなリュータを不思議そうに見つめるナチ。

 

 

 

 『どうしたの・・・ なに焦ってんの・・・?』

 

 

 

『ハ、ハハハー・・・。』 あからさまにぎこちなく笑ってごまかすリュータ。


毛穴という毛穴から一気に汗が吹き出し、背筋は凍ってゾクゾク嫌な感覚が走る。

 

  

すると、男児が純真無垢にトドメの一撃を放った。

 

 

 

 『おにーちゃんね。


  ナチとまちがえて ころんじゃったけど なかなかったって。


  えらいね~ぇ・・・。』

 

 

 

『・・・。』 リュータがしてやられた顔をして、頭を抱え込んだ。


スルリとその手から滑り落ちた松葉杖が、磨き上げられた床にカツンと音を立て

転がる。それは丁度小さくバウンドして、ギブスの痛めた爪先に乗った。

『痛って・・・。』 情けなく声を漏らしたリュータに、男児が心配して駆け寄

り『いたい?』と、小さい手で爪先をさする。

 

  

ナチが目を見開いて立ち尽くしていた。

 

 

 


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