■第75話 1年後
そして、時が経ち・・・
リコが少し緊張の面持ちで玄関先に立ち、ドアノブに手を伸ばす。
そしてそっと目を閉じて小さくひとつ息をつき、心を鎮めた。
するとリビング奥から母ハルコの呼び掛ける声と共に、パタパタと玄関先
まで駆け寄る足音が廊下に響いた。
『リコ、忘れ物は無い? 余分に筆記用具持った??』
ハルコがまるで自分の事のように、むしろそれ以上の感じでソワソワと落ち
着かない表情を向ける。そのぽっちゃりとやわらかい手でリコのマフラーの
襟元を正し、コートの両肩に手を置いてぎゅっと力を込め、真っ直ぐ目を見
て再度訊く。 『・・・大丈夫??』
『大丈夫! 何度も確認したよ。
・・・じゃぁ、いってきま~す!!』
リコはアスファルトにうっすら雪が積もった坂道を、転ばないよう慎重に
歩みを進めた。肌に刺さるような冷たい冬風を頬に感じ、少し肩をすくめ
て襟元のマフラーを巻き直す。手袋をしても冷える両手を口許にあてて、
吐く白い息で凍えるそれを温めた。
その時、コートのポケットに入れたケータイにラインの着信メロディが響
いた。リコはケータイを取り出し、右手の手袋だけはずして凍える指先で
画面をタップする。
”リコなら大丈夫だよ!
私が保証する。絶っっ対に大丈夫!
だから、いつも通りのリコでね。”
ナチからの激励メッセージに、冬風で真っ赤な頬で微笑み小さく拳を握っ
てリコはひとりガッツポーズをした。
そう。今日は、美術短大の入試日だった。
高2の夏にコースケ達と出会い、皆で腹を抱えて笑い合い、泣き、怒り、
そして想いの強さ故に、結果、バラバラになってしまったリコ達5人。
ナチはリュータへの想いを封印するため離れる事を決心し、リコはコース
ケへ想いを伝えたが、ひどく困惑させてしまって二度と逢えなくなった。
でもそれは、そういう ”時期 ”だったのだとリコは考えていた。
各々が自分の道を見付け歩き出し、その道筋をしっかり確保するその時
までは一人一人が自分と向き合い、一歩ずつ進む努力をしなければいけな
い ”時期 ”だったのだと。足元を固めたその時にもう一度 ”気持ち ”
と向き合おうと。
あれから、リコはそれまでにも増して絵を描いた。
境内でのスケッチや、園でのイラスト描きは出来なくなってしまったけれ
どその穴を埋めるように自室にこもっては筆を握り、少しでも時間が出来
るとスケッチブックを抱えて出掛け、日が暮れるまで戻らなかった。
気が付くと、リコのスケッチブックはゆうに20冊を超えていた。
リコの微妙な気持ちの変化は、その描く絵にも表れていた。
どうしようもなく落ち込み泣いていた時期は、寒色の雨や心寂しい夜闇。
少しずつ元気を取り戻しかけてきた時には、暖色の日差しや笑顔で駆ける
子供。そして、どうしてもコースケに逢いたくて恋しくて切ない時には、
小さな女の子のイラストを描いていた。その子は寂しそうに一人、傘を差
してどこか遠くを見つめていた。
遂に、今日がこれまでの頑張りを発揮する日。
リコはケータイの画像データフォルダを開き、1枚のデータを選択する。
待受画面の画像設定をすると、そこには困ったように笑う情けない笑顔が
表示された。
リコは目を細めて画面を見つめ、そしてぎゅっと胸に抱いてコクリ頷く。
(コーチャン先生・・・ 私、頑張ってくるねっ!!)




