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■第72話 雨の土曜

 

 

 

土曜の早朝は雨模様だった。

 

 

リコはカーテンの隙間から忍び込む雨粒の音を耳に、ぐんと腕を突き上げ伸び

をする。予定より少し早く起きると身支度を済ませ、キッチンに下りてお弁当

を作った。そして画材をカバンに詰めるとお弁当を抱えて傘をさし出発した。

 

 

雨の境内は、いつにも増して静かで雫の落ちる音だけが小さく響いている。


むせ返るような雨の日特有のにおいが立ち込める。

坂の下に広がる街並は、少し靄がかかって幻想的だった。

 

 

スケッチのポイントを決め、カバンから折りたたみイスを出す。

イスを開いて組み立てると雨の粒がかかって座面が少し濡れてしまった。

カバンからハンカチを取り出し軽く拭いてからゆっくり座った。

 

 

バランスをとって肩に傘の柄を乗せ、スケッチブックが濡れないように覆う。


今朝はさすがに小鳥の声は聞こえない。

ただただ雨の雫の音が響くこの風景に、この上なく心が凪いでゆく。

 

 

真っ新だったスケッチブックに、どんどん色が付いてゆく。


リコは夢中になって描いていた。

もうその耳には、雨の雫の音すら入ってこないほど。

 

  

すると、

 

 

 

  トントン・・・

 

  トントントン・・・

 

 

 

傘から雨粒のそれとは違うスタッカート音が聞こえ、顔をそちらに向けて確認

すると、そこにはコースケが立っていた。

隣に立っても全く気付かないリコに、傘を軽く人差し指でノックして合図して

いたのだ。

 

 

 

 『本屋で初めて会った時みたいだね?』

 

 

 

そう言って、集中して全く気付かなかったリコに微笑むコースケ。

リコは驚いてせわしなく瞬きを繰り返し、訊ねる。


 

 

 『今日はこんな雨だから来ないと思ってた・・・


  ・・・ジョギング出来ないでしょ?』

 

 

 

すると、コースケがその意味を少し考え笑って首を横に振る。

 

 

 

 『ああ・・・ 別にジョギングしに来たんじゃないよ?


  リコちゃんが描くのを見たかっただけだから・・・。』

 

 

 

そんな真っ直ぐな言葉をサラリと言われ、リコはどうしようもなく照れ臭くて

思わず目を逸らす。一気に顔が赤くなっていないか心配になり落ち着かない。

 

 

すると、コースケが背負っていたリュックの中から折りたたみイスを出した。

『真似しちゃったっ!』と子供のように微笑むと、リコのすぐ隣にイスを広げ

座る。


リコがそんな様子を見つめながら優しく目を細めていると、コースケは自分が

差してきた大きめのブルーの傘を左手で握り、リコが肩でバランスを取ってい

る花柄の傘の柄を取り、右手に持ってリコに差しかけた。

 

 

 

 『コーチャン先生、腕。 疲れるよ・・・?』

 

 

 

両手に傘をさしてる事をリコが気付かうも、

 

 

 

 『疲れたら代わってー。


  その代わり、俺が描いてやっからさ!』

  

  

  

コースケがイタズラっぽい笑顔でニヒヒと口角を上げ、リコに目配せをした。

 

 

 

 

 

土曜の雨の早朝、特になにか話すわけでもなくただ二人並んで座っていた。

リコは夢中で絵を描き、コースケはそれをただじっと見ている。

  

 

 

  不思議な時間だった・・・

 

  

 

でも、それがなんだかとても心地よくて敢えてお互い喋らずにいたのだった。

 

 

 


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