■第6話 会話
急に知らない女子高生に話し掛けられ、彼は驚いていた。
声を掛けたはいいが次の言葉が出ないリコは、ただただ肩をすくめ俯いて
内股の自分のローファーの爪先を見つめる。
(私のことなんか、覚えてるはずもないよね・・・。)
いつまで経っても顔を上げられず、モゴモゴと唇端を動かすのみで要領を
得ない。話し掛けられた彼も、リコの方へ向けた顔を戻していいのものか
じっと次の反応を待っていた。
ゴクリ。リコがひとつ大きく息を呑んだ。
意を決すも俯いたまま、蚊の鳴くようなか細い声が喉を震えてこぼれる。
『ぁ、あの・・・。
・・・絵本。
もしかして・・・ まだ探してるんですか・・・?』
彼が暫しポカンとした顔で、リコを見る。
目の前でガックリとうな垂れたままの女子高生が発した言葉の意味を、
ゆっくり咀嚼するように考え巡らせていた。
すると、
『あぁ!あん時の・・・。 1歩早かった子かぁ~・・・。』
そう言うと、またあの時と同じ顔をして彼が笑った。
やっと状況が理解できスッキリしたような面持ちだが、やはり泣いて
しまいそうな困り果てたような顔で笑う。
『なんか・・・ 大事な絵本なんですか?
最後の一冊、私、買ってっちゃったから・・・。
も、もしも。 ヤじゃなければ・・・
・・・譲ります、私。 あの絵本・・・。』
所々言葉に詰まりながら、リコはなんとか言い切った。
(ああ、偉い! 今更だけど、譲るって言えた!!)
ここ数日ずっと胸に痞えていた言葉を言うことが出来てそれだけで
もう満足で、下げていた顔を上げると初めて真っ直ぐ彼へと向き合った。
そんな、やけに真剣な表情を向けるリコに、
『 ”1歩早かったチャン ”は、大事じゃないの~?
・・・なんか、すっげぇ、嬉しそうに抱えてたじゃん?』
彼が、少しだけ背を屈め覗き込むように頬を緩める。
あの日、通路にしゃがみ込んで一人ニヤニヤしていた事を思い出すリコ。
今更ながら恥ずかしい。それでなくても他人の目を過剰に気にする年頃だと
いうのにあの時の自分は完璧不審者ではないか。
『あの。 アレ・・・ 子供の頃に、大好きだった絵本で・・・
・・・でも。 でも、もし・・・ 必要なら・・・。』
リコのか細くも真剣な言葉を聞いて、彼は少し黙って考え込んでいた。
その顔は眉間にシワが寄っているからきっと考え中なのだろうけれど、
やっぱり困ったような情けない顔に見える。
すると、彼が目を細め柔らかく微笑んだ。
その薄くて形のいい唇の口角が嬉しそうにキュっと上がり、一瞬周りの
空気がやさしいものに変わったような気さえする。
『・・・じゃぁさ・・・
・・・1週間でいいから、貸してくんない?』
(・・・・・・・・・・。)
リコの耳に、予想だにしていなかった ”貸す ”という二文字。
しかし貸すと言っても、今日は絵本を持ち歩いてなどいない。
どうしていいのかオロオロし口ごもるリコを余所に、彼は背中に回して
いたキャメル色の斜め掛けボディーバッグを手前に持ってくると、
ファスナーを開けてその中からゴソゴソとケータイを取り出した。
『連絡先、教えるから。』
(!!!!!!!!っ
れれれれ連絡先・・・???)
リコは思ってもいなかった急展開に、全く以って頭がついていかない。
急速に心臓がバクバクと早鐘を打ち、頭に血がのぼったようにカッカと
全身が熱くなってゆく。
(ど、どうしよう・・・
ヤだ・・・ きっと、私。 真っ赤になってる・・・。)
中学卒業後、今の女子高に入学して殆ど男の子とは接点が無い日々で。
普通に会話するのでさえかなり戸惑うくらいなのに、よく知りもしない
男の人相手に、一足飛びどころか棒高跳びでもする勢いで連絡先の交換
なんて、世慣れしていないリコにとっては戸惑い以外の何物でもなかった。
(どうしよう どうしよう どうしよう どうしよう・・・。)
リコがあからさまに一人脳内パニックに陥っていたその時、何処からか
幼い子供の声が響いた。
『コーチャンせんせぇええええええ!!!』
パニック状態真っ只中のリコも、さすがに何事かと顔を上げ周りを見渡す。
ふと店外に目を遣った先に、商店街の中通りを挟んだ向かいの道路で叫んで
いる男の子の姿が見えた。
こちらの方を向いているように見えるけれど、あの子は誰に叫んでいるの
だろう。書店内にいる誰かへと向けられている気がするのだが。
すると、 『あっ!! たっく~~~ん!!!』
彼が笑いながら大きく手を振って、道路向かいの男の子に返事をした。




