■第5話 再会
リコはあの日以来、あの人が本屋にいないか探していた。
何故そんな事をしているのか、リコ自身よく分からなかった。
譲ると言えなかった後ろめたさか、はたまた彼の必死さへの罪悪感か。
それとも、いまだ絵本を探しているかもしれないあの人への同情?
ハッキリ言って、リコにそんなこと律儀に心配する義理は全くないはず。
そんなの自分が一番よく分かっている。
でも。 どうしても、どうしても。
・・・どうしようもなく、気になる・・・。
買い食い防止の為に商店街に寄らぬよう学校校門前から乗車していた
バスはあの日以来乗らなくなった。
用もないのに遠回りして商店街をわざわざ歩き、本屋の前を通り過ぎる
時は店の奥の奥まであの人がいないか探す日々が続いた。
本屋店主が苦い顔を向けるくらいそれを連日続けると、仕舞にはわざと
らしくハタキで埃を払う仕草で店の外に追い出されたりもした。
しかしそれでも、もうあの人の姿をそこに見付けることは無かった。
(もう諦めたのかも・・・。
それか、他のトコで見付けたのかな・・・。
もしかしたら・・・
最初っから、そんなに大切じゃなかったのかもしれないし・・・。)
本屋の前を通るだけで少し緊張して肩に力が入り、硬くなっていた自分に
リコは正直疲れ始めていた。
日を追うごとに、最初ほどの使命感のようなものも段々薄れてきていた。
それは、久しぶりに放課後ナチと学校に残ってのんびりお喋りしたある日。
商店街まで歩くのももう面倒なので、家が反対方向のナチに校門前で手を
振って別れるとすぐ学校前から出るバスに乗った。
日が暮れかかっている時間帯で、目映い橙色のそこにはバスを待つ生徒も
殆どいない。
ゆっくりと夕焼けの色が滲む街並みを、バスは進む。
窓から差し込む夕陽の温かさと心地良い振動に、少しウトウトとまどろみ
かけていた。
ゆったり走るバスは静かに停留所に滑り込み停まると、また次の停留所へ。
薄目をあけて、ほんの少し窓の外へ目をやった時・・・
あの人がいた・・・。
『ぉ、降りますっ!!!』
動揺しすぎて前の座席に膝をぶつけつつ、大声を上げて車内前方へ走った。
『次から早目に降車ブザー押して下さいね。』との運転手の声も、殆ど
リコの頭には入ってこず、おざなりに空返事をする。
降車口で慌ててカバンから定期券を出して提示し礼もそこそこに、本屋を
少し過ぎたあたりで下車した。
そして、本屋へ向かって過ぎた道を猛ダッシュで引き返す。
(バス、降りたはいいけど・・・ どうしよう・・・。)
繰り返す自問自答。
答えなど出はしないけれど、とにかく、どうしても、行かなきゃ・・・。
あの人は、あの日と同じように絵本コーナーに佇んでいた。
少し猫背の痩せた背中は本の背表紙を人差し指でなぞりながら、注意深く
タイトルを追っている横顔。
やはりまだ、あの絵本を探しているのかもしれない。
『ぁっ・・・ っあの!!!』
第一声、完全に声が上ずった。
走って息が切れてるだけではない、それ。心臓が口から飛び出しそうな程
バクンバクンと跳ね上がり、有り得ないほどに緊張している事を思い知る。
『・・・。 ぇ? はい??』
声を掛けられたのは自分か否か、少し周りを見渡しそしてキョトンとした
顔でその人はリコに目を向けた。
リコのカバン持ち手を握る手にぎゅぅっと力が入り、俯いてきゅっと唇を
噛み締める。
(やっぱ・・・
・・・声なんて掛けるんじゃなかった・・・。)