■第20話 休日の保育園
コースケの背中に続いて、リコは保育園の横の路地から裏手へまわり裏口
をくぐった。
カラフルなチューリップがプランターに丁寧に植えこまれ、壁にはホウキ
や傘が立て掛けられ、なんだかその懐かしい雰囲気に思わずリコは目を細
める。
(ここが、コーチャン先生の・・・。)
今日もコースケに逢えた感激と思いがけず保育園に入れた喜びで、リコは
思い切り浮かれ頬は高揚していた。
でも、喜べば喜ぶほど ”あの話 ”が頭をよぎる。
”ずっと、想い続ける人がいる ”
胸の中はチグハグな感情で気持ちの落としどころに迷い戸惑っていた。
コースケからスリッパを借りて、各教室をのぞいて回る。
静まり返った園内の少し高い天井に、二人のスリッパが立てるペタンペタン
という音が響き広がる。
さくら組・たんぽぽ組・チューリップ組・・・
壁には園児が描いた絵や、可愛いキャラクターの切り抜き。今月誕生日の
園児の名前などがカラフルに彩られた模造紙に貼り出されていた。
ふと、絵本コーナーの前でリコは立ち止まった。
小さいけれどきちんと整理された本棚には、昔からある有名な絵本が所狭
しと並べられている。
だいぶ子供たちに愛されてきたのだろう。背表紙が破れセロハンテープで
補修してあるものも多い。
リコはその場にしゃがみ込んで絵本を取り出した。1冊、また1冊と。
ページをめくる度になんだか心が温かくなって、自然に顔はほころびニコ
ニコしながら絵本を読みはじめた。
すると、
『これ!これっ!!
このデッカいホットケーキが、超ーぉ旨そうでさぁ~・・・。』
リコの肩越しに、後ろからコースケが腕を伸ばしてその開いたページを指す。
リコの右耳の当たりに、コースケの顔がある。
コースケの息が微かに耳たぶに掛かっている感触を感じる。
それは、今振り返ったら、肌に触れてしまいそうな距離だった。
リコは思わずギュっと目を瞑った。
心臓が異様なほど早くドク・ドク・ドク・ドクと鳴り響り、全身が太鼓の様。
自分の耳が一気に燃えるように熱くなってゆくのを感じていた。
無意識のうちに、喉の奥に力を入れ息を止める。
(こんなの・・・ 苦しいよぉ・・・。)
そんなリコになど全く気付かず、コースケはリコの隣に胡坐をかいて座り
込むと絵本をめくり始めた。いつもの朗らかなニコニコ顔で夢中になって
それを読みふけっている。
ナチから聞いた、リュータとリカコが言っていた ”その意味 ”が、今、
ハッキリ分かった。
コースケのこういうところが ”残酷 ”と表現されるところなのだ。
こんな笑顔で、こんな距離で、二人きりで、なんとも想っていない子とも
接してしまう人なのだと。
うっかり気を抜いたら涙が溢れてしまいそうに動揺している自分に気付か
れぬようリコは慌ててコースケへと話し掛けた。
『コーチャン先生って、兄弟とかいないんですか?』
すると、今まで太陽のように明るくニコニコしていたコースケの表情が
一瞬だけ曇ったように見えた。上機嫌に上がっていた口角がほんの少し
真一文字に噤まれたような。
『・・いるよ。
・・・兄貴が、 一人・・・。』
コースケがたった数行のそれを、やけに含みを持たせてゆっくり呟く。
なんだか重い空気になり、リコは訳も分からず罪悪感で黙ってしまった。
なにか聞いてはいけない話だったのかと、ソワソワと落ち着きがなくなり
自己嫌悪に陥りかける。
そんなリコの沈んだ横顔に気付いたコースケが慌てて努めて明るく続けた。
『すっっっげぇ出来のイイ兄貴でさぁ~
頭はいいし、足は速いし、めちゃめちゃモテるし、
生徒会長とか、ドコ行っても推薦されるタイプっつーの?
俺みたいにヘラヘラしてなくてさ・・・
・・・まったく、何やっても敵わねぇの。
・・・俺は・・・ 何ひとつ、 敵わないんだぁ・・・。』
そう言うと、少し悲しげに嗤いながら遠くを見たコースケをリコは黙って
見つめていた。
(コーチャン先生は、そのまんまでいいのに・・・。)
決して言えはしないその一言を、リコは心の中で呟いていた。




