■第19話 ナチの思い
ナチは言葉を選んで、ひとつずつゆっくり話し始めた。
リュータとリカコが、リコが深入りする前になるべく傷付かないようにとこの話
をしてくれたこと。
ナチはそれを聞いて、どうリコに伝えたらいいものか悩んだこと。
大切なリコが泣く姿は絶対に見たくなどないということ。
でも、やっぱり、出来るならリコを応援したいってこと・・・。
リコは、暫く俯いたまま一言も口をきかなかった。
小さく小さくついた溜息が震えて落ちる。
ナチがガバっと勢いよく顔を上げ、思い切って切り出した。
『リコは・・・ どうしたい?
コースケさんのこと・・・ 好き、なんでしょ・・・?』
今にも泣いてしまいそうに眉尻を下げたその顔は、まるで迷子の子供の
ように心許なくてちっぽけだった。
再び、リコは黙ってうな垂れた。
細い肩が呼吸に合わせて微かに上下しているだけ。
どのくらい時間が経ったのだろう。
それでもナチはリコを急かすことなく、ただ目の前に黙って座って待っていた。
すると、リコが泣き出しそうな弱々しい声で呟いた。
『ナチ・・・
・・・私ね・・・
自分から声掛けたりとかしたのって、初めてなんだよね・・・
正直、すっっごい緊張したし・・・ 死ぬほど迷ったし・・・
これでも、17年分の勇気振り絞って、頑張ったつもりなんだ・・・
なにも無かったようになんて・・・ したく、ない・・・かなぁ。」
震えてこぼれたその声色に、ナチがリコを真っ直ぐ見つめてうんうんと頷く。
『・・・勝手に好きでいちゃ、 ダメかなぁ・・・。』
消え入りそうな声でリコが呟き顔を上げると、ナチが目に涙をいっぱいに
溜めて哀しいほどに優しい顔を向けていた。
(泣きたいのは私なのに・・・ なんで、先に・・・。)
『ありがとね・・・ ナチ・・・
・・・これからも、イロイロ相談のってよね・・・。』
そう言うと、テーブルから身を乗り出してナチの手をぎゅっと握ったリコ。
するとナチはそのまま立ちあがり、テーブルを挟んで少し窮屈そうにリコの
細い体を抱き締めた。
周りの客が不思議そうにその光景をチラチラ覗き見る中、二人はハグをして
二人でちょっとだけ泣いた。
顔をうずめた互いの肩口が幼くも強い想いでじんわり熱くなっていた。
夕暮れ。ナチと手を振って別れ、家へ帰るリコ。
やはりどうしても足取りは重く、トボトボといつもの公園前のバス停まで
やって来た。時刻表を確認するも休日のこの時間帯のバスは本数が少なく
次のバスまで暫く時間がある。
何気なくふと目をやると、車道を挟んで向かいに見える保育園の建物。
思わず、リコは道路を渡って勝手に白色フェンスの隙間から手を差し込み
アーム式の鍵を開錠して保育園のグラウンドへ忍び込んでいた。
日曜はもちろん保育園も休みのため、ひと気は全くない。
静まり返ったそこは、いつもの賑やかな子供たちの姿がなくてカラフルな
遊具がなんだか寂しげにポツンと佇んでいる。
一瞬吹いた強い風に、砂埃が舞った。
砂が目に入って、顔を伏せて優しく目をこすった。
『コーチャン先生の、保育園・・・。』 下を向いたまま、小さく呟く。
ナチから聞いたコースケの話を再び思い出し、胸が不規則にざわめいた。
すると、
『こらっ! 不法侵入で通報するぞっ!!』
背後から急に低音の怖い声がした。
リコは驚いて体が硬くなり恐る恐る振り返ると、そこにはニコニコ笑う
コースケの姿。
『俺の部屋から見えたんだよ。 小さいから園児かと思った~!』
そう、からかってやけに愉しそうにケラケラ笑う。
耳障りのよい笑い声がまるでカスタネットの音色のように辺りに広がる。
『し、失礼ねっ! 4歳児と一緒にしないでよねっ!!』
ツンと顎を上げ目を眇めてリコも言い返し、思わず笑った。
しかし上手に平静を装えているかどうか、自然に振舞えているかどうか、
声は震えていないか、本当は心配で仕方が無かった。
目の前には、コースケがいる。
優しくて温かくて困ったような顔で微笑む、コースケが。
『もし時間あるなら、ちょっと保育園のぞいてく~ぅ?』
突然掛けられたコースケからの思ってもいない誘いに、リコはバスの時間
なんかどうでも良くなっていた。




