■第10話 メール
微かな肌寒さに気付いて目が覚めた、午前4時。
お風呂でのぼせて部屋まで運ばれたのを、回らない頭で思い出していた。
まだ薄暗い部屋にふと目をやると、窓辺のカーテンが少し風に揺れている。
カーテンの隙間から次第に白んできた空の気配が差し込む。わずかに窓が
開いているようだ。
ふと机の上で、薄暗がりの中なにか小さい光が点滅した。
ゆっくり慎重に体を起こし立ちあがって、その光の方へ手を伸ばす。
点滅の光、それはケータイ。
”新着メール受信1件 ”
物音ひとつしない薄暗い部屋で、ケータイの画面をじっと見つめていた。
小さく吸って吐く呼吸の音だけが、静まり返った部屋に響く。
その小さな光は、チカチカとまるで急かすようにリコの胸に迫る。
まだメールの相手は分からない。
ナチがメールをくれただけかもしれないし、迷惑メールかもしれないし、
登録してるショップのメルマガかもしれない。
違うかも、違うかも、違うかも。願う相手ではないかもしれない。
ピッ・・・
◆From:コーチャン先生
◆Title:こんばんは
(どうしようどうしようどうしよう・・・
来ちゃった来ちゃった。ほんとに来ちゃったよ・・・
ヤだ・・・ 嘘。 ヤじゃないけど、じゃないけど・・・。)
リコは送信相手の名を確認すると、少し震える指先でメールを開いた。
その目の奥はじんわりと熱くなり、鼓動が一気に高まって息苦しい程。
◆連絡が遅くなってごめん。
ここんトコ学祭の準備で忙しかったもんで。
絵本借りる件、今度の土曜とかどうでしょうか?
もし良かったら学祭に来てみない?
俺、焼きそば屋やってるから。
お礼も兼ねておごります。(焼きそばだけどねw)
友達と一緒でもいいし、もちろん彼氏と来てもいいから。
『 ”彼氏と来てもいいから。 ”』
無意識のうちに、最後の一文を小さく呟いていた。
薄暗い部屋の中で、これでもかと言わんばかりに肩を落とす自分がいた。
”彼氏と来てもいいから。 ”
何を浮かれて期待していたのだろう。
この出会いで、なにかがスタートするとでも思っていたのだろうか。
ちっとも、なんとも、ほんの少しも、想われてないに決まっているのに。
たとえ、 ”彼氏 ”がいようがいまいがコースケには関係ない。
それに、コースケにだってきっと素敵な彼女がいるに違いないのだ。
免疫がない自分の、一人よがりで勝手な妄想だったに過ぎないのだとリコ
は嘲るように小さく笑った。
乾いたカサカサの笑い声が静まり返った部屋に虚しくこぼれ落ちる。
少し目が覚めた気がした。
そして同時に、こんなにもガッカリしている自分に驚いていた。
こんなにも ”気にしていた ”自分に。
しかし、絵本を貸す約束は約束だ。最初に切り出したのは自分だしそれは
今更こんな事で反故にはしたくなかった。
ナチでも誘って学祭には行ってみようと思っていた。純粋に楽しいかも
しれないし、もう一度会って ”別になんとも想ってなどいない ”と確認
出来るかもしれない。 ”気になっていた ”のは絵本の件だけなのだと。
メールの返事はこんな時間では迷惑だろうから、後で送ることにした。
次第に夜が明けてきている。
空が白んできている様子がカーテン越しにハッキリ分かる。
なんとなく、もう寝られそうになかった。
出窓の窓枠にもたれかかり、少しカーテンを開けて空を見ていた。
ふと、玄関先に滑り込んできた自転車の姿。新聞配達のおじさんだ。
もう5時近いようだ。
『今日も、天気よさそう・・・』
そう、ひとりごちて、ひとつ小さく溜息をついた。




