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雨降って地固まる

男が(人間的に)成長するきっかけは沢山あると思いますが、その中でも女性の存在は大きいですし、物語のネタとしては王道ですよね。

いわゆるボーイミーツガール物の作品でございます。

夢見がちなヘタレ高校生・早良さわら 汰郎たろうと、可愛いケド手が付けられない程ジャジャ馬な小学生・祇園ぎおんの 円袴まるこの心温まる物語……になる予定です(汗)

定期的に連載予定ですので、可能であれば最後までお付き合いいただきたいと思います。

この作品を読んで人間が成長する事に、その快感にちょっとでも酔いしれて頂けたら幸いです。

突き出された拳がジェットコースターの様にキリモミ回転する風圧をともない、眼前に飛び込んでくる――。

おれがさっき気を失う前に最後に見た映像ビジョン

殴られた今でも、その画像だけは脳裏にパアッと鮮明に焼き付いたままだ。

その後の記憶はオールブラックアウトだけども。

目を開けて最初に映ったのは星がポツポツと光っている夜空だった。

――一体どれくらい気を失ってたんだろう。

「いっッ!」

ゆっくり体を起こすと鼻に鈍い痛みが走った。

触ってみたら、ベットリと血がついていた。うええ。

時間はそれほど経ってないようだ。血がまだ固まってなかった。

けど少女の姿は見当たらなかった。

「ふう……」

安堵と不安が入り混じった感じの溜息をつく。どっちの感情の方が大きかったかよくわからない。考える気もない。ただもう少女を探す気は失せていた。

今はひどく後味の悪い罪悪感に打ちひしがれていて、それどころじゃなかった。

ただただ自分の犯したあの行為を後悔した。

今までの人生の中で最も自己嫌悪だ。

「最低だおれは」

子供の頃よく見ていた漫画やアニメはいわゆる勧善懲悪モノの作品が多くて、品行方正なヒーローに憧れていた。今でもずっと憧れていた。

おれは周りにいる同学年の男子達に比べて、お子様思想が抜けるのがかなり遅い事を自覚している。

それでも、おれはそんな憧れのヒーローになるんだとずっと本気で思っていた。

しかし実際にフタを開けてみれば、自分は醜悪な心を持った卑しい人間だったんだ。こうして現実を突きつけられるとなんかもう自暴自棄になる。

「誰か、おれを殺してくれ」

おれは自分の手で首を絞めるポーズをした。

そんな時、急にグローブとバッグの事を思い出した。

「そうだ!」

グッと体を起こして辺りを見回す。と、すぐ傍に落ちていた。

バッグの中身を確かめてみると、意外にも盗られた物は何もなかった。それだけではなく、バッグのそばに本が落ちているのを見つけた。

逸見書店と書かれた紙袋。だから中身は本に違いない。

あの子が忘れていったんだろうか?

「そういえばあの子、」

そういえば彼女はずっと脇に本を挟んでいたのだ。

この本、どうしようか。少し考えて、明日『逸見書店』に寄って渡そうと思った。それまではとりあえずおれが預かることにしよう。

「今日はもう、まっすぐ家に帰りたいよ」

彼女に殴られた頬の熱は、彼女の怒りそのものの温度の様でずっとずっと熱かった。


翌日――。

学校へ登校すると、クラスメート達があごと鼻に湿布を貼ったおれの顔を好奇心丸出しで覗き込んだ。

「不良に絡まれたのか?」と聞かれたりしたけど、事情を説明するのが面倒だったのでボク部のスパーで負った傷だと言った。

少なくとも半分アゴの事は事実だし。

そんな会話の中で、

「つかさ、早良がその……ボクシングやるって、ぶっちゃけキツくねーの?」

と聞かれた。

おれにはボクシングは不向きだと言わずにはいられなかったというカンジで。

決して悪気があったわけじゃないんだろうケドね。

確かにそう思われるのは仕方ないと思う。

究極までにガリガリに痩せ細ったモヤシ体型だし、顔だって童顔で、闘争心のかけらもない様な甘ったれ坊主だってよく言われていた。

だけどやっぱり悔しい。

こっちは強くなりたくて、その方法を一生懸命模索しているというのに、何も知らないヤツに水を差されるのはやっぱり不愉快だ。

だからこう答えてやった。

「まー見てなって。これからどんどん強くなって、レギュラーになってみせるから!」

と。

精一杯の虚勢を張り、強気の発言。そんなことは周りの人間にバレバレなのはわかってるし、でもおれがそう言った以上誰もクチを挟む人はいなかった。

その時。教室の扉がバン!と開いた。

入ってきたのは西山だった。

「今なんつった早良ァ!」

西山の額に青筋が立っている。

どうやら今の話を完璧に聞かれてしまったらしい。

「昨日のオレとの約束を忘れたのか?」

迫力のあるメンチ切りはヤンキーそのものだ。もっと柔和なコミュニケーションは取れないのか?

入部当初からおれは西山に敵視されていた。

西山という男。実はおれと同じボクシング初心者だった。おまけに階級も一緒。

が、入部した時点ですでに基本的な体作りはそこそこ出来ており、顔つきもボクサーらしいイカツさを持っている。

ボクシングを始めるにあたって、以前からそれなりの準備をして入部してきたという。

だから何の準備もせず常人より劣った基礎体力しかない状態で入部したおれを見て、絶対許せないのだと入部初日、面と向かってハッキリ言われたのだった。

「部のみんなも早く出てけっつー空気ンなってんのがテメーにゃ読めてねえようだからオレからハッパかけてやったんだろが!これ以上手間かけさせんじゃねえ!」

ハッパかけたとはスパーのことだ。

コイツとスパーがしたいと言ったのはオレだけど、そうなるように仕向けたのはコイツの方だ。

「で、でも!」

「でもじゃねーんですケドォ?

スパーであンだけボロクソに負けたクセに、よく部活続ける気になれンな。一体どーゆー神経してんだよテメーは?」

「お、おれだってもっと練習すればみんなについていけるようになれるさ」

「約束すら守れねー性根の腐ったヤローが、部の練習についてこれるワケねーだろ。何よりテメーにゃ才能が無えんだよ」

なんだと?

才能がないだって?

この言葉にカチンときた。

どいつもこいつも……そんなにおれがボクシングに向かないっていうのか?

くそ。腹立つ!

「コーチでもないオマエにおれが才能ないなんて分かんのかよ。勝手に決め付けんな!」

頭の中がカーッと熱くなった。

おれが食ってかかると西山は辟易したというカンジで溜息をついた。

が、パッと表情が切り替わった。

まるで獲物が餌にかかったような、勝ち誇った笑み。

コイツ、何企んでやがる?

「テメーに才能がねえってことを証明すればイイんだな。ならよ……オレの顔面めがけて思いっきりパンチぶち込んでみろ!」

「えっ」

「おおっ?」

周りにいたクラスメート達が一斉にどよめいた。

なんと西山は両手をだらんと下げ、自分の顔面をおれの目の前に晒した。

「おい西山。そんなことして大丈夫なのかよ?素人の俺達だってそんなハンデもらったら楽勝で吹っ飛ばせるぞ」

クラスの男子が言っても当の西山は聞く耳を持たない。

「どうよ?破格の条件だろ。昨日オレに殴られたアゴのお返しもしてーだろ?思いっ切りブチ込んで来いよ」

「……!」

「おい、マジかよ」

「いくらなんでも、ナメ過ぎだろ」

「おい早良。いいからコイツに、一発ブチこんでやれよ」

「そうだそうだ。やっちまえ早良!」

態度が過ぎる西山に対し、クラスメート達は呆れを通り越して苛立ちがあらわになった。そして一斉におれをけしかけ始めた。

「……へっ!」

西山はニヤニヤ笑っている。

くそ。

これだったのか、西山の狙いは!

この状況は、おれにとって非常にマズ過ぎる。

「オラこいよ!」

西山は周囲の注目が集まるように大声でおれを挑発した。

「どうしたんだよ。早くやっちまえ早良!」

クラスメート達の雰囲気も、もうこのままではおさまりきらないといった状態になってしまった。

どうする?このままじゃ……

「やっちまえー早良!」

「う……」

も、もうだめだ。やるしかなかい。

おれは覚悟を決めた。右手にありったけの力を込める。

そして西山の顔面にパンチを見舞った。

「うおおおおお!」

昨日のあの小学生の少女にしたように、ありったけの憎しみを込めて思いっきり殴った。スパーの時コイツに一発もパンチを見舞えなかった悔しさも込めて――。はたしてパンチをモロに食らった西山は……ケロリとしていた。

「え……?」

クラスメート達が一斉にどよめいた。

今起こった事を、誰もが信じられないといった表情になっている。

「ぅう……」

逆に殴ったおれの拳の方がズキズキ痛みが走ってうずくまってしまった。

西山は体が吹っ飛ぶどころか……首捻って威力を逃がすどころか……真っ向から顔面で受け止めていたのだ。

ヤツの足はその場から一歩たりとも動いてなかった。

「……な。これでわかったろ。テメーがどんだけ才能がねーか。おい、オメーらもただ見てるだけじゃなくって率直な感想いってやれよ」

西山が、周りの生徒達を煽る。

この光景を見せられては、誰もがコイツの主張を認めざるを得なかった。

「ま、これは西山の言う事が正しいな。

ここまで弱えとは思わなかったもん」

「これでボク部続けるなんて無理ゲーすぎんだろ」

「早良ってひょっとしてマゾ?」

「マジ引いたわー」

「俺の弟、小3だけどオマエよりか強えーわ」

彼らの言葉はあまりにも正直過ぎて、ナイフで傷口をえぐられる様な気分だった。だけど今のおれの立場では黙ってそれを聞いてるしか出来ない。

「どーよ?テメーもさすがに懲りたろ。これ以上心も体も傷つきたくなかったら二度とボクシングやんじゃねーぞ」

西山は最後の一言だけ、脅すような声で囁くと教室を出た。

周りにいたクラスメート達も、この空気に耐えられなくなったようでサーッとおれの側から去っていった。

このことがきっかけとなり、おれに『ドリーム(笑)』というアダ名がついた事を知ったのは少し経ってからだった。


帰りの電車。

おれは一人で乗っていた。

教室まで迎えに来てくれた鉄におれはウソをついて部活を休んだ。

ごめん、鉄――。

心の中でずっと鉄に謝り続けていた。

昨日アイツの言葉にあんなに励まされたのに。あれだけ奮い立ったたのに。

一日も経たずに挫けるなんて。

思い返せば、大勢の人達にバカにされたもんだ。

昨夜の少女や西山やクラスメイト達。

くそ。負けてたまるか。

オイおれ!

強くなりたいんだろ?

だったらコレ位の事、笑って済ませてみやがれ!

おれは自分で自分に精一杯ハッパをかけた。なんとかして自分の心を奮い立たせようとしてみた。しかしダメだった。おれの心には既に敗北者の烙印が押されてしまったのだ。

おれは、

揺ぎ無き敗北者。

惨めな敗北者。

蔑まれるべき敗北者。

笑われるだけの敗北者――永遠に敗北者。

「ふ……うぅ……」

車両の中、人目もはばからずにおれは大粒の涙をこぼした。


「はっはっはっ……」

息を切らして、走る。走る!

おれは血眼になって少女を探した。

それは地元の駅に着いた後のことだった。

逸見書店に寄ろうと思ったのだけどピタッと足を止めた。冷静に考えたら昨日少女を殴ったことは、立派な犯罪になるんじゃないかと今更ながら気付いたからだ。

もしも既に少女が店に寄っておばあちゃんに昨日の出来事を話していたとしたら……?

自分の事も大事だが、もっと大事な事はボク部が公式戦出場停止になるかもしれない事だ。それだけはなんとしても防がないと!

おれとは違ってちゃんとボクシングと向き合っている鉄や他の部員達が、おれなんかの為にボクシングを失ってしまうのは絶対あってはいけない。

それはあの西山に対してもだ。


そうして飛咲小に到着。

学校はすでに下校時間を過ぎていた。

校庭には昨夜の少女の姿は見当たらない。

小学生の場合、学校が終わったら“友達の家で遊ぶ”か“外で遊ぶ”か、あるいは“塾や習い事に出かけている”かしかない。

となれば、おれが介入できる選択肢は“外で遊ぶ”だけである。

外で遊ぶ場合、少しは心当たりの場所も思い浮かぶ。それは住宅街周辺だ!

「お願いします、」

神様!

さすがにもう神に祈るしかなかったおれ。

はたして、その願いは聞き入れられた!

なんとなんと、いとも簡単に少女を発見することが出来てしまった。

少女は公園でクラスメートらしき女子達と大縄跳びをしていた。

おれはとっさというか、条件反射で思わず近くの木の陰に隠れる。

よく見ると少女の顔には、昨日おれが殴ってしまった左頬に大きな湿布が貼ってあった。

その痛々しい姿、胸の奥がズキンと痛んだ。

様子を伺うように少女を見る。ところが、よく見るとなんだか少し様子がおかしかった。

おかしかったのは大縄跳びに興じるクラスメート達の配置。

みんなで大縄跳びをしているのに、少女だけ一向に参加しようとしない。

少女は女の子達の輪の中にいる様でいて、見方によってはそうでもないような感じに見える。他の子達が遊んでいるのをただ見ているだけのようだった。

そんな彼女に対し、他の子達はまるで何も見えていないかの様に楽しそうに笑って遊びに興じている。

少女は彼女達に合わせて苦しそうに笑っていた。その笑顔は誰も見ていないことをわかっているハズなのに。

昨夜とは違うショックが胸を打った。

「……マジかよ」

少女は間違いなく仲間外れにあっていた。

その時遊んでいた内の一人の女子が声を上げた。

「もう!一体なんなの、祇園ぎおんのさん?」

女子の罵声は少女に向けられていた。

少女は『ぎおんの』と言うらしい。

「学校はもう終わったんだから、ずっと一緒にいなくてもいいじゃない」

キツくあたる女子に対し、『ぎおんの』は何も言い返せずヘら~っと笑ったままだった。

おれは握り締めた拳に思わず力が入った。さっき学校で自分が味わった気分と近かったせいだろう。あんな惨めな気分、誰だって味わいたくないものだ。

すると、『ぎおんの』は口を開くと懸命に声を振り絞った。

「あ、アタシも一緒にまぜて……」

「まるちゃん、なにいってるの!

まるであたし達が仲間外れにしてるみたいに言わないでほしいんだケド?」

ム、ムカつく!

なんだあの子?

イジメの常套句みたいなセリフを、涼しい顔で吐きやがってくれる。

その女子はこのグループの中でも群を抜いて際立つほど、華のある外見の女の子だった。この街には珍しいザ・お嬢様といった感じ。

どうやらこのグループのリーダーっぽい。

「まるちゃん。朝から気になってたんだあ~」

そのザ・お嬢様が『ぎおんの』にゆっくり近づくと、躊躇無しに彼女の左頬の湿布を引き剥がした。

「いたっ!」

「あら、ごめんなさい。ふふ」

『ぎおんの』が痛がるのをみて、愉快しそうに笑う謝るザ・お嬢様。

ヒドイ!ヒド過ぎる!

これはさすがに笑えないシーンだ。今すぐ止めに入りたい。

でもどうしたものか?

止めに入ろうにも、『ぎおんの』から恨まれてるおれが割って入っても下手をしたら再び彼女に怒られて、それどころか本当に犯罪者にされてしまうかもしれない。

「まるちゃんたらほっぺが真っ赤でぷっくり。

おサルさんのおしりみたい。やだ~」

ザ・お嬢様が笑うと、周りにいた女子達もクスクスと笑った。

胸クソ悪い光景だ。こんな低い年齢の頃から随分と心が荒んでいるな。

ま、おれが言うことじゃないけど。

「まるちゃん。ほっぺ冷やしてあげるね」

ザ・お嬢様はそう言うと、『ぎおんの』の頭をを水道の蛇口の下に近づけ、容赦なく水を全開した。

「や、やめて!何すんだよ!」

頬を冷やすと言っておきながら、顔を下に向けさせて後頭部ぶっかけがった。

『ぎおんの』は抵抗するが、ザ・お嬢様は思いっきり頭を押さえつけていた。

「頭を冷やせば、ほっぺと一緒に気に入らないその態度も治るんじゃないかしら?あははは!」

「げほっ!ごほっ!」 

『ぎおんの』は必死でもがいている。

流石に周りの女子達もこれはマズイのでは?と引き気味だ。それでもザ・お嬢様は抑えてつけている手を緩めようとはしなかった。

これは……もうマズイ!

「おいやめろ!」

女の子達が一斉に驚き、こっちを振り向いた。

おれは木の陰から飛び出した。そして急いでザ・お嬢様を『ぎおんの』から引き剥がすと、蛇口の栓を閉めた。

「きゃあ!」

「な、何? 誰よアナタ?

あたし達ただ遊んでただけなんですケド?警察呼ぶわよ!」

狼狽するザ・お嬢様とその他一同を一切無視して、おれはバッグからタオルを取り出して『ぎおんの』の頭を拭いてやった。

おれが殴ってしまい腫れ上がった左頬は優しく当てるだけにして、水滴を吸い込ませた。

『ぎおんの』はようやくおれに気付くと、物凄い剣幕で睨んできた。

「な、何してんだオマエ!」

「ちょっと!なんなのまるちゃ……祇園さん!その変質者は?まさか、その人に頼んで、あたし達に報復する気じゃ?」

変質者……ヒドイ言われようだな。

「待って!アタシにも何が何だか……それに報復するなんてそんなワケないじゃん!アタシはみんなと仲良く遊びたいだけ……」

「ふざけるな!」

おれは本気で怒鳴った。

それが伝わったのか、みんなビクッと体をこわばらせた。

「ただ遊んでただけだとか、仲良く遊びたいだけとか、コイツをハブにして水をブッかけることが、遊びだってのかよ?お前ら全員これがイジメだってことがわからないのか!」

おれの言葉に女の子達はみんな黙ったままだったが、ザ・お嬢様だけは負けずに言い返してきた。

「あたし達の関係を知らないクセに、しゃしゃり出てこないでよ!」

「なんだよ、あたし達の関係って?一体どんな関係があるってんだ?」

おれは至極一般的な、常識的な批判を突きつけたつもりだった。でもザ・お嬢様の意見に、被害者の『ぎおんの』がまさかの同意を示したのだ。

「そうだよ。アタシ、別にイジメられてないし」

「おい、何強情になってんだよ。誰がどう見たってあれはイジメだろ」

おれが渡したタオルでガシガシと髪を拭くと、『ぎおんの』はザ・お嬢様の頬をパチィンと平手打ちした。

「イジメってのは、こういうことを言うんだよ」

「え……?」

そして他の女子達の事も、次々と躊躇無く平手打ちした。

「キャッ!」

「イタイ!」

「やめて!何するの祇園さん!きゃあ!」

おれが『ぎおんの』につけた傷ほど酷くはないけど、彼女たちの頬には『ぎおんの』の掌のもみじ跡がくっきりとついていた。

ぶたれた女子達はほとんどの子が泣きじゃくる中、ザ・お嬢様だけは涙を一切流さず、かわりにヒリつくような憎悪の眼差しを『ぎおんの』に向けた。

「祇園さん憶えてなさい。絶対……絶対許さないんだから!」

ザ・お嬢様。よく見れば名札、つけてるじゃん。『焔城ほのしろ 紅炉璃くろり』か。

「それと、そこの変質者!アナタもあたしのお兄ちゃんに頼んでギタギタに懲らしめてやるから!覚悟してなさい!」

焔城は他の女子達を引き連れて公園から去っていった。

「……なんていうか、彼女のワンマンチームって感じだな。あの子達はあの子達で、本当にお互いに仲が良いのかな?」

とにかくこれでひとまずは嵐は去ったので、安堵のため息をついた。

ま、要らない恨みまで買ってしまったのは不本意だったケド。

「まあ、それは仕方ないよな」

誰に言うでなく、率直な感想が口をついて出た。

「おい!」

振り返ると、『ぎおんの』が物凄い剣幕で、こっちを睨んでいた。

おぅふ。予想通りのおかんむり状態。

でもようやく邪魔者がいなくなって、こうして二人だけで話せる場が作れた。

さあーて。肝心なのはここからだぞ。

えっと、まずは何から話せばいいかな……。いや、まずは傷の手当が先か。

おれはバッグから湿布薬を取り出した。自分のケガ用に持ってきたものだけど、部活も休んだのでもう必要なかった。

「『ぎおんの』っていうんだよな、オマエ。じっと、してろよ」

おれは、湿布薬を彼女の頬の、患部の大きさにハサミで切って、ペタっと貼ってやった。

「うきゃ!」

「あ、大丈夫か?」

しまった。この湿布薬は染みるタイプだったことを忘れてた。

「テメェ……何企んでやがる」

『ぎおんの』は湿布を貼られた左頬を抑えて、狂犬のような目でおれを睨んだ。

昨日はビビッてしまい、あんなに気圧されていたけど先刻の出来事があった後ではもうそんなことはなかった。

そのかわりなんか胸が締め付けられるみたいに苦しかった。

そして自然とおれは彼女に対し、土下座をした。

「昨日はすいませんでした!」

「え?」

おれの突然の行動に、『ぎおんの』は面を食らった。

確かにそりゃ反応にも困るよな。

でも、彼女には謝らずにはいられなかったのだ。

「ふざけんなよ。今さら謝られたって、遅せーんだよ」

「……」

そりゃそうだ。こんなの一方的な謝罪にしかならない。

おれは顔を上げた。

「本当にごめん。病院の治療代はおれが払うから。だから――」

「そんなことじゃねーよ!」

『ぎおんの』はおれの言葉を遮って怒鳴りつけた。その目には大粒の涙が零れていた。

「おまえにとってはな……ただのイジメにしか見えなくても……アタシにとっては、、、スッゲー……とても大切な時間だったんだよ!」

『ぎおんの』の言葉におれはまたしても後悔した。

やっぱりおれは大馬鹿野郎だった。またしても自分の感情をぶちまけたせいでこの子を傷付けてしまったのだ。

「もうわかってンだろ。アタシにはトモダチがいねーんだ。だから一生懸命がんばって……あともう少しで……みんなと……仲良くできた……のに。ぜんぶ……オマエのせいだ」

目の前にいるのは、さっきまでの気丈な『ぎおんの』じゃない。

顔をクシャクシャにして、泣きじゃくる年相応の子供だった。

「……」

くそ。

返す言葉が、見つかんねー。

この子はこんな小さな体に、一体どれだけの苦しみを抱えているんだろうか?

おれなんかには到底推し量れない。

それでもなんとかしてあげたいって思うのは何故だろう。

こんな気持ちは初めてだった。

何か良い方法はないものか?

そしてピンと閃いた。いや、閃いてしまった。今、自分が考えていることは一般常識としてとても危うい事ではないだろうか。

でも、でも!

この子にどうしても告げずにはいられなかった。

「だったら……さ。お、おれがトモダチになる……」

「えっ……?はあっ?」

『ぎおんの』が一瞬にして、飛び退った。

「うわああああああ!ご、ゴメンゴメンゴメン!

わ、悪気はないんだ。許してくれ!ただ言ってみただけだから。い、今のことは忘れてくれえ!」

おれが必死に言い訳していると、『ぎおんの』のパンチが飛んできた。

「ウルセーッ!」

「ごはっ!」

「こ、この……ヘンタイ!バカ!アホ!ナンジャクモノ!……ううー、し、死ねえー!」

「うわー!ちょ、タ、タンマタンマー!」

『ぎおんの』は顔を真っ赤にして、ポカポカ叩いた。

ちょっと待て。

なんてこった。

ポカポカだぞ?「死ねーっ」て叫んで、ポカポカって。

で……デレてる!

「その……友達だからよ、トモダチ。小学生と高校生って有り得ないと思うケド。もしキミが嫌じゃなかったら……本当にトモダチにならないか?」

もう一回。真剣に誠意を込めて言った。

「え……あ」

『ぎおんの』は、口をパクパクさせながら、必死に何か言おうとしている。

そして何度か大きく咳払いをして、小さく呟いたのだった。

「し、しょうがねえな……。そこまでいうなら……と、トモダチになってやるよ」

やった!

ついに、ついに『ぎおんの』と打ち解けあうことが出来た。

メチャクチャ緩みきってる『ぎおんの』の顔を見るとおれはたまらなくうれしくなった。公園のベンチに座り、昨日の出来事がまるでウソのように、おれたちはお互いのことを話し合った。

そして彼女の名前も教えてもらった。『祇園ぎおんの 円袴まるこ』という、なんか京都を連想させる品のある名前だった。おれも自分の名前を名乗ったら「汰郎たろうなんて、イマドキそんな古りー名前ねーよ」って笑われた。ムカついたからおれも「円袴まるこだって十分、昭和のセンスじゃねーか」って言い返したら、犬みたいに噛み付かれた。

でも、すっかり元気になったようで、円袴はおしゃべりが止まらなかった。元々感情の起伏が激しいのだろう。クルクルと表情が変わって見ていて楽しい。この子、本当は結構人懐っこい性格っぽい。だから尚更こんなに明るい彼女がイジメにあっているのが不思議だった。

それから肝心の話題。殴られた頬についてあの後誰かに話をしてないか尋ねてみた。すると親には変な気を使わせたくないからという理由で、遊んでて転んだ時のケガだと伝えたらしい。学校の先生にもそれで話を通していて、逸見書店にはまだ行ってないそうだ。

つまり。おれが最も恐れていた『傷害事件』には、発展しなかったのだ。

「はああ~。よかった」

ここで、本当の本当ににようやく肩の荷が下りた。

すぐに疲労がどばっと押し寄せてきた。

「感謝しろよな」

円袴がバシッとおれの背中を叩いた。

「うん。ありがとう」

おれは円袴に素直に感謝した。

「ところでさ、汰郎。今日部活はどーしたんだ?」

円袴が不思議そうに聞いてきた。ボクシンググローブが入ってパンパンに膨らんだバッグの膨らみを見てそう思ったんだろう。

「ん……、あのさ」

おれは少し躊躇するも、今朝学校で起きた事を話した。ボクシングを辞めようと思っていることを聞いた円袴は眉間にシワを寄せた。

そして彼女はガバッと立ち上がっておれの腕を取ると、

「いくぞ、汰郎」

「え?」

言ってる意味がわからない。どこへ行くんだ?

「おまえの学校だよ!」

「はあ?」

「ボク部だよ!おまえをバカにした西山ってヤツを、ブッ飛ばしにいくんだよ」

「ええええええ!」

今度はおれが立ち上がった。

ちょ、何考えてんだ!

困惑してるおれをよそに、円袴はまるで自分の事のように顔を真っ赤にして怒っていた。

「悔しくないのか!ボクシングやりたいのに、下手だからってやめろって言われたんだろ!」

「そ、そりゃ悔しいさ!だけど……」

クラスのみんなの前であんなに恥をかかされて、どのツラ下げて、部活に顔出せってんだよ。

「もういいんだ!ボクシングは、おれには向いてないって、ハッキリわかったんだ。これ以上恥はかきたく……って、いだだだだ!」

円袴はおれの手をものすごい力で握り締め、強引に引っ張っていた。

「早くしねーと部活終わっちまう。電車賃は汰郎が持てよ」

そういって円袴が駆け出すと、結局おれも走るしかなくて、、、

まさか、これから部活に戻る事になるとは、夢にも思わなかったのであった。


「遅くなりました!」

熱気に包まれた室内に、おれの声が響き渡る。

練習に没頭する部員達は、手を止めずチラっとだけおれの方に視線を向けた。

「早良?おまえ今日休みって言ってなかったか?」

顧問の松里先生がやってきた。

「いや、その。急に具合が良くなったっていうか……」

おれがしどろもどろになっていると、後ろにいた円袴が叫んだ。

「ニシヤマはどいつだー!」

これには流石に部員達も全員手を止めた。

「バ……声でけーよ!」

「もが、」

おれは慌てて、円袴の口を塞いだ。

部員達みんな、そして松里先生も全員?マークを浮かべていた。

そりゃそうだ。なんでこんなトコロに小学生の女子が?って思うよな。

「早良。その子供は一体誰だ。学校の部外者を校内に入れるのは校則違反だぞ」

「は、はい。わかってます。でも」

「アタシは部外者じゃねーよ!汰郎のトモダ……もがが、」

円袴が強引に手を振りほどいて、喋ろうとしたところを、おれは間一髪再び口を塞いだ。

あぶねーあぶねー。

公の場で“おれと円袴はトモダチ”発言されたら、それこそ本当に事件になってしまうところだった。少なくともおれの将来は社会的に完全に抹殺されるだろう。

「早良。その子は本当に誰なんだ?」

松里先生に問いつめられた。

う、この場合なんて言えばいいんだよ?

その場しのぎで構わない。何か上手い言い訳はないものだろうか。

と、その時、頭に電球が点った。

「い、妹です!」

「妹?」

「はい!」

「いたのか。お前に?初耳だな」

「はい!初耳だと思います!」

強引だが言い切った。言い訳としてはベタだがまあ無難じゃなかろうか。

松里先生も「むう」という反応で、なんとなく納得してくれそうだ。

とりあえず、この場がしのげれば構わないんだ。後でバレても、その時にはもっとマシな言い訳が思いつくだろう。と、円袴がおれの手を、ぺしぺしと叩いた。

見ると、彼女の顔が真っ赤になっていた。

やべ!ずっと口を塞いでたから、息が出来なかったのか。

おれはすぐ、円袴の口からパッと手を離した。

「げほっげほっ!」

「わ、悪い円袴。大丈夫か?」

心配して、円袴を見ると目が潤んでいた。

「ん?」

それに、口を離したのに、円袴の顔から、赤みがひいてないのも気になった。

もしかして風邪か?

「早良ァ。今度は一体なんのマネだ?」

この挑発的な口調は一人しかいない。

西山だ。

「今日は具合悪いんだろ。だったら家でゆっくり安静にしてろよ。傷が癒えるまでな」

西山は「くくっ」と笑った。

むっかぁー。

心身ともに傷をつけてくれた張本人が、一体どの口で語りやがる。

コイツの言動は、いちいち人を不愉快にさせてくれる。

こんなヤツにおれは少しもやり返すことが来ずに、ボクシングを辞めるのか。

そう思ったらふつふつと怒りがこみ上げてきた。

「おれは、やっぱりボクシングを続ける」

「ああ?」

西山は、まさかおれがこんなことを言うとは思わなかっただろう。

マジギレっぽい、リアクションをみせた。

と、そこに円袴がおれと西山の間に割って入った。

「おまえがニシヤマか」

ギロリと、西山をニラみつけた。

「ああん、西山だとォ?おい、口の利き方に気をつけろよ。そこの弱っちぃ兄キに教わらなかったのか?」

西山が円袴をからかった、その時だ。

ほんの一瞬のことだった。

円袴は西山の膝の裏を蹴って膝カックンの要領で、西山に膝を地面につかせると、目線の高さまで下がったヤツの顔面にパンチをビタッ!と寸止めした。

「――っ!」

西山は呼吸が止まったまま、表情が凍りついていた。

油断して虚をつかれたのではないと思う。

円袴の動きが、恐ろしく速かったのだ。

周りにいた他の部員も、顧問の松里先生も西山と同じような顔をして、驚いていた。 おれも驚いた。昨日もそうだったけど、人並み外れた身のこなしや、今の動きといい、彼女が天性の素質を持っている事を今度は大勢の人達の前で証明することとなった。

「だれが弱っちぃだって。小学生に尻餅つかされて言えるセリフかよ。んべー」

「こ、このガキ……」

赤っ恥をかかせられた西山は、円袴を捕まえようとした。

が、円袴はなんなくかわすと、そのまま部室をくまなく歩き回った。

「ふんふん。ボクシングかー。なるほど。ま、1ヶ月もありゃなんとかなんだろ」

タタッと、円袴がおれのところに駆け寄った。

「汰郎!アタシが1ヶ月で、オマエをコイツに勝たせてやる!」

「え」

おれは、まさかと、一笑に付すのに近い気持ちだったが、西山はたとえ洒落だったとしても、とても流せない一言だったらしく、激昂した。

「ふざけんじゃねえ!」

相手は小学生の女の子だというのに、本気で睨みつけてきた。

「たった1ヶ月で、コイツがおれを倒せるわけねえだろ」

「だからアタシが鍛えるんだよ。明日から、アタシもここへ来るぞ」

まてまて。何を言ってるんだよ、おまえは。

「アホ!勝手に決めんな」

しかし、今度は西山の方が止まらなかった。

「上等じゃねーか。今度こそ、二度とボクシングがやる気が起きないよう、ボコボコにしてやるぜ」

「んだと!」

今度はおれがぶち切れた。

そんなに弱い者イジメが好きなのかテメーは。

「やめろお前達!早良、これは一体どういうことだ」

松里先生が、割って入って話を止めた。

「早良、ちょっとこい。どういうことか説明してもらうぞ」

「は、はい」

「お前らは練習再開だ。各自、自分のトレーニングメニューを続けるように!」

「ウッス!」

周りの部員達に指示を出し、おれと松里先生は部屋のスミに行き、そばの椅子に腰掛けた。

おれは今回の経緯を、先生に説明した。

「なるほどな。ま、部員同士のトラブルは珍しいことじゃないが、どっちに非があるという話でもないから、決着はお前らでつけとけ」

「はい」

実に体育会系っぽい、大雑把な対応だと思った。放任主義といえば、聞えはいいが。

「早良。俺としてはお前から退部届をもらわん限り、お前を退部にはしないよ。だが今のままでは、他の部員達が西山と同様の感情を抱くようになるのは否定できん。お前自身が環境を変えていく努力をしなければならないのは、間違いない」

松里先生の話は、心にズッシリ響いた。

顧問先生の言葉という、重みがあった。

改めて自分が努力しない限り、誰も、自分すらも、おれを認めてくれない。

そういう危機感に、身を引き締めさせられた。

「ところでお前の妹だが……全然似てないな。もう少し育てば、芸能界からスカウトが来るんじゃないか?」

「えっと、その……あざっス」

ヤバイ。どんどん嘘を塗りたくって、深みにはまっていくよう。

「だが、それよりも特筆すべきは、あの身体能力だ。あの子は、何かスポーツをやっているのか?」

「え?さ、さあ、それは……」

言われてみればそうだな。もしかしたら何かやってるかもしれない。

「俺は構わんぞ」

「何がですか?」

「あの子が、ウチの部活に参加するっていう話だよ。身内の方が教え方も上手そうじゃないか。だがまあ、あの子的に、本当にそれで良いならだけどな。学校の友達とも遊びたいだろう」

「友達いないんスよ……アイツ」

おれがそういうと、松里先生は地雷を踏んじまったみたいな表情で、アゴをさすった。

そうか。もしかしたら、円袴はトモダチのおれと一緒にいられる時間を、作りたかったのかもしれない。

「ボクシングってな。何故か、不器用なヤツがよく集まって来るんだよ。強くなりたいって気持ちの裏には、弱い自分への苛立ちであったり、自分の事を見て欲しいっていう孤独感が内在してるモンだ。それを克服できるのは、やっぱり自分しかいないんだよ」

今の話を聞いて、おれは確かにその通りだと、思った。

実はおれだけじゃなくて、円袴にもボクシングって、うってつけなのかもしれない。

「先生。それじゃ明日からおれと一緒に、円袴も参加してもいいですか」

「ああ。構わねーよ」

松里先生は快く承諾してくれた。

その時、リングの方から「おおっ!」という、歓声が聞えた。

「マジかよ!凄えにサマになってんじゃん。スジが良いってもんじゃねえぞ!」

「へへー。あったりまえー♪アタシの運動神経、ナメンなよ」

なんと、円袴はリングに上って、シャドーボクシングを教わっていたのだ。

その動きはとても初心者とは思えず、すでに何年もボクシングをやってきた人間の風格さえ漂っていた。円袴はシャドーを教えてくれる人の動きを、見様見真似で動いてるだけだというのだから、尚更衝撃である。

円袴にシャドーを教えている相手は、鉄だった。

リングの側まで行くと、円袴はおれに気付いた。

リングを下りると、円袴はおれのところにやってきて、飛びついた。

「汰郎!話、終わったのか?」

「うん。明日から、お前も一緒に来ていいってさ」

「ホント?やったー」

 円袴は、うれしそうにピョンピョン跳ねた。

「よーし、今日の練習は終了だ。全員整列」

「あざっしたー!」

一同、松里先生に礼をし、こうして今日の練習は終了した。


部活帰り――。

おれは円袴を肩に担いでと、せがまれたのでいつものように、鉄と一緒に帰りの道を歩いていた。

鉄には、今日の放課後、嘘をついて部活を休んだことを謝った。

昨日の帰りの後、円袴と出会ったこと。今日の教室での、西山との衝突。それから、再び円袴と出会い、現在に至るまでの経緯を正直に話した。

「ホントにごめん。鉄」

一体、今日何度目だったか忘れてしまう謝罪を、鉄にした。

すると、

「許す」

ぶっきらぼうに一言。そういった。

おれはもう、感動して涙が出そうになった。

「オマエ!良いヤツだな!アタシも『鉄』って呼んでいい?」

「……」

鉄は無言のまま、コクッと頷いた。

「ははっ。無口だけど、スッゲエ良い奴なんだ。おれと円袴が妹じゃないって知ってるのに、黙っててくれたんだからな」

小学校時代からの友達だった鉄は、おれが一人っ子であることも当然知っていた。あの場面で鉄にその事を指摘されていたら、事態はややこしくなっていただろう。

おれ達がベタ褒めしたせいか、鉄はそっぽを向いた。

すると、円袴がくすくす笑った。

「ん、どうした円袴」

「えへへ。なんかさー、こーゆーのっていいなーって思って」

「こーゆーのって?」

「トモダチ!」

円袴はそう言って、おれの肩から飛び下りた。

「今日はホント色んなことがあったなあ。でも、よかった。汰郎に会えてホントによかった!」

「円袴」

そんなにうれしそうに言われたら、なんか、ジンとくる。

あんなにかわいそうな場面を見てしまったからか、こいつは絶対に幸せにしてやりたいって思う。

「明日からビシバシ鍛えてやるからな!ちゃんとついてこいよ」

「ああ。お手柔らかに頼むよ」

おれ達と、帰る道が別になる円袴とは、ここでお別れだった。

その時、円袴は顔を真っ赤にして、おれにおかしな質問をした。

「た、汰郎はさ。アタシが、その、トモダチと妹……ど、どっちだったら嬉しい?」

「え?」

「な、なんでもない!バイビー」

おれが質問に答える前に、円袴は走り去っていった。

うーん。トモダチと妹、どっちが嬉しいって。円袴はどっちだったら嬉しいんだろう?

考えてると、鉄が今まで見た事もないような、冷ややかな視線をおれに向けて、言った。

「ロリコン」

「んな!」

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