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それはひそかな  作者:
7/8

さよならじゃなくて/もう隠さなくて、いい

「―京一くん、聞いてる?」

「え、ああいや・・・ごめん」

久しぶりに一緒に帰って、楽しい話をして、とても幸せなはずなのに。

時々ふっと、寂しそうな瞳をするから。

分かってしまうの、痛いくらいに。

彼の気持ちは、ここにはないってことが。


「・・・一緒に帰ろう、京一くん」

言わなくちゃ。京一くんは優しいから、このままじゃきっと何も言わない。

「引越し、3日になったみたい」

「そうか・・・見送りにいくよ」

「うん・・・ありがとう」

私は立ち止まった。そのことに気付いた京一くんが振り返る前に。

「―別れよう、京一くん」

悲しいほどに冷たい、冬の訪れを予感させる風。

本当にどうして、私は鈍く生まれて来なかったんだろう。京一くんに必要なのは、求めているのは私じゃないって、どうして分かってしまうんだろう。

きっと・・・そう。気付いてしまうのは彼が好きだからで。ずっと彼のことを見てきたからで。

その優しさと不器用さを、分かっているからで。

「京一くんはやっぱり、綾ちゃんが好きなんでしょう?」

そして綾ちゃんも、京一くんのことが好き。

京一くんは苦しそうに眉根を寄せた。

「・・・由佳、俺は」

「いいの。私、この一週間とっても・・・幸せだったから」

それは嘘じゃない。でも、だからこそ思い知ったのかもしれない。

ここに・・・京一くんの隣に立つべき人は、私じゃないってことを。

「結局私はどこまで行っても、京一くんの妹にしかなれない」

京一くんの好きな人には、なれない。

「そんなこと・・・ない」

「本当にそう思う?」

京一くんは黙り込んだ。私は明るい声で言う。

「もしかしたら、私のこの気持ちも・・・それと同じだったのかもしれないね。お兄ちゃんとして、好きだっただけなのかも」

本当にそうであったら、どれだけいいだろう。

「・・・ごめん」

京一くんがそう呟いて。

・・・泣いちゃだめだ。泣いたら京一くんは、私の手を放せなくなってしまう。

溢れる涙を堪えて、私は彼に微笑んでみせた。


そして、引越しの日。

「今までありがとう・・・京一くん」

「・・・ああ」

まだ少しぎこちないけれど、ようやくちゃんと交わせるようになった会話。

「あのね、京一くん。私ね、好きになったのが京一くんで良かったって、そう思うの」

京一くんは申し訳なさそうな瞳をする。

そんな顔しないで。私は本当に、幸せだったんだから。

「今まで想い続けることが出来て・・・本当に良かった」

大好きでした。

優しくて不器用なあなたが、本当に大好きでした。

それは、今も変わらないけれど。

私はなおも彼に縋ろうとする手をとどめる。

京一くんはポケットに手を入れて、出てきたのはあのときの約束。

「これ・・・返した方が、いいか?」

―おおきくなったら、“けっこん”しようね。

キラキラと光って見えた指輪も、今では枯れて萎れてしまって。

それは、色褪せた想いを物語るかのようで。

私はゆっくりと首を振った。

「これを渡したら、プロポーズしたことになっちゃうよ?いいの、京一くん?」

わざとおどけた風に言う。

「・・・ごめん、ちょっと意地悪だったね」

でもそのくらいは、許してほしいな。

「―私、聖陽学園に受かったら一人暮らししようと思ってるの」

「え?」

こっちにある家は売ってしまうから、どこか他に部屋でも借りて。

「春になったら、また会えるね」

「・・・そうか」

やっと京一くんが笑って、その笑顔を見られただけで、彼に恋をした意味があったって思えた。

▲▲▲

ユカちゃんが引っ越すってことを聞いたのは、その一週間前のことだった。

「え・・・そんな、いきなり」

「3日らしいぞ」

俊輔は相変わらずゲーム画面を眺めたまま言ったが、そんなことに腹を立てている暇もなかった。

その日の内に京一から同じ内容のメールが来て、本当に居なくなってしまうんだって愕然とする。

「だから、どうだって言うんだ」

見送りにでも行けばいいのか。さよなら、って手を振って。

「・・・そんなこと、出来るかよ」

結局のところ、京一とユカちゃんがああなってしまったのはオレがあれこれ引っ掻き回した所為でもある。そんなオレが、どの面下げてユカちゃんに会いに行けるっていうんだ。

そんなことをうだうだと考えているうちに、あっという間に別れの日はやって来て。

オレはぼんやりと携帯画面を眺めていた。開かれた引越しの時間を知らせるメールと、右上で一分一分進んでいく時計。

デジタル時計の数字が切り替わるのを何十回眺めた頃だろうか。

「ユカちゃん・・・!」

気がつくと、身体が動き始めていた。

嫌だ。もう二度と会えないかもしれないのに、このまま終わりなんて絶対に嫌だ。

まだ何も伝えられていないんだ。言いたいことがまだたくさんあるのに。

せめて、また会おうねって言わせて欲しい。不確かな約束でも、ないよりはマシだろ?

勘を頼りに右へ曲がった先に、トラックが走り去っていくのが見えた。

窓ガラスの奥に一瞬見えた横顔。

「ユカちゃん!!」

死ぬ気で自転車を漕いで、トラックを追いかける。

「ユカちゃん!・・・・・ユカちゃん!!」

届け。届いてくれ。

伝えたい言葉があるんだ。

「くそッ・・・!」

どんどん離されていく。上り坂に差し掛かってもうダメか、と諦めかけた時。

赤信号にぶつかって、トラックが止まった。

「間に合ええええええええええええええええッ!!」

力の限りペダルを踏み込んで坂を上る。

「―ユカちゃん!!!」

「梅原くん!?」

突然降ってきた声に顔を上げると、窓からユカちゃんが身を乗り出しているのが見えた。

「ユカちゃん・・・」

「す、すみません降ろしてもらってもいいですか!?」

助手席からユカちゃんが出てくる。

上がったままの息がもどかしい。

ほら、言えよ。「また会おうね」って―

「ユカちゃんが好きだ!」

違う、そうじゃねえだろ!

「え?ああ・・・うん、ありがとう梅原くん」

ユカちゃんはいつもみたいに笑って言った。

「い、いやぁ~ユカちゃんはやっぱりかわいい・・・」

想いが伝わっていないことにほっとして、前みたいに軽口を叩こうとして。でも。

「・・・そうじゃ、なくてさ」

もう、いいんだ。隠さなくても。そう気付いた瞬間。

「―好きだよ、ユカちゃん」

俺だけが知っていた愛の告白。

ちゃんと言わなきゃダメだ。じゃなけりゃ伝わらない。

「う、うん・・・?」

いつもと違うことを感じ取ったのか、ユカちゃんは首を傾げた。

「・・・オレは、ユカちゃんが好きだよ」

「・・・うん」

足りない。

「大好きだよ」

「・・・うん」

まだ足りない。

「ずっと、見てきたんだ」

「・・・・・・うん」

言え、隠さずに全部。

「初めて会ったときから、本当に・・・本当に、大好きでした」

「・・・梅原くん」

勘違い、しないで。ちゃんとオレを見て。

「一目惚れでしたが何か!?」

結局、何故か逆ギレした。

・・・でも。

「あ・・・」

ユカちゃんの顔は、初めて告白したときみたいにちゃんと赤くなってた。

「・・・すぐに返事くれとか、言わないからさ。キョーイチとのこととかも、ちゃんと分かってるから」

「・・・うん」

「オレもユカちゃんを見てるってことだけ・・・それだけ、分かって?」

ユカちゃんは赤い顔で、ゆっくりと頷いた。


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