嫌な予感/それはひそかな
何となく、嫌な予感がしてた。
最近京一くんが綾ちゃんの話をすることが多くなってきた。特に大した話題ということもないけれど、そういう他愛もない話が増えるってことは、それだけ綾ちゃんのことを見てるってこと。
もし、京一くんが綾ちゃんを好きになってしまったら・・・私、どうしたらいいのかな。
放課後一緒に帰りながら、二人で綾ちゃんの話をする。
綾ちゃんが榊くんに振られたと勘違いしたっていう、ただそれだけの話。
「―全然そういうことに興味がないっていうか、縁がないだろう、森咲は」
「まあ、興味がないっていうのは分かるけどね」
私はちょっと笑った。綾ちゃんはサッカー一筋だもん、恋愛には全然興味がない。
「でも縁がないわけじゃないんだよ?」
いやいやないだろ、と京一くんはひらひら手を振った。
・・・やっぱり京一くんってちょっと鈍いのかな。
話題に上がってた榊くん、実は綾ちゃんのことが好きなんだよね。この前一緒に日直清掃してたとき、すごく嬉しそうに話してくれたっけ。私も前からなんとなく気付いてたから、上手くいくといいなってちょっと応援していたんだけれど。
「綾ちゃんは結構モテるんだから」
榊くんだけじゃないよ。綾ちゃんってちょっと男の子っぽいところはあるけど、スタイルはいいし美人だし、男子の中にも隠れたファンは結構居るの。
下手に女の子女の子してるより、友達感覚で付き合える子の方が気楽って人も居るでしょう?
「女子にだけだろ?」
「男の子にも、だよ。京一くんが知らないだけで」
そう言ったら京一くんが変な顔をした。ふふ、やっぱり理解できないのかな。
何かを考えるみたいに京一くんは黙り込んで、そこで初めて私は気付いた。
あ・・・今の、言わない方がよかったかな。もしかしたら変に綾ちゃんを意識しちゃうかも。
ただでさえ、最近綾ちゃんに意識が向きがちだったみたいなのに・・・。
ふと、さっき京一くんが漏らした台詞を思い出した。
『森咲が思いっきり舌突き出してさ。全然可愛くなかったんだけど。でもまあ、由佳はそんな風に怒らないよな、多分』
その言葉の裏になんとなく“期待”を感じたんだ。もしかして京一くん、そういうの見たいって思ってる?ええ、でもそんな・・・。
「じゃあな、由佳」
「あ、うん・・・」
どうしよう、京一くんが行っちゃう・・・!
「き、京一くん!」
こうなったらもう勢いで行くしかない、とぐっと舌を突き出した。
目をぎゅっと瞑ってるから京一くんの反応は分からない。
恥ずかしくて顔から火が出そう。
大丈夫かな、可愛く出来てるかな?
何だか頭がくらくらしてきた。これ以上やったら恥ずかしすぎて死んじゃうかもしれない、とちょっと本気で思ったりして。
「あ・・・」
・・・もう無理!
京一くんが何か言いかけたけど、そのまま逃げるようにドアを閉めた。
視界の端に一瞬だけ捉えた少し赤い顔が、気のせいでなければいいと思った。
▲▲▲
オレだって、いつもうまくやれるわけじゃない。
ユカちゃんが好きだって気持ちは強くなるばかりで、全然収まってくれなかった。
多分、小四の頃だったかな。とうとう言っちまったんだ、「好きだ」って。
ユカちゃんは真っ赤になって、それがすげえ可愛くて。オレは一瞬舞い上がったけど。
次の瞬間、ユカちゃんは少し困ったような顔をしたんだ。
頭から冷水を浴びせられたみたいな、そんな感覚がした。一気に思考が冷静になってさ。
そうだ、ユカちゃんは京一が好きなんだ。だから、オレの気持ちには応えられない。応えるわけにはいかない。そんなこと分かってたはずなのに、困らせた。
ごめん、今の嘘。そう言って誤魔化すべきだと思った。
・・・でも、これは使える、チャンスだって思うオレもいた。
結局、オレは。
「―もう、真っ赤になっちゃってぇ~。ユカちゃんはホントにかわいーなー」
そうだ、このまま押し通せ。オレはこういう人間なんだと思わせろ。
・・・そんな、要らない打算を働かせてさ。
最初の方こそユカちゃんは言うたび真っ赤になってうつむいてたけどさ、辛抱強く言い続けてるうちに少しずつ慣れてきたみたいで、今では顔色ひとつ変えずにありがとう、とだけ言うようになった。
これでいいんだ。・・・これで。自分にそう言い聞かせて。
気持ちを悟られないように、今日もオレは敢えて軽い態度で彼女を口説く。
「おはよーユカちゃん!今日もカワイイね!」
それは、オレだけが知っているひそかな愛の告白。