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第2話「監視者の記憶」

差し出された手を、私はすぐには取れなかった。

「……信じられない。私が、魔王軍の?」

「信じられないのも無理はない。お前自身が、記憶に蓋をしていたんだからな」

ザガンと名乗った男は、当然のことのように言った。金色の瞳が、夕闇の中でも輪郭を失わない。

「蓋を……?」

「三年前、お前は自分の意志でこの任務を選んだ。人間のふりをして勇者パーティに紛れ込み、リュカが”道を外れた”時だけ動く。それ以外は、記憶を封じて完全に人間として生きる――そういう契約だった」

言われてみれば、思い当たることがある。浄化士として王都に現れた日のことを、私はほとんど覚えていない。まるで、その日に生まれたかのように。

「なぜ、そんな面倒な契約を」

「記憶があれば、演技が甘くなる。人間を演じるには、本当に人間にならなければならない」ザガンは肩をすくめた。「お前は優秀すぎた。三年間、誰にも気づかれなかった。フィーネにさえもな」

フィーネの名前を聞いて、胸の奥がちりっと痛んだ。指先の震え。あの表情。

「フィーネは……知っているんですか、私の正体を」

「知らないだろうな。だが、あの女がお前を陥れた理由は別にある」

「別の理由?」

「聖女の座は、本来お前のものだったかもしれない、ということだ」

ザガンの言葉に、私は言葉を失った。

「浄化の力は、本物の聖女にしか宿らない。フィーネの”聖女”の称号は、教会が政治的に与えたものにすぎない。だが、お前が本気で浄化魔法を使えば……」

「フィーネの偽りが、バレる」

「そういうことだ」

風が吹き、私の白かった髪が――いつからか、闇のような黒に変わり始めていることに、私は気づいた。

「これ、は」

「封印が解けている。記憶を取り戻したからな。もう戻れないぞ、セレス。……いや」

ザガンは、初めて名前を呼び直すように、私を見た。

「お前の本当の名は、シェアラ。魔王軍・監視部隊の統括者だ」

シェアラ。その名前を聞いた瞬間、涙が溢れた。悲しみではなく、懐かしさで。

「一つだけ、聞かせてください」

「なんだ」

「私を追放した後、リュカたちは……このまま”勇者”を続けさせて、いいんですか?」

ザガンは、初めて意味深に笑った。

「それを決めるのは、俺じゃない。お前だ、シェアラ。監視をやめて牙を剥くも、このまま静かに消えるも」

私は、涙を拭って立ち上がった。心のどこかで、答えはもう決まっていた。

「私は――」

その時、遠く王都の方角から、鐘の音が鳴り響いた。緊急を告げる、不吉な音。

「……何かあったようだな」ザガンが目を細める。

私とザガンは、同時に王都の方を振り返った。空に、見覚えのある赤黒い光が渦巻いている。

あれは、フィーネの魔力の色だ。

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