この日から
およそ200年前、現在のカルハイト王国南東部、ジェラルド辺境伯家の領地。
そこにある小さな村は、朝から騒然としていた。
「巨大な猪の魔物が現れたぞ~っ!」
「魔物なんてしばらく出てなかったのに!」
「早く逃げてー!」
村の端にある畑を踏み荒らしながら、身長3メートル程の巨大な茶色の魔物が、村の中心部へ向かって疾走している。
その魔物の進行方向に人影が見える。
「子どもが、子どもが畑にいるぞ!!?」
「もしかしてウィルくん!? どうして逃げないの?! あのままだと潰されてしまうわ!」
村人たちは悲痛な声を上げ、遠くからそれを見守ることしかできなかった。
その子ども――ウィルフレッドは、小さな手に農業用の大鎌を握りしめ、自分の何倍も大きな魔物を睨みつける。
「……ぼくが村のみんなを守る!」
無謀なのか勇敢なのか、小さな体にたくさんの命を背負った彼。
助走を付けて飛び上がり、魔物の右脚を目掛け、両手で大鎌を振り下ろす。
魔物の皮膚が裂け、血しぶきが上がる。魔物はグォォオオと咆哮をあげて、その場に蹲った。
「はぁあ!」
ウィルフレッドは、間髪入れずに魔物の目を大鎌で狙い、視界を塞いだ。
魔物はしばらくもがくように暴れていたが、そのうち、動きが止まる。
「……やっつけた?」
最初の攻撃が効いたようで、魔物は気絶している。
その様子を見守っていた村人たちは、歓声を上げて喜び合う。
「村の英雄だ!」
「よくやったな!」
「ヒヤヒヤしたわ……」
その中から素朴な服を着た2人の夫婦が、彼の元へ駆け寄る。
「「ウィル!」」
「おとうさん、おかあさん!」
ウィルフレッドもそれに気づくと、彼らの元へ走り出す。
「無事でよかったわ!」
「あぁ、本当によかった。」
母は涙ぐみ、父はウィルフレッドの頭をがしがしと撫でる。
そうして誰からともなく、ぎゅっと抱き合う。
そんな家族を村人たちは遠くから見守っていた。
その後、森から逃げ出した魔物を追って、騎士団の者が数人村へやってきた。
彼らは、ことの次第を聞くと、村人たちに謝り、少年に感謝の思いを伝えた。
なんでも、その日は大規模な魔物討伐があり、村の兵士は皆、近くの森に駆り出されていたらしい。
森から少し離れたところにあるその村には、ここ十数年魔物が現れたことはなかった。
そのため、できるだけ人手が欲しいとの事で、討伐の方が優先されてしまったのだ。
「恐らく討伐が行われていると気づいた魔物が、縄張りから逃げ出したのだろう。こちら側の配慮が足りていなかった。本当に申し訳ない。」
そう言って謝るのは、騎士団の雇用主でありこの領地の保持者、セオドリク・ジェラルドだ。
後にウィルフレッドも彼の持つ騎士団に所属する。
「本当ですよ、ウィルが居なかったら死人が出てもおかしくなかったんですから。」
居合わせた村人がそう言った。
「……彼には感謝しなければな。確か、あれがウィルフレッドくんだよね?」
「そうだよ!」
近くにいたウィルフレッドは、元気に声を上げ、セオドリクの近くへ来る。
「なんで知ってるの?」
「私はこの領地を管理しているからね。人の名前くらい覚えているよ。」
「すごいね!」
意味ありげに微笑むセオドリクを、ウィルフレッドは、目をきらきらさせて見つめる。
「君の方がすごいよ。村のみんなのために戦ったんだから。」
「えへへ、家族やみんなに恩返ししたかったから!」
「あぁ、なるほど……。」
ウィルフレッドはこの村にある村長の家の前に捨てられていた。そのまだ1歳にも満たない彼を引き取ったのが、農家の夫婦だった。
つまり、彼ははさっきの母と父の元で育ったが、彼らは本当の生みの親ではないのだ。
「よければ。私の騎士団に入ってくれないか? 君みたいな強い者は、人を救うのに役立つべきだ。」
「そうかな」
「仕事をこなしてくれれば、その分給料を与える。君は才能があるからすぐに農家なんかより稼げるようになるよ。」
ウィルフレッドは意味がよくわからなかったが、お得な話だと受け取る。
「……おかあさんとおとうさんに聞いてみるね」
「あぁ。心が決まったら領主館へ来るといいよ。もちろん、返事は急がない。」
「うん、わかった!」
◇◇◇
「これで、全部上手くいくな。」
あれから2日後の真夜中、領主館の一室でセオドリクは呟く。
部屋には彼の他に誰もいない。
その日、彼はウィルフレッドから騎士になりたい、と伝えられた。
両親は、ウィルフレッドの身を案じながらも、彼の意思を尊重してくれたのだ。
彼は机の上にある一冊の本をペラペラとめくる。
「彼さえ手に入れてしまえば、こちらのものだ」
彼はその本――王族の機密文書のとあるページを開く。
現在までの家系図が正確に書かれているページだ。
現在の王の下には、第一王子、第二王子、そして、
ウィルフレッドの名があった。
隠し子まで家系図に書くなんて!




