閑話 甘いもの
アリーチェ奪還から一週間後くらいの話です
「おいしそうなスコーン! 全部食べていいの……?!」
「あぁ。好きなだけ食べろ」
「ありがとうお兄様……! いただきます!」
ある日の昼下がり。街のとあるカフェで、アリーチェはアフタヌーンティーを楽しんでいた。
ノアも隣に座っているが、彼はアリーチェが食べたり飲んだりする様子をじっと見守るだけだ。
アリーチェは、ほっぺを膨らませながら満面の笑みでスコーンを頬張る。公爵令嬢としてはどうかと思うが、今はお忍びとして普通の客席で食事を楽しんでいるだけだ。多少は許される。
「おいしそうに食べるな。」
「はい! スコーンは食べ物の中で1番好きですから。お母様と一緒に作った、思い出の味です」
「そうなのか」
アリーチェは母と森に住んでいた頃、母と一緒にスコーンを焼いて食べていた。
庭で採れたブルーベリーを入れたものが、彼女の一番のお気に入りだ。
家中に広がる甘い香り、焼き上がるのをかまどの前でじっと待つ時間。アリーチェは食べることと同じくらい大好きだった。
「今度、ノア様にも作りますね!」
「楽しみにしている。」
「ほんとに、ここは紅茶も絶品ですよねぇ。当主様、飲まないと冷めてしまいますよ。」
ノアがアリーチェと会話を楽しんでいるところを、明らかに邪魔するように割り込んできた人物。
公爵家の執事であるフィンも2人と同席していたのだ。
ノアはジト目でフィンの方を見るが、フィンは気づかない顔をして言う。
「今日は当主様の執務が午前中に終わってよかったですね! ここはおいしいと評判なので1回来てみたかったんですよ」
「そうですね! こんなにおいしいお店があるなんて知りませんでした!」
「はい! 本当にたまたま午後出かけられて良かったですね!」
「……」
ノアは、今日もいつも通り山積みの書類を抱えていた。
だが、少し前にアリーチェがお菓子好きだと知ったノアは、街にある人気のカフェに2人で行こうと思って必死に仕事を終わらせたのだ。そう、2人で行こうと思って。
ノアが公爵家当主最大限の力で仕事を終わらせ、アリーチェに声をかけた時、なんと彼に着いてきていたフィンも一緒に行きたいなどと言い出したのだ。
もちろんアリーチェは「ぜひ、一緒に行きましょう!」と賛同したため、ノアは、ちゃっかりした三十路執事を連れていく羽目になった。
(こいつ、いつかクビにしてやる)
ノアはそう思わずにはいられなかった。
「お兄様、食べないのですか?」
「ん〜、甘いものは見ているだけで十分というか。」
「うーん、おいしいので食べて欲しいのですが……そうだ!」
そう言うとアリーチェは、スコーンを自分のフォークで1口大に切り、フォークに刺したそれをノアに差し出す。
「ノア様! ブルーベリー味はわたしのお気に入りなんです。酸味もあって食べやすいと思いますよ! 一口だけでもお試しください」
ノアは停止する。
この状況、どこからどう見てもいわゆる『あーん』である。
「……ちょっと心の準備が」
「スコーンを食べるのにそんなの必要ないですよ」
「違、そういうことじゃ……むぐっ」
アリーチェに無理やりスコーンを押し込まれたノア。
彼は真っ赤になりながら、やっとの思いで飲み込む。
「どうですか?! おいしいですか?」
「……甘いな」
「あーんにしては甘さがなかったと思いますが」
「お前黙ってろ」
フィンの言葉にぷいとそっぽを向いてしまったノアを、アリーチェとフィンは顔を見合せ、微笑ましそうに見守った。
◇◇◇
甘いスコーンたちをたっぷり堪能したあと、一行はブティックを訪れていた。
「かわいい服がいっぱい……!」
「アリーチェは最近身長が伸びてたからな。いくつか買っていこう」
「えっ! いくつか!? わかりました、頑張って選びますね」
アリーチェはそう意気込んで店の奥へ入っていった。
「当主様」
「フィン。なんだ、改まって」
2人きりになったところで、フィンが切り出した。
「……当主様は、アリーチェ様をどうお思いですか。」
「は?」
ノアはフィンを睨み付ける。その頬は少し赤くなっているように見える。
「好きなのですか」
「……家族だからな」
真剣な様子で聞くフィンに対し、ノアは視線を泳がせながら答える。
フィンは、はぐらかすノアに呆れた視線を送りながら続ける。
「……家族は一緒に食事を取るときに、自分は何も食べず、家族が食べるのをずっと眺めていますか?」
「私に聞くな」
「いくらシスコンだからといって、彼女がリアム殿下の所へお嫁に行くのに反対しないでくださいね。」
「シス……はっきり言ったな!」
ノアは、声をひそめながらも無礼な執事を怒鳴りつける。
「事実ですよ。」
「……あいつは、アリーチェを危険に晒したんだぞ? そんなやつに嫁いでいくのを黙って見送れと?」
「将来の話です。何があるかわかりませんから。」
怒るノアに対して、フィンは彼の目を真っ直ぐ見つめ、冷静に言った。
「……」
フィンの視線に押され、ノアは渋々といった感じて言葉を紡ぐ。
「……妹を幸せにできるならな。」
「…………」
しばらく沈黙が続いたところで、ぱたぱたと駆けてくる足音が聞こえてきた。
2人が音のする方を見ると、さっきと違う服を着たアリーチェがいる。
淡いブルーを基調としたドレスで、アリーチェが動く度に、布の端の白いレースがひらひらと揺れている。
「お兄様! この服、どうでしょうか? 試着させていただいたのですが」
そう言って、くるりと回ってみせるアリーチェ。
「とても似合っている。ワンポイントに髪と似たサーモンピンクが使われているのがいいな。」
「ほ、本当ですか?!!」
「嘘などつかない。」
先程よりも少しだけ声のトーンが高いノアを見て、フィンはため息をついた。
(いつか彼女が真っ白なドレスを着た時、隣に並ぶのが誰であっても同じように褒めてあげてくださいよ。)
そんなことを考えながら、フィンは2人の様子を離れた場所から眺めていた。




