第32話 考察
今回はほぼ会話のみです。
俺は再びマシューのもとに向かう。
処刑を勧めてはいたが、ダンジョン、女侯爵、帝国に王太子の件など問題が山積みで、マシューのことなど後回しにされておりいまだ牢獄につながれたままであったのだ。
警備の近衛騎士に声をかけると、すんなりと面会の許可が下りた。
近衛騎士が警備していることが少しに気になっていたので直接聞いてみたところ、もともと王女の依頼での捕縛であり、現在では王太子の件にも絡むので引き続き近衛騎士が担当しているという事だった。
マシューのもとに向かうと鉄格子の向こうに、何をするでもなくただベッドに座り込んでいるマシューがいた。
「おい、ちょっと聞きたいことがある」
俺が声をかけると、初めて来訪に気が付いたかのようにびくっと身体を震わせて俺の方に顔を向ける。
「な、なんじゃ、また小僧か。儂はもう何もしておらん、こうやって処刑を待つだけの日々じゃ。これ以上老人を苛めるのは勘弁してくれ」
「なんだ、こないだのことをまだ根に持ってるのか? 今日は別にお前に何かするつもりはない、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいことだと? もう儂の知っていることは話したと思うが」
「まあそう言うな、聞きたいのは"闇"についてだ。ダンジョンコアと闇についてお前の研究でわかった事を知りたい」
「…話さなければまたこの間の魔法でも使うのだろう、もうこれ以上痛めつけられるのはこの老体には応えるからな。
仕方ない、話してやろう。それで"魔王の眼”"のことか、それで何が知りたいんじゃ?」
「ダンジョンコア、"魔王の眼"に長く触れたものは“闇の種子”というスキルを植え付けられるのはわかっている。聞きたいのはまずは”闇の種子”というスキルの内容だ、具体的にどんなことが出来てどんな影響があるのかが知りたい」
「ふん、もう今更隠し事をしても仕方あるまい。それに儂の研究が儂の死とともに消えるのも癪だからな。
まずは“闇の種子”じゃが、特に何かできるというものでは無い。単に”闇”に選ばれた者に付けられた印のようなもんじゃ。つまりこのスキルだけでは何かできるというわけではない」
「だが、前回お前は”闇の息吹”とかいう妙な魔法を使ったよな?」
「儂の“闇の種子”はすでに種ではない、成長し“闇の眷属”として生まれ変わっておるのだ」
「スキルが成長するのか? 何もできないスキルがどうやったら成長するんだ?」
「ふふ、相変わらず鋭いのぉ。成長の理由は儂にもわからん、最初に小僧が来た後ぐらいだな眼が覚めるとスキルが成長しておった。そしてとんでもないことが起きていたのだよ」
「じらすな、さっさと教えろよ」
「年寄りの話は長いもんじゃ、焦らず我慢して聞いておれ。それでじゃ、何が起きたのか儂はステータスを確認してみて驚愕したもんじゃ。
スキルの名前が変わったのはいい、目覚めたときに違和感があったぐらいじゃからの、なにもない方が不自然じゃ。じゃが、それどころではない変化がステータスに起きていたのじゃ」
「ひょっとして、種族が変わっていたのか?」
「なっ!なぜそれを…、やはり“大賢者”は油断ならぬな。まあ、小僧の言う通りじゃ。種族が魔族に変わっておった、今の儂は人間ではなく魔族という事じゃ」
「なるほど…、”闇”と魔族がそうつながるわけか…。魔族になれば魔力が周りになくても魔法が使えるのか?」
「本当に嫌な小僧じゃの、老人の楽しみを奪うもんではないぞ。もうちょっと盛り上げてから伝えようと思っていたのに、仕方ない奴じゃ。
だが、それも小僧の言う通りじゃな。魔族となったこの身体は魔力に満ちておる、つまり周囲の魔力なぞなくとも魔法を行使できるという事じゃ」
「やはりな…、そうでないとつじつまが合わないからな」
「どういうことじゃ? 儂の知らん間に何かあったのか?」
「ああ、ダンジョン周囲の魔力が薄まっている場所で強力な魔法を使った奴らが居たんだ。そいつらをたどるとダンジョンコアが絡んでいるようだったんでな」
「そういうことか、確かに魔族であればダンジョンのそばでも変わりなく魔法は使えるじゃろうな。しかし王国内に魔族じゃと、一体どこの馬鹿が引き入れた?」
「オズボーン女侯爵って知ってるか?」
「ああ、碌でもないと噂になっているのは聞いたことがある。その身辺に優秀な魔導士を集めているらしいとも聞いたことがあるな」
「そいつがダンジョンからコアを奪いながらも破壊せずにダンジョンを放置しているんだ。そしてコアは女侯爵のもとにあるらしい」
「つまり、オズボーンの奴が“魔王の眼”を使って魔族を生み出しているという事か…」
「おそらくな、その理由までは今のところ不明だがな。そもそもどうやってダンジョンコアのそんな力に気が付いたのか、その使い方を知ったのかが問題だと思っている。そんな情報が洩れたらこの世界は混乱を極めることになるんだからな」
「確かにな…、長年研究していた儂ですらそんな力は知らなかったのじゃからな」
「そもそもだが、ダンジョンコアとは何なんだ?」
「”魔王の眼”と呼ばれ、ダンジョンを生成するだけの魔力とその運用能力を持つ魔道具じゃな。じゃが、どうやらそれだけではないという事か…」
「ああ、今説明された能力はあくまでも本来の目的ではなく、その経緯に必要な力だろう。それにダンジョンコアはダンジョン生成後に生まれるもので、コアからダンジョンが生まれるという確証はなかったはずだ」
「ふむ…、つまり小僧はダンジョンは“魔王の眼”を生成する目的で作られたといっておるのか? そして”魔王の眼”を使って何かするのが真の目的じゃということか」
「そう考えると、全てがすんなりとつながるだろ? 突然現れるダンジョン、周囲の魔力を集め生成されるコア、そしてそのコアから魔族が生まれる…」
「なんという事じゃ…、儂がこれまで行ってきた研究は意味がなかったという事なんじゃな…」
「まあ、コアの活用方法としてという観点なら、それなりに意味はあったのかもしれないがな。ただそれは本質ではなかったという事だろうな」
「儂の長年の研究が無駄なものとは…、さすがに応えるの…」
「それでもこうやって真実に近づけたんだ、全てが無駄というわけではないだろ? それにもう一つ気になることがあるんだ、ダンジョンコアの色についてだ」
「ふむ、”魔王の眼”の色についてはそれなりに研究は進んでおる。一言で言うと属性の影響じゃな、どの色がどの属性化はサンプルが少なく特定には至っておらんが、間違いはないはずじゃ」
「属性か…、だがそれだとコアから作られる魔族にどう関連する? 得意属性が変わるのか?」
「なるほど…その視点で検討したことはなかったのう。儂自身がどの“魔王の眼”によって魔族になったのかも不明じゃが、少なくとも魔法属性が変わったとは思えん」
「たまたま属性が一致したという可能性もゼロではないだろうが、そうなるとコアの属性は何を意味するんだ?」
「わからぬな…しかし、何かあるのは間違いないじゃろうな。それにこのような事をする目的も不明なままじゃ、そもそも誰が、なぜ、どうやってダンジョンを作ったという事もな」
「そういう事だ、まだまだ謎は残っている。しかし俺はここに魔王が絡むと考えている、過去の伝承でも魔王の実態は確認されていない。だがこの謎のどこかに魔王がいると考えているんだ」
「ほう、なかなか興味深いな…、よかろう儂もここですることもなく過ごすのみじゃ。小僧の言う謎について考えてみようではないか」
「そういや、前回と違ってえらく協力的だが、何かあったのか?」
「…今頃それを聞くのか…。まあいい、儂はそもそも研究により大きな力を得ることが目的じゃった、そのため危険とされていた“魔王の眼”や王太子の取り込みなどを行っておったのじゃ。
じゃがな、こうやって捕らえられた今となってはもはやそれも叶わぬ夢じゃ。しかも小僧、おぬしがおる限り儂が表の世界に戻れることはあるまい。それほどこないだの魔法は儂の心ごと折ってしまったのじゃよ」
「なるほどな、夢破れ、復帰の道もたたれ、決して敵わぬ相手が現れた上にこないだの魔法が効きすぎたってことか…、それじゃあ仕方ないかもな」
「相変わらず老人に優しくないやつじゃ、その様にはっきり言うことはないじゃろうが、その敵わぬ相手の小僧から言われると傷つくのじゃぞ」
「悪い悪い、そういや忘れてた。王太子に“闇の種子”が現れている、対処方法はないか?」
「やはり現れておったか、あれには儂の傀儡にするために思考能力低下と常用性のある薬を与えておった。その薬に“魔王の眼”からの抽出物も利用しておったからな。半分は実験も兼ねておったんじゃ、当然解毒方法もない」
「…王太子相手に人体実験かよ、呆れ果てたもんだな。失敗したらどうするつもりだったんだ? そんな得体の知れんものを与えたら、最悪死んでいたかもしれないんだろ?」
「ふん、その時はその時じゃ。そもそも儂が王太子に初めて引き合わされたときには、母親の死によって心が壊れた人形のような状態じゃった。多少の荒療治では無理だったんでこのような手段を取るしかなかったんじゃ。
だがおかげで多少抜けたところがあっても、元通りに暮らせるようにはなったじゃろうが。儂が手を下さなければ王太子はあのままか、下手をすれば死んでおったぞ」
「まあ、正直なところ俺には関係がないからどうでもいいんだが、王女が心を痛めているからな。治せるものなら何とかしたいが、無理なら仕方がないな」
「ふむ、その冷静な割り切り方は研究者として好感が持てるな」
「ふん、爺さんに好かれてもな。まあ色々と参考になった、ありがとな」
「儂もここでの暇つぶしが貰えたんじゃ、そこはお互いさまという事で良かろう」
「ああそうだな、それじゃあまた顔を出す。それまで勝手に死ぬなよ」
「ふふふ、儂も年だからな。何時お迎えが来るかまでは保証できんわ」
そうやって俺はなぜかマシューと友好的な関係となり牢獄を離れた。
警備の近衛騎士には、処刑をしばらく待って欲しいと俺が言っていたと伝えてもらうよう頼んでおいた。入る前は早く処刑しろと言っていたのに、180度変わった俺の言葉に驚いていたが伝言は了承してもらった。
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以前宰相に意見を言いに行ったが体よく追い払われたデリク・ボイト子爵は、突然の来訪者に混乱していた。
デリクは貴族派に属し、今回の召喚された勇者たちを支配下に置き、更なる権力を握ろうと夢見ているような男だ。
一言で言うなら、権力欲だけは人並み以上の無能貴族のひとりであるが、本人は自身に才覚があると信じ込んでいる。
そして突然の来訪者とは、軍部のナンバー2であるクレランスであった。
貴族派と軍部、水と油とまではいわないがお互い協力することもなくそれぞれが権力を握るためにしのぎを削りあう同士である。
そんな中、実質的に軍部を掌握しているといわれるクレランスが訪ねてきたのだ、警戒するなという方が無理な話である。
そもそもクレランスと親しいわけでもなく、大人数で集まる際に顔を合わせた程度の仲である。
それが供も連れずに訪ねてきたのだ、デリクが疑心暗鬼になるのも仕方がない。
とはいえ、相手は軍部のナンバー2。子爵でしかないダリクに追い返すという選択はなった。
王宮の敷地内にある貴族用の居室をあてがわれ、ダンジョンが発生してからというもの領地を離れここで暮らしているデリクは仕方なくクレランスを応接室に通させる。
(一体何の用なんだ? 軍部に何か言われるような覚えはない、ダンジョンへの派兵に掛かった金の件ならわざわざクレランスが来ることは無いだろうし…)
相手の用件に想像が付かず、しかも自分よりも大きな力を持った者の突然の来訪にデリクは落ち着かない気持ちを抑えて応接室に入る。
「クレランス殿、突然の来訪、しかも供もつれずとはいったい何の用でしょう?」
「まあそう慌てずとも、お茶でも楽しみながらゆっくりご説明しますよ」
どちらがここの主人かわからない会話が交わされながら、両者がソファーに対面で座る。
しかしクレランスはなかなか口を開かず、自身が言った通り出された紅茶を楽しんでいるようだった。
先にしびれを切らしたのは当然デリクであった。
「すまないが、そんなにのんびりはしていられる時間がないのだ。先に用件をすませてくれないか」
「ふふ、そうですね。しかしデリク殿がそのようにお忙しいとは知らなかった。ダンジョンが攻略された今でも王宮に残り領地にお戻りの様子もないので時間を持て余されているかと思っておりましたのでね」
クレランスの言う通り、実際のところデリクは何もしていなかった。
本来であればダンジョンによって混乱した領地に戻り立て直しを図るべきところなのだが、帝国やオズボーン女侯爵、勇者に王太子の件と様々な問題を抱える現在、ひとり王宮を離れてうまい話に乗り遅れることを恐れ意味もなく王宮に居続けているのだ。
デリク自身になんの展望も策もなく、他人の動きにうまく乗ってお零れにあずかろうとしているだけなのだが、本人にその自覚はない。
「こう見えても、それなりにやることはあるのだ。そのように思われるのは心外である」
「ふふ、それは失礼。ではさっそく要件を伝えましょうか。現在軍部が帝国向けに軍事演習を行おうとしているのはご存知でしょう?」
「ええ、帝国の使者とやらが王国になめた条件を突き付けた対応という事でしたな」
「そのとおり、しかしたかが演習だけで果たして帝国があきらめるとお思いですか?」
「たしかに、王国の軍備が復旧しただけですから依然変わりはないでしょうな」
「しかし帝国でもダンジョンが発生したという情報があります。つまりそこに付け込む隙があると考えているのですよ」
「どういうことですかな? ダンジョンで混乱したところに攻撃を仕掛けるとでも?」
「いえいえ、そこまでしては開戦は避けられないことになりますから。そうではなくダンジョン攻略に協力するという事で帝国に軍を侵攻させるのですよ」
「それは同じことでは? 軍が帝国内に入るという事は開戦を意味するでしょう」
「ですから、ダンジョン攻略を王国軍で行うといって帝国に入るのです」
「それではダンジョン攻略を王国軍が実施すると。しかしそれでは王国軍だけが消耗し、帝国は何もせずにダンジョンがひとつ消えるメリットしかないのでは?」
「もちろん普通に攻略すればそうなりますな」
「一体何を考えておられる?」
「思い出してください、オズボーン女侯爵がどうしたかを」
「…ダンジョンコアを破壊せずに持ち帰るという事ですか!」
「そのとおり、ダンジョンコアが破壊されない限りダンジョンは残り続けるのは、今回のオズボーン女侯爵の動きで実証済み。それをそのまま帝国に仕掛けるのです」
「つまり、帝国のダンジョンは残り続け、しかもその対応は王国次第ということになると」
「ええ、そのとおり。ダンジョンは放置すればするほどその脅威度は増していきます。そして決して攻略できないダンジョンが帝国内にできるということの意味を考えてみてください」
「…帝国はそのダンジョンにかかりきりにならざるを得ないでしょうな。放置すればダンジョンが拡大し続け魔族領のようになるのですから」
「いかがです? 私は立場的にその様な戦略を提案できないのです、王を含めた会議へはグレアムどのが参加することになっていますから」
「つまり、私にその案を王の前で披露しろという事ですな」
「上手くいったときの功績はすべてデリク殿のもの、私は帝国の脅威がなくなればずいぶん楽が出来るようになりますからな」
「本当にそれだけですかな?」
「他に何があるといわれる? それにデリク殿が断るのであればこの話を他の方の所に持っていくだけです」
「…わかった、その話に載ろう。確かに帝国に対して効果的なのは間違いないからな」
「では、よろしくお願いしますよ」
そう言ってクレランスはデリクの居室から出ていく。
そして、クレランスの話をもう自分の考えのように感じ始めているデリクは、この件が上手くいけば陞爵もありうるとその顔をにやけてさせていたのだった。
(やはり馬鹿がいると助かるな、勇者の小僧よりも遥かに扱いやすい。)
その頃クレランスもその顔に笑みを浮かべていた、その笑みの意味する内容はデリクとは大きく異なるものではあったが…
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