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第1話 プロローグ

勇者召喚前のお話

「わかった、勇者召喚を認めよう」

謁見の間に大きく王の声が響き渡る。


ここはブロンシュ王国の王都の中心にそびえる王宮の奥、謁見の間。

大きく複雑な意匠を施された豪華な扉の両脇には式典用の豪華な鎧をまとった近衛兵が立ち、

その扉の正面から真っ直ぐ数段高いところに設えられたこれも非常に繊細な細工が彫り込まれ、宝石と刺繍で飾られた玉座が置かれ、

玉座までは、緋色の深い艶のある絨毯が謁見されるものを導くように真っ直ぐに敷かれている。


玉座にはブロンシェ国国王リースリング・ド・ブロンシェがその豪華な金髪を後ろでまとめ、

その額には王の印である王環と呼ばれる細い金の環にびっしりと王家の紋章や神への聖句が彫り込まれ、額の中心に当たる箇所に大きな真紅の宝石が埋め込まれたものが輝いている。


向って王の右脇にはこの国の宰相であるサミュエル・ラドフォードが、王の言葉に対する参列者達の反応を見逃すことの無いようにその鋭い目で観察している。

サミュエルは代々続くブロンシェ王国宰相を排出し続けたラドフォード家の現当主である。

ラドフォード家は十数代前の王弟が興したとされる家系で、あらゆる貴族達から距離を置き王家の為にのみ仕えてきた一族である。


参列者は高位貴族と軍幹部、魔法省高官で占められ、事の重大さを皆認識しているのか静かに耳を傾けている。



事の起こりはおよそ1年前、王国領の中にダンジョンが発生したのが最初である。

特に名産もなく、農業が生活の中心であるのどかな村のそばに、ある日ダンジョンの入り口がその姿を現したのだ。

この世界で、ダンジョンは魔王がその力をさらに強めるために発生するとされており、ダンジョンが発生した周辺の魔力は徐々にダンジョンに奪われてしまう。

魔力とは、人々の暮らしに密接したもので村人が使う着火や洗浄の魔法や、高位の魔法使いが使う大規模魔法まで、全ての魔法の発生に不可欠のものである。

この魔力が奪われるということは魔法が使えなくなることと同義で、ダンジョンを放置すればいずれその周辺の生活はままならなくなってしまうことになる。

魔法は人の暮らしから切り離せないもので、魔力が失われた土地には人がすまなくなってしまうのだ。


そのため、この世界ではダンジョンは見つけ次第攻略するものとされており、

ダンジョンのどこか - 多くはその最深部 - にあるとされる魔王の眼、一般的にコアと呼ばれる宝玉を破壊することで攻略されたダンジョンはその姿を消すことになる。


小規模なダンジョンであれば、冒険者と呼ばれる魔物の討伐を主な生業とする職業の者たちで十分に対応できるが、対応に手間取りダンジョンが成長すると軍が出動し対応せざるを得なくなる。

1年前に発生したダンジョンも当初は冒険者だけで対応できると思われていたが、想像よりも大きく現れる魔物も強いということが冒険者たちに広まる頃には既に手遅れとなっていた。

このダンジョンは結局軍が出動することで攻略できたのだが、軍の攻略中に新たに2カ所のダンジョンが発生、その後も発生の頻度が上がり現在12カ所ものダンジョンが王国内に発生している。


通常であれば数年に1か所発生する程度のダンジョンが同時期に12カ所も発生したのだ。

新しいものには冒険者たちに高い報酬を約束することで向かわせてはいるが、未だ攻略できたという知らせはない。


謁見の間では、ダンジョンを自領に持つ貴族、攻略軍を率いる軍幹部、従軍し攻略のサポートをする魔法省の高官が、今後の対応を決めるために集まっていたのである。

王太子であるステファン・ド・ブロンシェも13歳の年少ながらも、この場に参加している。


ダンジョンも発生順に攻略すればいいというものではなく、その成長速度やダンジョン内の構造、発生している魔物の強さなどを考慮する必要があり、

貴族は自領こそ最優先に攻略してほしいために報告を上げたことから、攻略の順番すらすぐには決まらず、それにより時間が無駄に経過しダンジョンの成長を促すことになる。


軍と魔法省は育成に高価な費用が掛かっている部下たちをダンジョン攻略で消耗したくないという思惑があり、それがさらに決定を遅延させていく。


だが、このままでは12カ所ものダンジョン周辺の魔力が奪い去られ、王国の国力が激減するのは目に見えている。


自領こそ最優先でという貴族、可能な限り出動はしたくない軍と魔法省、双方の言い分が噛み合う訳もなく議論もすでに出尽くしていた。

そこに魔法省のマシュー・ベリューという高官の一人が声を上げる。

「もはや勇者を召喚するしか手はないのではないでしょうか、過去にも勇者によって魔王を討伐されたという伝承も残っております」

マシューはローブに覆われた頭部をうつむきがちに話すために、周りから表情は読み取ることはできない。


「なるほど、勇者か…」

軍部のトップである、グレアム・ゴドルフィンが呟く。

勇者がダンジョンを攻略してくれれば、当然軍の消耗はずいぶんと抑えられるはず。

この時点でグレアムは勇者召喚に賛意を示すことをほぼ決めてしまっていた。


貴族達も順番はさておき、勇者による攻略でもとにかくダンジョン攻略が進むのであれば否やはない。

順番については、もめる可能性は高いがこのまま議論だけで時間が過ぎることを考えればはるかにましである。


ステファン王太子は、勇者召喚については聞かされておらず、またあまり頭の出来が良くはなく周りもそういった教育に熱心ではなかったため、

単なるおとぎ話としてしか認識していなかった。

「勇者が実際に召喚できるものなのか?」

そのため、王太子として当然把握しておくべき知識であることにもかかわらず、当人は失言ということにも気づかないまま口に出してしまった。


王太子の言葉に場はざわつくが、サミュエル宰相がすぐに王太子の発言をフォローする。

「王太子の懸念は当然と思います。勇者召喚には相当量の魔力が必要なはず。マシューよ、その魔力をどうやって集めるつもりなのだ?」

召喚の可否ではなく、召喚のための魔力の確保の要否に話をすり替え、マシューに尋ねる。


「それについては、魔法省での研究により可能であると判断いたします」

マシューは相変わらず表情の見えないまま宰相の問いに答える。

だが、逆にその姿を魔法使いとしての神秘性と取るものもおり、誰も注意することはない。


「もう少し具体的な説明が必要だな。その研究の方法で魔力が集まるとしてもその代償については確認しておく必要がある」

「この研究は、すでに大量の魔力を蓄えているものから、その魔力を抽出するというものです

 勇者召喚に必要な魔力を蓄えたものがこの国にひとつだけございますでしょう?」

「まさか、この国の要である守護の宝玉から魔力を奪うというのか!」

「さすが宰相閣下、その通りでございます」

「貴様、あの宝玉の役割を知らぬわけではあるまい」

「もちろん存じ上げておりますよ。ただ、宝玉とこの国難のいずれを取るのかという判断に帰結するだけかと思います」

「くっ、確かに宝玉を守るために国が滅んでは意味がないのは間違いないが…」


この守護の宝玉とは、ブロンシェ王国建国の際に初代国王が神より授かったといわれるもので、王国への魔物の侵入を防ぐといわれているものである。

もちろんすべての魔物の侵入は完全に防ぐ事はできないが、それでもこの宝玉が無ければ王国内は魔物の蔓延る状態になるのは間違いない。

この宝玉を使って勇者を召喚するということは、この宝玉の守りを失うということでもある。


「当然、守護の宝玉は召喚後その力を失うことになるでしょう。ただ勇者がいれば魔物の侵入にも対処できる術が見つかると考えております」

「つまり、召喚した勇者にダンジョンだけでなく、魔物の対応も押し付けるということか」

「押し付けるなどとは人聞きの悪い、召喚した勇者様にご助力を願うということです」

「言い方はいくらでも言いようがある。結局やっていることは同じであろう」

「現状でこの国難を乗り越えるには、勇者召喚以外の方法がございますか、宰相閣下?」

「貴様、無礼であろう!」


「まあまあサミュエル落ち着いて」

自分の不用意な発言からの流れでこうなったとは思ってもいない王太子がサミュエル宰相をなだめるが、逆効果にもほどがあった。

宰相は呆れた目で王太子を見て、これが次代の国王なのかとあきれ返ることで、結果として落ち着くことが出来た。


「他に良い対策が無いのであれば、陛下に判断いただくとする」

サミュエルは国王を見上げ判断を仰ぐ。


「わかった、勇者召喚を認めよう」

謁見の間に大きく王の声が響き渡ったのであった。




王の判断が下ったのだ、その後はマシューを含む魔法省の面々とサミュエル宰相により具体的な対応内容が詰められていく。

貴族たちと軍部は謁見の間を退室し、王太子は退室すべきか判断が付きかねているようで、父である国王の顔をちらちら見ながらうろうろと所在無げにしている。


「ステファン、お前も下がれ」

リースリング国王は、王太子というのに頼りない息子に嘆息しながら退室を促した。


王には子が3人いるが男は王太子のステファンのみであり、ステファンの上にフィアーノ王女、下にアラベラ王女の、女男女の順である。

年齢は16歳、13歳、10歳とちょうど3歳違いである。

リースリングとしては、一番できの良い長女のフィアーノ王女に婿を取り後を継がせたいのだが、男子であるステファンがいる以上それは難しい。

王位を譲るまでにはステファンを何とかしなければというのも、王の悩みの一つである。



御前会議から数日、ついに勇者召喚の準備が整ったとの報告がサミュエル宰相のもとに届き、

魔法省から召喚のための人員、勇者召喚時の立会いにリースリング国王とフィアーノ王女、その護衛として近衛騎士団が召喚の儀に参加することとなった。

国王が参加するのは、勇者は神に選ばれて異世界より召喚されるものとされているため、立場的に王の上位に位置するので国王自らが勇者を迎える必要があるためである。

王太子でなく王女が参加するのは、万一国王の身に何かあった場合の保険として王太子は生き残る必要があるためである。


王女も勇者に国を挙げて敬意を表しているということを示すために参加する。



召喚の儀は、王宮の地下のもともと倉庫であった場所を整理して清めたところで行われる。

部屋の中心に一段高く召喚陣を描くための場所が確保されている。

その陣の周りに魔法省の魔法使いが輪になって魔力を込める事になっている。

そして召喚陣の中央に、守護の宝玉が召喚陣に魔力を提供するべく設置されていた。


「それでは勇者召喚の儀を始めます」

マシューがいつも通りのフードをかぶり、俯き加減に開始を伝える。

「よし、始めるがいい」

王がマシューに応えると、召喚陣の周りの魔法使いたちが一斉に呪文を唱えだす。

地下に用意された部屋は壁に掛けられた無数の蝋燭により、十分な明るさを保っているが、

魔法使いたちの地の底から湧き出るような呪文を唱える声に、フィアーノ王女は畏れおののく。

(なんだか、地の底から悪いものを呼び出しているような気がするわ。気のせいならいいのだけれど)


やがて、守護の宝玉が光り始め召喚陣の模様も浮かび上がるように発光しだす。

魔法使いの唱える呪文も最高潮に達し、もはやどこから声が発せられているかわからないぐらいに部屋中にその声が響き渡る。


そして、召喚陣が一段とその光を強め、部屋中がその輝きに包まれた。

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