4章 クロエの神隠し③
「残る候補地は北上山と橘山」
居間のテーブルに広げられた地図を見ながら透は言った。地図は市内周辺のもので、あちこちに丸と罰点印が付けられている。
「あと一応、市役所もですね。可能性がゼロとは言い切れない」
「確かに、そうね」
イツキの言葉に、透は頷く。タルタロスの調査は特に邪魔が入る事もなく、順調に進んでいた。アーサー一味のについては姫子の方に調査を任せているが、何処かに引き籠ってしまったのか、一向にその痕跡は発見出来なかった。
タルタロスの調査は透とイツキによって行われていた。
「凄く個人的な我儘を言えば、先ずは市役所近辺から当たりたいわ」
山はこれまで意図的に避けていたと言えば、透は否定出来なかった。山は単純に広いので、どの地点が門が開かれる特異点であるかを特定するのは時間がかかると考えられたからである。それならば別の調査のしやすい候補地を調査してしまいたいと今まで街にある候補地を調査してきた。
「私はどちらでも構いませんが、どうします?」
「そうね。じゃあ一旦は市役所近辺を調査してしまいましょう。山はやっぱり少し手間だろうし、それなら、後方の憂いを断ってしまいたい」
「分かりました。では、今度は市役所ですね。その後はどうしますか?」
「比較的規模が小さい橘山、そしてその後北上山と予定中。どうかしら?」
「良いかと思います。特に異論はありません」
「よし、じゃあそれで。市役所は今日中に調べてしまいましょう」
「はい」
透は調査の準備のため、地下室のアトリエへと入っていく。
「ここも整理した方がいいかしら」
散らかっているアトリエを前に改めて透は思った。祖父に限らないが、魔術師というのはシンプルという言葉と縁がない生き物のようで、一般的な魔術師のアトリエというのは散らかっているものだと祖父に聞いた事がある。
しかし、透は常々これに疑問を感じていた。散らかっていると物を無くしてしまうし、目当ての物を探すのも大変だ。第一、思考が落ち着かない。
今は昔と比べて知識が付いた。何が必要で何が必要ないものなのか、加えて、この散らかっている物達の使う頻度なども判別出来るだろう。
「よし」
透は決心した。タルタロスの件が終わったら整理をしよう、と。
アトリエで必要な物を取り出し、居間へと向かう。
「ねえイツキ……あれ?」
イツキは居間にはいなかった。
「イツキ。何処にいるの?」
念話で語りかけた。すると、『外に出てみて下さい』とだけ返答が返ってきた。
透は首を傾げながらも言われた通りに外へと向かう。靴を履き玄関のドアを開けると、庭の中心辺りにイツキが立って空を見上げていた。
「ねえ、どうしたの?」
透の声に、イツキはくいと顔を動かして空を指し示す。訳も分からず、透はその指し示された方向を見上げた。
「別に、何ともないようだけど」
「すみません。あれをやってみて下さい」
そう言ってイツキは自分の目を指し示すと、「そういう事ね」と透は頷く。
「Ecce≪真実を映せ≫」
透は呟いた。そうして現れ出でた光景を目の当たりにして、透は息を呑んだ。
そこにあったのは、宙に浮かび上がった大きな魔法陣であった。
「何、あれ?」
「分かりません。私もさっき気付きましたから」
イツキは淡々と答える。
「でも、こんな街中で堂々とあんな物を展開するなんて、まともな思考をしてると考えない方がよさそうね。って、ちょっと待って、あの方角って」
透はぞくりとした。その方向には、いつも透が行っている場所がある。
「高校の方角ですね。どうします?」
「ちょっと待って」
透は携帯を取り出して電話をかける。しかし、電話は一向にかからなかった。
「姫子女史に、ですか?」
「ええ。でも電池切れか、電波が届かない所だって。待ってても仕方ないから、私達だけで行きましょう。誰だか知らないけど、これ以上この街で好き勝手やらせない」
心臓が嫌に速く鼓動している。透は立ち眩みもするような気分で家から必要そうなものウエストバッグに詰め込み、自転車に跨り、学校の方へと向かった。
よりにもよって、何で! 透は愛用のミニベロを走らせながら誰にともなく激昂する。そして、異変が発生している場所に近付くにつれ、その発生地が学校なのだと嫌でも思い知らされる事になった。
イツキには先に様子を見に行かせていた。そろそろ、何か掴んでいるのではないのかと思ったが、イツキからは連絡は来ない。
学校近くまで来た透は自転車を学校近くの公園に停め、校門へと走る。
「イツキ、聞こえる」
「ええ、すぐ側にいますので」
「え」
透は後ろを振り返り、思い切り後ろに飛び退いた。そこにはいつの間にかイツキが立っていた。
「驚かさないで。びっくりしたじゃない」
「申し訳ありません」
「それより何か分かった」
「あまり、ですね。ただ、人除けの結界が張られてます。が、入る者は拒まず、といった具合で物理的に弾くようなものは何もありませんでした」
「罠、か」
ひょっとすると、またあの金髪の魔術師の仕業なのかもしれない、そう透は推測した。極力目立たないように行動しているかと思ったが、方針を変えて来たのだろうか。
「入りますか? 外から確認した限りは人影はありませんでしたが」
「あまり信用ならないわね、それ。中に入ったら人外魔境、なんてありそう」
「確かに蟻地獄という可能性も否定出来ませんね」
「ま、考えたって仕方ない。入りますかって、勿論入るわ。罠なんて最初から想定出来てた。こっちだって即興だけど、出来る限りの準備はして来たの。だからイツキ、相手の鼻を明かしてやるわよ」
「ええ、無論です。それで、何処から入りますか?」
「正門から。入ったら相手の胃の中も同然だもの。忍び込む事にあまり意味があるように思えない。それに、気付かれてないかもなんて半端な期待して決断が鈍るくらいなら、最初から気付かれてる前提で動いた方がいいわ」
「分かりました。では堂々と正面から参りましょう」
高校の正門から二人は中へと入っていく。正面に入ると見える校庭辺りは微かな霧に包まれていた。
「まあ、思ったよりは普通ね」
透は言った。透が確認した限りでは霧に包まれている以外は特に変わった所はなく、建物が損壊していたり何か奇妙な生き物が徘徊している、などといった事はなかった。
「しかし静かというのも何とも奇妙ですね」
「どういう事?」
「トオル、今の所霧が出ているだけとはいえ、これは異常事態だ。だのに、誰一人として外に出ている者はおろか、窓から外を見ようとする者もいない」
「……イツキ、手分けして探しましょう。先ずは校舎の中」
透は再び自身の内に湧き上がって来た胸騒ぎを抑えながら言った。




