エピローグ
「タクミくんっ!」
キマイラの肉体が解けて光となり、八面体の結晶へと姿を変えた。
その下を全速で駆け抜け、レーナはタクミの胸の中へ飛び込んだ。
「やった! すごい! まさか本当に、あのキマイラを倒しちゃうだなんて!」
「肝心なことを忘れているね?」
「え? なにを?」
「とどめを刺したのは、レーナだってことさ」
「そんなの。だって、タクミくんがいなかったら、ボクなんて……」
「それは、こっちも同じさ。レーナがいなかったら、生きていなかっただろうね」
「じゃ、じゃあ。二人の共同撃破ってことで」
「うん。初めてにしては、上出来だ」
ようやく、タクミが笑顔を浮かべた。
屈託のない。安堵に満ちた、笑顔。
それが、レーナのすぐ側にある。
「うひゃあ!」
それを意識した瞬間、レーナが言葉にならない悲鳴をあげ、突き飛ばすような勢いで距離を取った。実際、突き飛ばした。今この瞬間だけは、タクミの敏捷性を凌駕していたに違いない。
「もう、近い。近いよ、タクミくん!」
「世界は、理不尽に満ちてるね」
昨日は、くっついてもこんなリアクションはしなかったのに。
たった一日で180度異なる対応に変わり、タクミは厭世家へ転向したくなった。嘘だ。タクミほど無駄にポジティブな人間はいないし、だからこそフォルトゥナに選ばれたのだ。
「それはさておき、キマイラが残してくれた可能性とやらを手に入れようじゃないか」
「……うん。でも、どうやって?」
二人そろって、頭上のクリスタルを見つめる。
実に神秘的な光景だが、クリスタルは沈黙するのみ。
「とりあえず、調べてみようか」
いきなり触れるようなことはせず、《万象体系》で確認を――しようとしたところ。
「いきなり光り出したよ!」
「なにがきっかけだったんだろうねぇ?」
まさか注目されたからではないだろうが、キマイラが姿を変えたクリスタルが、真紅の光を放ち始めた。
当初はゆっくりだった明滅が、徐々に速く激しくなり、クリスタル自体が真っ赤に染まる。
次の瞬間。
クリスタルが、大きくふたつに割れた。
「壊れた!?」
レーナが悲鳴をあげるが、元キマイラのクリスタルは一顧だにしない。
再び光へと戻ったクリスタルは、タクミの右手とレーナの胸元へと吸い込まれていった。
同時に、赤い光も消え失せる。
「なかなか見応えのあるアトラクションだったね」
「えー? それで済ますの?」
「事前説明が欲しかったとは、言い添えておこう」
タクミが珍しくレーナに歩み寄ったのは、手首にリングのようなものが浮いているからだろう。
「どうしたの……それ? どうしたのっていうか、確実にさっきのが原因だとは分かっているけどさっ」
「なるほど。僕は、どうやらクラスを手に入れたらしい」
《万象体系》を網膜に展開しつつ、タクミは手首に浮かぶ宝玉のリングをルーレットのように回す。
ヴァンガード
シューター
エクスプローラー
レンジャー
エレメンタラー
サモナー
頂点に位置する宝玉が変化する度、メインクラスの欄に六つのクラスが入れ替わり表示されていった。
「可能性とは、また、上手いこと言ったもんだね」
どうやら、状況に応じて戦い方を変えろと言われているらしい。
世界の破滅がどのように訪れるか分からないのだ。
それを思えば、合理的な能力だと言えた。使いこなせれば、だが。
「これくらい使いこなしてみせろって、挑発されているかのようだね」
「ええ? 誰にケンカ売ってるのさ……」
「しかし、サモナーか……」
メインクラスをサモナーに固定した状態で《万象体系》を展開し、タクミは思考を巡らす。
●固有情報
名前:宮代・巧 年齢:16歳 性別:男
属性:中立・中立
●能力値
筋力 耐久 器用 敏捷
10 4/10 10 22
知力 直感 意思 外界
12(10) 10 18(16) 31
魔力 精髄 信仰 調和
10 10 ― ―
加護
1018
●ブレイヴクラス
なし
●メインクラス
サモナー
・アビリティ
《盟約》 Rank:Basic
――真の名を知り、代償を与え、信頼と契約にて絆を結ぶ。
《魔物知識》 Rank:Basic
――魔物を扱う者は、魔物を識る者也。
・技芸
《瞬間顕現》、《使い魔》
●ソシアルクラス
フォーリナー
・アビリティ
《青き星からの来訪者》 Rank:Immortal
――魔を知らぬ自由なる魂が奇跡をもたらす。
《異世界知識》 Rank:Master
――無垢なる知識と発想は、異界にも通ず。
・技芸
なし
●才覚
《意思による自律》 Rank:Master
――折れず、曲がらず、強靱な、鋼のごとき精神。
《濫読家》 Rank:Expert
――書なくば、人生に意味はなし。
《万象体系》 Rank:Master
――神の視座より、敵を知り、己を知る。
《女神の恩寵》 Rank:Immortal
――女神の慈愛が道を照らす。
《並列思考》 Rank:Immortal
――思考は力。知は鋼。
「死後の鵺の扱いには、いくつかの説がある」
「え? いきなりだね? サモナーはどこへ? というか、死んだ後も、なにかあるの?」
「うん。船で流された鵺の死体を地域の住民が懇ろに弔って塚を建て――」
「いい話だね」
「――後に、それを掘り返したり、取り壊そうとしたら祟りが起きたとか」
「駄目な話だった!」
相変わらず、レーナはいいリアクションを返してくれる。
話し手としては、実に得がたい存在だった。
「その他にひとつ、死後、鵺を退治した武人の馬に生まれ変わったという説があるんだ」
「それは、素敵な説だね……って、そうか。召喚術の契約対象に、キマイラを選べるかもだ!」
「うん。まあ、馬に生まれ変わった鵺は、その武人のライバルに召し上げられ、その遺恨もあって敵対し、最後には死んでしまうんだけどね。こうして、見事鵺は復讐を果たしたのさ」
「タクミくんの世界には、いい話に台無しのオチを付けなきゃいけない決まりがあるの!?」
「世界全体かはともかく、特定の地方や界隈にはあるかもしれないねぇ」
「地獄だ……」
栄枯盛衰。絶頂を極めたからには没落せねばならない。
それが、英雄譚の原理原則ではある。
それはさておき。
「僕の場合、クラスは自分の意思で変えられるようだし、キマイラとの契約が外れでも損害は軽微だしね」
「それ、本人に聞かれたら大変なことになる上、台無しだけど……」
一拍おいて、レーナは優しく柔らかく微笑んだ。
「なんて言うか、タクミくんはそれでいいと思うよ。うん。このボクが言うんだから、間違いないよ」
「なんか、唐突にディスられてるんだけど?」
「ボクだけは、最後までタクミくんの側にいるからね」
「さすが、英雄の介添人だ。頼もしいよ」
「任せてよ」
どんっと胸を叩いて、同時に大きな胸も揺れて、レーナは得意げに耳をピンと立てた。
「じゃあ、頼もしいパートナーに早速教えてもらいたいんだけど」
「なんでも聞いてよ!」
「円環の勇者になりたいんだけど、どうすればいいかな?」
「え? タクミくんが?」
「他に誰がいるんだい?」
「そうだけどさ……」
央国アル=リアネスで年に一度開かれる円環会議。
人類最後の砦である六王国から選抜された、勇者たちが集う場。そこに出席する資格は、六名の円環の勇者にのみ与えられる。
それぞれの国王ですら出席は、許されないのだ。
世界は、竜魔、邪霊、妖鬼ら悪の勢力の脅威にさらされており、それに対抗する勇者候補生の育成は国家の一大事だった。
ゆえに、その育成システムは確立されており、レーナが属するアークライト王国でも、勇者を輩出する専門教育機関が存在していた。
つまり、タクミの問いへの回答はこうなる。
主席になって今代の勇者への挑戦権を掴み、勝利すればなれるよ――と。
「……タクミくん、学校に通えるの?」
「もちろんだとも。座学に関しては、かなり優秀だよ?」
「うん。そっか。そうだね……」
レーナはもう、タクミの話を聞いていなかった。
絶対に、間違いなく面倒ごとになる。
確定的に明らかな未来に思いを馳せる。
「うう。不安だ……。フォローすると言った側からなんだけど……」
「それは、世界の存続と天秤にかけられるようなことかな?」
「明日世界が滅びるとしても、乙女の悩みは消えないんだよ!」
それはまさに、タクミですら反論が思い浮かばない至言だった。
これにて、序章終了。次は学園編の予定です。
再開まで、しばらくお待ちください。




