第十二話 神話・再演(後)
「『異なる世界の同一存在は、同じ手段で殺しうるのか』。これこそ、この三日を費やして僕が追い求めた命題だ」
「……そうかよ」
ファウヌスやアリヤが反応する前に、レオが不機嫌そうに顔を歪めた。
タクミが火山――自然の猛威の象徴と表現した炎を口から目から鼻から吹き出し……それが唐突に止んだ。
「なら、異世界人も焼け死ぬのか、オレが実験してやるぜッッ!」
レオが獅子の顎を開き、火炎弾を発射した。
第七撃。
予期していた――というよりは、タクミが撃たせたようなものだ。
充分な余裕を持って、その人間離れしたスピードで左にかわす。
熱は感じるが、実害はない。
それほどの距離を保って火炎弾が壁に着弾。盛大に炎と瓦礫をまき散らす。
「いやいや、僕が焼け死ぬかどうかなんて、実験するまでもないよ」
レーナが巻き込まれていないことを確認しつつ、タクミはさらに足を動かす。
レオ相手では、いくら話しても挑発にしかならない。ファウヌスがいるキマイラの中心へ移動し、議論の形を作りたい。
――けれど、その思惑とは裏腹に、タクミは足を取られてしまった。
「なっ」
如何なる運命のいたずらか。
移動を続けたタクミの足下に、サッカーボール大の岩が飛んできたのだ。
かわせない。
壊せない。
どうしようもない。
盛大に足を取られ、うつぶせに地面へダイブした。
やらかした。
生死を分ける不運。
第八撃。
その隙を見逃さず、アリヤが大きく口を開いて牙をむく。
しかし、その鎌首を動かすことなく、透明な毒液をその場で噴射した。
広範囲に噴射された毒液をかわすことは、人外のスピードを手に入れたタクミにも不可能。
できるのは、なんとか体を起こし。
そして、コンビニエンスバッグの口を向けることだけ。
そのまま、毒液がタクミへと降り注ぐかと思われた刹那。
「……本当に上手くいくとは思わなかったよ」
珍しく。本当に余裕のないタクミの声が、キマイラの住処に響き渡った。
透明な毒液は、吸い込まれるようにしてコンビニエンスバッグへと消えていった。
「便利ねぇ、それ」
「コンビニエンスだって、みんな、そう言うよ」
キマイラに挑み散っていった勇者の武具を、一瞬でその内部に収めたコンビニエンスバッグ。
だから、毒液も大丈夫とは結果が出るまで確信が持てなかった。
自らに降りかかるはずだった毒液をコンビニエンスバッグで吸収したタクミは、思わず安堵のため息を吐いた。
「西遊記を読み聞かせてくれた、親に感謝だね」
タクミの周囲は地面が溶け、まるで火口のような環境が出現していた。
まともに食らっていたら、骨すら残っていなかったに違いない。
「ンフフ。じゃあ、アタシもアンタの親に感謝だわ」
攻撃を防がれた悔しさなど微塵も見せず。いや、実際に悔しさなどないようだ。ただの魔法のバッグと思っていたマジックアイテムに攻撃を防がれたことを、アリヤはむしろ面白がっていた。
「そうしてくれると、うちの両親も天国で喜んでくれると思うよ」
「そうね。生きてるうちに喜ばすといいわ。アンタは天国には行けなさそうだものね」
「まったくだ」
当たり前のように肯定しつつ、立ち上がるタクミ。そのまま、雨上がりの散歩をするかのような気安さで、毒液に犯された一帯から移動する。
しかし、足場は確保できたものの、結果として壁際へと追い詰められることになった。
「それじゃあ、話を続けよう」
これこそが、最後の一手。
壁を背にしたタクミが、そう言わんばかりにキマイラを見上げて言った。
「怪物は、なぜ倒されてしまうのか」
怪物は、自然の猛威を象徴したものであり。
あるいは、敵対や征服した他民族のシンボルであったかもしれない。
つまりは、倒すべき存在。
「人知を越えた強大な存在なのに、どうして倒されてしまうのか」
強力であればあるほど、それを打ち倒した英雄の偉業は輝く。
ゆえに、倒されなければならない。
「順序が逆なんだよ、キマイラ」
力が強く、生命力が強く、畏れられ、崇められるほどに。
「怪物は英雄に退治されなくてはならない」
その死は、決定付けられているのだ。
「キミたちが強ければ強いほど、僕の勝利は約束されているのさ」
「そいつは、オレに勝ってからほざけよ」
「理屈は分かるが、レオに同感じゃな」
「弱い者が勝つほうが楽しいって、それは強者の理屈ではないわ」
レオ、ファウヌス、アリヤ。獅子、山羊、毒蛇の頭が、それぞれ異なる意見を持ちながらも、一様に否定する。
「確かに、その通りだ」
タクミすらその否定に乗るようなことを口にし――最後まで言う前に、キマイラが動いた。
第九撃。
「《岩漿顕現》」
壁際まで追い詰めたタクミに対し、ファウヌスが魔法を解き放つ。
突如、タクミの足下。否、辺り一帯に高熱が発生し、地面が飴細工のように軟化し、その隙間に赤々としたマグマの光が現れた。
それだけで熱が辺りに放出され、息苦しくなる。
「ワシらは火山の象徴らしいからの。溶岩に沈んで消えるが良い」
「よく言うよ。そんなこと思ってもいないくせに」
追い詰められたタクミは、くるりと背を向けると、タクミは壁を駆け上った。ネクタイが舞う。コンビニエンスバッグを持つ手がだるい。背後で、マグマが弾けるのを感じる。
全身に疲労を感じながら、それでもタクミは勢いよく壁を踏破していく。
そして、臨界に達した瞬間、大きく蹴って中空に舞った。
窮地は脱した。
だが、一時的なことに過ぎない。
なのに、タクミに怯えの色はなかった。
「言ったはずだよ、キマイラ。僕の勝利は約束されていると」
「否定したはずじゃぞ」
「それは、弱者の言葉よ」
「ああ。だから、屈服させてみせよう」
地球において長年培われてきた農業の技術は、この世界でも通用することだろう。
地球において発展した医療の知識は、この世界の人間にも当てはまるに違いない。
地球において哲学者が、神学者が、錬金術師が、科学者が、営々と解き明かしてきた世界の有り様は、この世界にも共通した部分が存在するはずだ。
それは、神も認めている。
《異世界知識》
――無垢なる発想は、異界にも通ず。
この才覚こそが、その証拠。
ならば、モンスターの倒し方や弱点も同じ。通じるはずだ。
「さあ、再演に等しい初演を始めよう」
「なら、これが初日の再演で、結末違いの初演だ!」
そう言い放ったレオが、口を最大限に開き火山のメタファーとされる火炎を集めていった。
炎の帯が螺旋を描き、それが幾重にも積層して地上にもうひとつの太陽が生まれる。
空中だろうと、地上だろうと。
それを差し向けられたなら、逃げ場はない。
にもかかわらず、タクミは余裕の笑みさえ浮かべ、落下していく。
「英雄ベレロフォンは、天馬を駆り、槍の先に鉛の塊を取り付けキマイラを打ち倒した」
「鉛……。そういうことか! 止めるんじゃ!」
焦燥を見せたのは、圧倒的な強者であるはずのキマイラだった。
第十撃。
地上の太陽が撃ち出された。
かなりの速度のはずだが、大きさゆえにゆっくり近づいているように見える。だが、大した問題ではない。
彼我の距離は、ほとんど離れていないのだ。後ほんの少しで、タクミは一欠片も残らず消え去る。
――そのはずだった。
「槍も鉛も。ましてやペガサスも持っていないのでね。代用品で勘弁してもらおう」
手にしていたコンビニエンスバッグを体の正面に持ってくると、全開にして巨大火炎弾へ向ける。
と、同時に武器・盾・鎧。
回収した勇者たちの武具が、雨のように火炎弾へと降り注いでいった。
「《万象体系》」
それを見届けたタクミは、今日初めて才覚を起動させた。
左目の網膜に、自らのステータスが表示される。
●能力値
筋力 耐久 器用 敏捷
10 3/10 10 22
知力 直感 意思 外界
13 10 16 22
魔力 精髄 信仰 調和
10 10 ― ―
加護
273
(最後だし、景気よく行こうか!)
●能力値
筋力 耐久 器用 敏捷
10 10 10 22
知力 直感 意思 外界
13 10 16 31
魔力 精髄 信仰 調和
10 10 ― ―
加護
18
そして、またしても、外界にすべてを割り振った。
外界。社会的な地位、外交的な能力。自己と他者の関係を定める能力。
そして、タクミは説き伏せる。
キマイラではない。
世界を。
「人がいて、生きている。あっちもこっちも、同じようなものだろう?」
――と。
キマイラとセブンブリッジを行ったのも、この予行演習に過ぎない。
「最初に約束した、僕の一撃だ。存分に、味わってくれたまえ」
武器・盾・鎧。
つまり、金属塊が火炎弾へと降り注ぐ。
今まで、どの勇者にも見せたことのなかった最高火力の火炎弾へと。
それは火炎弾を中空で炸裂させ、その熱に耐えきれず溶け――重力に従って、下へ。火炎弾を放ったキマイラへと降り注いだ。
「グアアアアァッァァッァアァァッ」
魂を粉砕するかのような絶叫。
だが、やがてその悲鳴も上げられなくなる。
ギリシャ神話のキマイラと同じく、レオも溶けた金属に喉をふさがれてしまったから。
「まさか、これで倒せないとはね……」
先ほどと同じようにクッションを作って地上に降り立ったタクミは、倒れ伏す複合巨獣を前に、感心したようなあきれたようなつぶやきを漏らした。
全身の至る所を溶けた金属で覆われ。特に、レオはその口がふさがれ窒息しそうになっても。
それでも、複合巨獣キマイラは、あがき、うごめき、戦闘本能は微塵も衰えていなかった。
「認めよう、レオ、ファウヌス、アリヤ。僕とキミたちの勝負は――引き分けだ」
「アッ――ガッ――アアアッッ――」
「抜かったわ。だが、挽回できぬわけでなし」
「こんな、つまらない結末……受け入れられるもの……ですか」
引き分け。ドロー。勝ち点を分け合う。
そんなことは認められないと、そんなつまらない結末は受け入れられないと、キマイラはもがき、あがく。
「まったく……。予想通り過ぎて、嫌になるよ」
それを感情の浮かばぬ黒い瞳で見つめつつ、タクミは言葉を紡ぐ。
「キミたちは、キマイラ・オリジン。複合怪物の原種だ。だから、これだけじゃ、足りなかった」
レオ、ファウヌス、アリヤ。彼らはあらゆる合成生物の祖。ゆえに、ギリシャ神話のキマイラを殺す手段だけでは不足だった。
ならば、足せばいい。
「ちなみに、僕の国にもキマイラのような怪物を退治したという記録があるんだ」
――鵺は深山にすめる化鳥なり。
サルの顔、タヌキの体、トラの手足、尾はヘビ。
平安時代末期、清涼殿に黒煙とともに現れ不気味な鳴き声を発し、それに恐怖した時の天皇は病臥の身となった。
従者とともに鵺退治に赴いたのは、大江山の酒呑童子討伐で有名な先祖、源頼光の弓を手にした源頼政。
その弓から黒煙へ向けて矢を放ち、鵺を撃ち落としたとされる。
「誇るがいい、レオ、ファウヌス、アリヤ。キミたちは、僕の世界のキマイラを凌駕する存在だったと」
しかし、それだけで鵺は死ななかった。それどころか、実のところ、鵺にとどめを刺したのは頼政自身ではない。
「従者というのは口幅ったいけどね、受けてもらおう。もう一人の攻撃を。もうひとつの伝説を」
タクミが右手を大きく振り上げ、そして、風鳴りがするほど鋭く振り下ろした。
「レーナ!」
レーナは、ずっと、この時を待っていた。
タクミがピンチに陥っても声を上げず、タクミがバカなことを言ってもツッコミを我慢して。
言われた通りの瞬間が訪れるのを待っていた。
「《光子武器》!」
倒れ伏すキマイラの頭上に、いくつもの輝きが出現した。
人類が持つ根源的な力、精髄。
それを光子へと変換し、その光子で無数の武器を編んだ。長い時間をかけて、ただひたすら集中し、体内の精髄をすべて吐き出して。
生み出されたのは、刀。
タクミから聞いた形状を光子で再現し、九振り作り出した。
「いっけえぇっ!」
レーナの叫びとともにそれが雨のように降り注ぎ、キマイラの巨体を存分に打ち据える。
平家物語に曰く。
源頼政によって撃ち落とされた鵺は――
「今回の命題、『異なる世界の同一存在は、同じ手段で殺しうるのか』」
――従者である猪早太によって取り押さえられ、続けざまに九太刀刺したとされる。
「Quod Erat Demonstrandum――証明終了だ」
神話の通り窒息し、伝承の通り叩きのめされた複合怪物。
それを成し遂げた英雄に、喜色はなく、同情もない。
当たり前のことを積み重ね、当たり前の行動を取り、当たり前の結果を得た。
ただ、それだけだと、光となって消えゆくキマイラの最後を見つめていた。
明日、エピローグを更新して序章は終了です。




