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九話 後は任せろ その五

「おい、国八馬。どうしても勝負したいならサシの野球で勝負しろ」

「どういうことだ? 一対一の野球だと?」

「そのとおりだ。お前もこのままだと、消化不良だろ? ブチ切れてるんだろ? だったら、俺のルールで勝負させてやる」


 訝しむ国八馬に俺はルールを説明する。


「ワンナウツ勝負だ。ルールはお前がピッチャーで俺がバッター。最後まで立っていたヤツの勝ち。ただのボーナスゲームだ。ただし、お前はブルーリトルに負けたんだ。約束は守れ。二度と強達に手を出すな。どうだ? 俺の素人の挑戦、逃げずに受ける気はあるか?」

「……おもしれえ。やってやる! やってやるぞ、藤堂!」


 決まりだな。

 正真正銘、ラストゲームだ。

 ここで全ての決着をつける。




 俺は一度、ベンチに戻ってきた。一騎打ちの準備をするためだ。


「ねえ、お兄さん。ここまでやる必要ってあるの?」


 グラウンドから戻ってきた雅が心配げに尋ねてくる。

 ブルーリトルのメンバーは試合が終わったので、全員、ベンチに戻ってきた。これで危ない目にあうことはないだろう。

 こっちには順平と朝乃宮、黒井がいるからな。順平一人でもおつりがでるくらいだ。問題ない。


 あっちは国八馬、チャフ。淋代の三人。

 警戒は怠らないが、それでも、グラウンドで野球をしているよりは安全だ。

 俺が国八馬と一騎打ちする理由。それは……。


「許せないからだ」

「許せない?」

「ああっ。アイツは俺の家族と仲間を傷つけた。落とし前は絶対につけさせてやる」


 国八馬は強を傷つけただけでなく、上春も泣かせた。

 伊藤の弟の剛を傷つけた。

 俺と強が勝手に受けた勝負なのに、付き合ってくれて、共に戦った倉永、島田を傷つけた。

 それだけで……いや、ヤツを叩きのめすには一つでも充分すぎるほどの理由だ。


「で、でも、危ないじゃない! 絶対にアイツ、ボールをぶつけてくる! 硬球なんだよ! 危ないよ! もう、試合終了でいいじゃない!」

「試合を終わらせたのは、お前達の安全のためだ。もう、誰にも傷ついてほしくなくて、あんな無謀で無茶な作戦を立てただけなんだ。さっき、言っただろ? 国八馬に落とし前をつけさせるって。それは、俺も落とし前をつけるって事を意味している。みんなを巻き込んだ落とし前だ」


 我ながら穴だらけの作戦だったと痛感している。作戦が上手くいったのは奇跡だ。

 あんな小さい(あたま)、狙って当たるなんて至難の業だ。相手が青山西中でなければ躊躇して当てられなかっただろう。

 ランナーにボールを当てるのも、相手をビビらせて動きを止めなければ当たることなど不可能だった。

 全ては青島西中を恐怖に陥れ、判断を鈍らせ、普段の動きを出来ないよう制御した作戦だった。


 ただ、この作戦は欠点だらけだ。

 もし、俺の投げたボールが完全に見切られたら、永遠にファーボールで試合が終わらなかっただろう。

 ストレートを投げても、打たれるだけだ。素人の俺が野球部を抑えることなんて出来るはずがない。


 バッターボックスの移動作戦も、プレートを踏まずに投げられていたら、移動する前にぶつけられていた可能性がある。

 ボールは軟球ではなく、硬球だ。子供の頭に当たれば、シャレになってなかっただろう。


 もし、淋代が選手を鼓舞していたら、冷静になってしまい、俺の作戦は水の泡になっていた。


 雅はこの作戦を嫌がっていた。ブルーリトルのメンバーも何も言わなかったが、納得していなかっただろう。

 野球は一人でやっているわけではない。しかも、俺は飛び入りの下手くそだ。

 もし、ここにいる全員、もしくは半数でも反対されていたら、そもそも作戦を実行できなかった。

 みんなから信頼のあった奏がいてくれたから、成り立った、


 ほらな? 奇跡だろ?

 本音を言うと不安で不安で仕方なかった。正直、ほっとしたと同時に、協力してくれた仲間達には罪悪感と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「雅、やめろよ。これは男と男の決闘なんだ。俺達が邪魔していいことじゃない」

「でも!」


 ほんと、ありがとな、雅。俺なんかのためにそこまで心配してくれて。

 けどな……。


「雅ちゃん、お兄さんの言う通りにしてあげて。きっと、これは必要な事なの。私達の安全の為にも」

「何言ってるの、奏? あっちが負けたんだから、私達に手出ししないわよ」


 奏は本当に聡い子だ。そして、人を疑うことに長けている。

 俺も奏と同じ意見だ。

 だからこそ、この決闘には意味があるんだ。青島ブルーリトルと強の未来のために……。


「気にするな。雅、最後の我が儘を聞いてくれないか? 頼む」


 俺は雅に頭を下げた。

 文字通り、これが俺にとって最後の野球になる。

 俺は野球を冒涜した。

 反則を重ね、卑怯な野球を仲間に強いた。真面目に野球をやっている選手をバカにした行為だ。


 今日の試合は間違いなく義信さんにバレる。俺のやってきた反則野球が知れ渡る。

 そしたら、ブルーフェザーのみんなは俺を許さないだろう。あの人達は野球を愛しているし、不正を最も軽蔑している。

 そんな人達に混じって野球をする資格はない。


 それ以前に人としてケジメをとるべきだ。バレるからやめるんじゃない。

 野球が好きだからこそやめるんだ。

 これが俺の落とし前。この一打席で野球から身をひく。

 未練は……あるが、後悔はない。

 さあ、行こう。


「ちょい待ち。審判はどないしはるの? ウチが審判します」


 朝乃宮の提案に俺は首を横に振る。


「いや、審判はいらない。これは野球じゃないからな」

「……」

「その代わり見届けてくれないか? 上春の分もきっちり借りを返してやる」


 朝乃宮は一瞬、目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。上品で無垢な微笑みだ。

 綺麗だ。素直にそう思った。

 俺は朝乃宮に見送られ、バッターボックスへ向かった。




「藤堂……」

「国八馬……」


 俺はバッターボックスから、国八馬はマウンドから睨み合う。

 グラウンドには俺と国八馬、チャフの三人だけ。


 ピッチャー、国八馬。

 キャッチャーはチャフ。

 バッターが俺。


 この勝負に審判はいらない。

 なぜなら、勝負は一球で決まるからだ。

 俺はギュッとバットを握りしめる。

 淋代をここから叩きのめすには、あれしかない。ぶっつけ本番だが、やってやる!


 俺はこの日のために金属バットを用意してきた。なにかあったときの保険として。それが役に立つときが来た。

 俺はメットをその場で投げ捨てる。

 国八馬は目を丸くしたが、すぐに頬を緩ませ、唇をつり上げる。そして、自分の帽子も投げ捨てた。

 俺だけがメットで護られているのはフェアーではない。これはお互い、ノーガードで殴り合おうという意思表示だ。


 国八馬は帽子を投げることで受けて立つ意思を示した。

 国八馬は真面目な顔になり、全神経を集中させ、ゆっくりと両手を振り上げる。

 俺は瞬きせずに国八馬の動きを観察した。


 ランナーは存在しない。だから、国八馬はじっくりと、落ち着いて力を溜めることが出来る。

 俺もこの一打席に全てをかける。


 国八馬は左足を上げ、お尻から突き出す。

 そうすることでしっかりと体重移動ができる。体の開きを抑えこむ事も可能なのだ。

 タメを作った後、国八馬の左足が大きくグラウンドに踏み込む。軸足に体重を乗せることで、体重がボールに伝わって、キレのあるスピードボールが投げられる。

 そのとき、国八馬はグローブ側の腕を引くことによって腕を加速させ、腰から肩の回転、後は腕を鞭のようにしならせてボールを放った。


 これが国八馬の全力投球!

 それに対し、俺は一本足打法で迎え撃つ。

 国八馬のフォームに合わせ、左足を上げ、右足だけでバランスをとる。

 狙いをギリギリまで絞るためだ。俺が狙うのは一点だけ。

 国八馬が投げる瞬間、左足を地面に踏み込み、つま先から膝、腰、肩、腕に力を伝え、フルスイングでバットを振り抜き……手を離した。


 ボールは俺の顔面に。

 バットは国八馬の顔面に向かって空を切り裂き、突き抜ける。


 ボールが俺の眉間に食い込み、首がのけぞる。

 バットが国八馬の鼻っ柱に突き刺さり、体が後ろに押し倒される。

 最後に立っていられたのは……。


「ぐっ!」


 俺だった。

 頭の中で強い光を発した星が一瞬見え、体が大きくのけぞる。体中の力が抜け、意識が飛んだが、それもわずかな間だけ。

 俺は大きく目を見開き、体に気合いを注ぎ込む。

 左足が上がっていたので、右足一つで体重を支え、踏ん張る。

 そして、ダウンを拒絶した。左足を地面につけ、広背筋に力を込め、体を起こし、その場に踏みとどまる。


 国八馬は倒れていた。

 この勝負は最後まで立っていられた者の勝ち。つまり、俺が勝者だ。

 野球とは全く関係のない、チキンレースのような勝負。

 他人が見たら、全く理解されない、馬鹿げている勝負。


 けれども、この青島では違う。

 青島の不良達には一つのルールがある。それは……。


 言葉よりも実力を示せ。


 これが青島の唯一無二の絶対的なルールなのだ。

 力の強い者が発言権を持ち、弱者を従わせる。そんなシンプルなルール。

 俺達青島の不良が信じているものは正義や倫理観ではない。純粋な力なのだ。

 だからこそ、俺達は力比べに命を張る。胸を張って己の信念を貫くために。


 俺はゆっくりと、足をふらつかせながらも、国八馬に近づく。

 国八馬の前に立ち、勝者である俺は見下しながら告げた。


「俺の勝ちだ」

「……くそ……くそがぁ……覚えてろ……俺は絶対に……引かないぞ……ブルーリトルを……あのピッチャーを……壊してやる……」


 国八馬は鼻血を流しながら、怨念を込めながら俺を睨みつける。

 俺は無言で金属バットを拾い上げる。

 コイツに教えてやらなければならない。誰に喧嘩を売っているのかを。そして、その代償を。

 俺はグリップとエンドを鷲づかみする。


「お前……勿論覚悟できてるんだろうな?」

「覚悟……だと?」


 ミシミシ……。


「そうだ。強は俺の大切な家族だ。その強が護ろうとしているモノは、俺が命を賭けて護るべきモノだ。それに手を出すというのなら……」


 ギギギギギギギギ!


 俺の握力に金属バットが歪み、悲鳴を上げる。金属バットが音を立て、ブルブル震えて……。


「生き地獄味わう覚悟が出来てるんだろうなぁあああああああああああああああああああああクソ野郎がぁあああああああああああああああああああああああああ!」


 メキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキメキ!


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 国八馬の目の前で金属バットをへし曲げてみせた。

 もし、強やその友達に手を出したら、お前の体も背中からへし曲げてやると教えてやるために。

 お前の未来は一生病院暮らしになることをたたき込むために。


 イマスグコロシテシマエ!


 ダメだ……まだ、早い……コイツが手を出したら……。


 エンリョナクチュウチョナクヤルノカ?


 ああっそうだ。慈悲は与えた。

 それを無視するのなら、もう何の気兼ねもなく必ずボコボコにしてやる……地の果てまで追いかけて、誰に手を出したのかを体にたたき込み、お前の人生を踏みにじってやる!

 殺された方が幸せだった事を一生をかけて思い知らせてやる!


 国八馬は俺から目をそらし、顔を真っ青にしてふるえていた。それは俺に恐怖し、屈した証拠だ。心が折れたのだ。

 俺は国八馬のすぐそばに折れ曲がった金属バットを落とした。

 握りしめた跡のついた金属バットが地面に落ち、音を立てると、国八馬はビクッと反応し、頭を垂れている。


 俺はもう、用がないと言いたげに、国八馬に背を向け歩き出す。

 これで国八馬は強達に手を出さないだろう。待っているのは確実な地獄だからな。

 これで喧嘩野球は終わりだ。ならば、俺みたいな無骨者は消える時間だ。


 ここはもう、野球が好きなヤツが集まる場所だ。野球を愛し、応援し、楽しんで貰える陽の当たる場所だ。

 反則し、人を傷つけるような屑野郎がいるべき場所ではない。影は日陰に消えるのみだ。


 これが最後か……。


 耳を澄ませば、思い出がよみがえる。

 バットがボールに当たる音。

 ただひたすらボールを追いかけ、ヤジを飛ばしたり、笑い合う声がリフレインする。

 俺はこみ上げるモノを堪え、空を見上げる。そして、気づく。


 俺って野球が……好きだったんだな。


 野球を始めたのは、義信さんが誘ってくれたことがきっかけだった。

 青島に来て、友達のいなかった孤独な俺に、義信さんは気を遣ってブルーフェザーに入れてくれたのだ。


 楽しかったな……。


 俺はそこで榊原さんからバイトに誘ってくれて、仲良くなった。他のメンバーも俺の過去など気にせずに、仲間として扱ってくれた。

 あまり練習に参加できなかったけど、それでも、楽しかった。


 一月三日の親善試合は、補欠の俺が活躍できて、最高の気分だった。

 あのとき、俺はヒーローになった気分で嬉しかった。家族の前で格好つけられて、最高に嬉しかったんだ……。


 ブルーリトルとの練習も楽しかったな。

 ガキ共が年上の俺を呼び捨てにして、生意気なヤツらだった。けど、ほんの少しだけだったけど、仲間になれて嬉しかったな……。

 強と同じ目線で同じ仲間と共に野球が出来たこと、誇らしく思う。


 けど、俺は自分の愚行のせいで、二度とここには立てなくなった。その資格を失ってしまった。

 分かっている。失って、いつも気づかされるんだ。

 失ったものがどれだけ大切なものだったかって。

 その痛みを知っていたはずなのに、俺は馬鹿だから繰り返してしまう。その度に胸が締め付けられ、せつなくなる。


 俺は惜しむようにグラウンドの土を踏みしめ、一度だけ振り返って頭を下げ、退場した。

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