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八話 俺達は絶対に負けない その二

 島田に変わって控えの佐原が代走に出る。

 二番バッターはサードの雅だ。

 国八馬はニタニタと笑いながら、雅を品定めするように見下ろしている。

 コイツ、そこまでして俺達を挑発したいのか?

 国八馬にはきっと、女子だからといって危険球を投げないことはしない。誰であろうと、コイツは投げる。

 雅、気をつけろよ……。


 胃がキリキリとしてきた。

 見守る事が、ここまでストレスになるのを初めて知った。

 これなら、俺が出た方がマシ……といいたいが、ブルーリトルで一番下手くそな俺が出たところで足を引っ張るだけだろう。

 くっ! どうして、俺は野球部じゃなかったんだ、くそ!

 国八馬は一塁に佐原がいるのにゆっくりとワインドアップしてくる。

 国八馬が放った第一球は……。


「きゃあああ!」


 バン!


「ボール」


 このクソ野郎! 本気で雅の頭を狙ってきやがった。

 軟球とはいえ、百三十は出ているボールに当たれば、ただではすまない。


「おっ~悪い悪い。またやっちまった。可愛い悲鳴を上げてビビってるんじゃねえよ」


 雅は悔しそうに国八馬を睨みつける。恨めしいが、俺も雅も国八馬を睨みつけることしかできない。

 それが分かっていて、国八馬は余裕ぶっている。


 我慢しろ。強達が耐えている間は、絶対に手を出すな。

 国八馬の第二球目も雅の……今度は顔面を狙ってきたがった。

 雅はかろうじて避けたが、メットにボールがかすっていた。もう少し遅かったら、頭に当たっていた。

 あの野郎……。


「おい、審判。さっさとコールしろ」

「……ボール」


 こらえろ……こらえろ……こらえろ……。

 メットにボールがかすったせいで、雅は完全にこわばっていた。

 ダメだ……怖がって体が硬くなっている。無理もない。雅は強がっていても小学生で女子だ。

 百三十以上出ているボールが当たればどうなるのか、島田がそれを証明している。怖がって当然だ。

 しかも、ファーボールになるまで、後、二球ある。二球も躱さなければならない。


「タイム!」


 俺は試合を中断させ、雅と視線が合うように腰を落とす。


「大丈夫か、雅? 怖いのなら、やめてもいいんだぞ?」


 こんな馬鹿げた試合に付き合う必要なんてない。やめて当然だ。

 だが……。


「ありがとう。でも、やるから。私だって負けたくないから」


 声色が震えている。両膝がわずかにわらっている。

 それでも、雅は気丈に俺を見つめてくる。

 勇気のある子だ。だが、それは無謀だ……。


「おい、ロリコン野郎! さっさと戻れ!」


 俺は国八馬の声を無視し、雅の肩に手を置く。


「頑張れ」

「……うん!」


 俺はそれだけを言って、戻った。

 言いたかったのはそんな言葉ではなかった。


 もう、無理しなくていいから。

 後は俺達でなんとかする。だから、もう怖い想いをしなくていい。


 そう言ってやりたかった。

 でも、雅も勇気を振り絞って頑張っている。そんな雅に頑張ってと言っても、何の意味も力にもなれないだろう。

 きっと、強が言えば彼女をもっと勇気づけられただろうが、俺の言葉では雅の心に届かない。


 すまない、雅。けど、頑張ってくれ!

 国八馬の第三球目は……。


 パン!


「……ストライク」


 そう、ストライクだ。ど真ん中のストライクを投げてきやがった。

 俺も雅も呆然としていると、国八馬は大笑いしていた。

 あの野郎……心底腐ってやがる。

 だが、不味い。


 もし、国八馬の狙いがアレなら……それが分かるのは次の一球がストライクを投げるかどうかだ。

 もし、ストライクを投げたら、最悪の展開だ。

 国八馬の第四球目は……。


 パン!


「ストライク」


 コイツ……。

 これでカウントはノーアウトツーツー。

 雅は追い込まれていた。


 これが本来の野球なら、アウトに追い込まれたわけだが、このゲームは違う。

 国八馬が二球ストライクを投げてきたことで、ボールをぶつけてくるだけでなく、ストライクも投げられることがすり込まれる。

 そうなると、ストライクか、ボールをぶつけてくるかの二択の選択肢がうまれる。

 つまり、どちらがくるのか、悩むのだ。


 雅は頭を狙ってくると分かっていたから、国八馬が投げる前に回避行動に出ていた。それでもギリギリだった。

 だが、ストライクかデットボールか悩んでいたら、もし、頭を狙われたとき、回避する時間が遅れ、逃げられずに当たってしまう。

 つまり、国八馬は完全に雅に当てる気だ。そのために種をまいたのだ。

 雅は野球選手として、見送り三振は防ぎたいと思うだろう。それが罠だと気づかずに。

 不味い! 雅に伝えないと……。


「タイム!」


 俺は雅に忠告しようとしたが。


「おい! 何回もタイムを取るな! 白けるだろうが!」


 俺は国八馬を無視し、雅に近づこうとしたが……。


「……」

「おい、どけ」


 チャフが俺の進路を防ぎ、どこうとしない。

 このクソガキ!


「審判! さっさと戻りなさい!」


 淋代に戻れと言われ、渋々戻った。

 ここで強引にチャフを押しのけたら、俺が暴力行為で退場になる可能性がある。そうなれば、あちらの思うツボだ。

 俺は雅にチャフの後ろから声かけた。


「いいか、雅。絶対にバットを振るな! 逃げろ!」


 雅の顔色が真っ青になっている。けれども、頷かなかった。

 おい、やめろ! 打ちにいくな!

 雅はきっと、逃げない。立ち向かう。

 どうしたらいいんだ? 止めなければ……。

 俺の悩みを嘲笑うかのように、国八馬はボールを投げた。

 その球は……。


 ガン!


 俺のアンパイア マスクに直撃した。雅を心配するあまり、避けることが出来なかった。


「あ~わりぃ。また、手が滑ったわ。でもよ~、あんなおっそいボール、避けれねえとか、どんくさいんじゃねえのか? それでよく、不良狩りとか呼ばれてるよな~」

「ね、ねえ! 大丈……」


 ぶん殴ってやりてえ……。

 顔面の痛みよりも、怒りをこらえる拳の方が痛い。爪が肉に食い込み、それでも、力が入る……。

 こんな気分は中学三年のあのとき以来だ……。


 アノアクマドモヲハンゴロシニシタアノトキダ。


 ドクン……ドクン……。


 俺は雅がドン引きしていることすら気づかず、ただ黙っていた。

 ボールはチェフが拾い、国八馬に返す。

 ヤバい……俺の堪忍袋の緒がブチ切れそうだ……。

 国八馬の六球目は……。


 ガン!


「きゃあ!」


 当てやがった……あの野郎! また当てやがった!

 雅は地面に倒れ、うずくまっている。メットがとびちり、地面に転がっている。


 ナゼガマンスル? モウイイダロ?


 コ・ロ・セ。


 ドクン……ドクン……ドクン……。


「正道! その子の状態を確認して!」


 左近の怒鳴り声に、俺はギリギリのところで我に返った。そうだ、雅は? 無事なのか!


「雅! 意識はあるか!」

「……うん。大丈夫。避けるのが遅れたけど、直撃しなかったから」


 ギリギリ避けることが出来たって事か。

 雅は体を後ろに倒すことで、避けるまでの距離をわずかだが稼ぎ、直撃を免れたってことか。

 メットに当たっている以上、本当にギリギリだ。

 はあ……。

 俺はどっと息を吐き出した。

 一応、雅の瞳孔や体調を確認するが、問題なさそうだ。

 心底ほっとした。


「雅。本当に頑張ったな。大きな怪我がなくてよかった……」

「お兄さん……」


 雅がぎゅっと抱きついてきた。

 体が震えている。俺は雅を優しく抱き留める。

 頑張った……お前はよく頑張った。怖かったよな……本当に偉いぞ。


「おい、ロリコン野郎! ラブシーンは後にして、さっさとそのガキを累に出せ!」

「……雅。いけるか? それとも……」

「……うん、大丈夫。もう、大丈夫だから」


 雅はもう一度だけ、俺を抱きしめ、それからは体を離した。目が赤くなっている。

 そんな雅を見て、胸が苦しくなる。大の大人が小学生一人守れないなんて、息が苦しくなる。

 なあ、強。もう、我慢の限界が近いぞ。

 もし、このままヤツらの狼藉を許すのなら……。


 スベテヲハカイシテコワシテヤルアノトキノヨウニ。


 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……。


「お、お兄さん! 手、大丈夫! 血が出てる!」


 雅は俺の手が血で汚れていることに気づき、ハンカチを出すが……。


「いや、いい。ハンカチが汚れる」

「でも!」

「雅、頼む。ゆっくりでいいから一塁にいってくれ。もう……ブチ切れそうで自分を抑えるのがやっとなんだ……」


 今なら、何の躊躇もなく、国八馬の顔面を殴り飛ばせる。

 トラウマ?

 このクソ野郎にトラウマなど感じるわけがないだろうが!


 ハヤクアイツヲナグラセロ……。


 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……。


「う、うん。分かった」


 雅は俺の気持ちを優先してくれて、一塁へ向かってくれた。

 気持ちが……リミッターが……抑えきれない……殺意が膨れ上がっていく。


 ころ……コロ……ころし……コロシ……殺して……コロシテ……。


 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……。


「……」

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