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ところにより、謝罪と感謝でしょう

「お待たせしましたー。スペシャルピーチパフェでーす」


 少し間延びした声の店員がパフェを2つ、目の前に置いた。

 たっぷりの瑞々しい桃と桃アイスが乗せられた季節限定パフェである。


「よし来たー。食うぞ」


 紙ナプキンを先端から剥がし、嬉しそうにパフェ用スプーンを用意するコウタ。


 ナオミもそれに続いてスプーンを準備し、パフェに突き刺した。



 ここは地元のフルーツショップ兼カフェ。

 果物を取り扱う商店が、自店の果物を使ったメニューを提供するカフェを同店舗内に作ったのだ。

 店舗デザインは地味だが、ふんだんに果物を使ったケーキやパフェが人気となり連日店内は満席である。


 そんな中、平日を利用してナオミとコウタは店を訪れていた。


 携帯を取りに行く代償として「今度付き合え」と言ったコウタ。それがこれであった。彼は結構甘党で、こういった飲食店情報のチェックも欠かさない。


「…何度も聞くが、夜に車を出させた代償がこれでいいのか。しかもコウタの奢りで」

「しつこいな、いいんだって。前から来たかったんだけど誰も付き合ってくれねーんだよ。男だけで来たくないって言われて」

「アヤとか」

「殴るぞ。2人で来れるかっての」


 相変わらず彼女の気持ちに応える気はないらしい。

 中途半端に期待させないだけマシだとは思うが、大切な友人であるアヤの気持ちが成就しないことにナオミは微妙な気分になる。


 かといって目の前の幼馴染と誰かが恋愛関係になるのを見るのも多少複雑だ。

 コウタは幼い頃から気の置けない友人として一番近い距離にいた。コウタが女性と付き合うということは、他の女性が彼にとって一番になるということで、過ごす時間もきっと恋人との方が長くなり、ナオミとの距離はきっと開いてしまうだろう。

 それを考えると素直に喜べない自分を感じて、ナオミは自らの狭量にため息が出るのだった。


 そんなナオミの感情を気にすることなく、コウタは果汁溢れる桃をどんどん食べていく。


「ナオミ、アイス溶けるぞ。早く食えよ」


 考え出すと手が止まるナオミに、いつも通りおせっかいな指摘をするコウタ。下手したら母親である。

 口うるさいが、昔からナオミはそのおせっかいが好きだった。


「小姑…」

「んだと。てめ、桃よこせ」

「やめろ。貴重な桃が減る」

「俺の奢りだ文句言うな」


 スプーンで行儀の悪い攻防をし合ったが、結局ナオミの桃は奪われた。



 ◆◆



 もうちょっと付き合え。そう言われてナオミは地元のある山の上に来ていた。


 ナオミの住む町は山際に広がるが、実はこれらの山を隔てると海がある。今ナオミたちがいる山は周囲の山より標高がやや高く、かつ頂上に360度周囲を見渡せる展望台があり、天気が良ければ自分が住む平地と山と海が一望できるのだ。

 意外に知られていないのは、この展望台より少し下にある茅葺風の家屋を使った宿泊施設の方が有名なためである。


 ナオミとコウタが着いたとき、ちょうど夕日が山を染める時間だった。


「こんなところがあったんだな。初めて来た」

「そうだろうと思った。俺も最近知ってさ。一度連れてきてやろうと思ってて」


 展望台は駐車場から少し上がった小高い丘の上にぽつんとあった。

 丘の上にはベンチしかなく、遮るものもないため風が当たって気持ちがいい。

 少し薄くなった青空の端に広がりつつある茜色の空が秋を感じさせる。


 目を細めて景色をしばらく眺めていると、隣に立つコウタが遠くを見ながらおずおずと話しかけてきた。


「…なあ。怖くないのか、その…神に喰われるとかそういうの」

「…まあ…怖くないと言えば嘘になるな」

「…そっか」


 風になびくナオミの髪には、青い髪飾りがあった。先だって赤蛇に襲われた際にスイの術が行使され壊れたが、直されたらしく出かけ際に渡された。

 実は今日もナオミだけで外出することにスイは相当難色を示したが「約束だから」とかなり無理矢理出てきている。迎えに来たコウタを視線で居殺しそうな様子だったのは見なかったことにした。


 コウタは視線を地面に落とし、頬を掻いた。


「何ていうか…俺のせいだな。すまん」

「?謝られる意味が分からない」

「結局、子供んときに俺がナオミにぶつかって川に落としたのがきっかけだから…。それでお前を危険にしているってことだろ」


 ナオミが襲われる理由は、ナオミの気が神に馴染みやすいから。そういう体質になったきっかけが、彼女が幼い頃に川で溺れたことだった。

 それを知ってコウタの中に苦い思いが生まれた。ナオミを護る以前に、自分が危険を生み出してしまったと。彼女を危険にさらすきっかけが自分であったと。


「…川で溺れなきゃこんな面倒にも巻き込まれなかったのにな。だからすまん」

「…そんなこと…」


 ナオミは苦笑した。

 いつも前向き強気な幼馴染が眉間に皺を寄せて謝ってくるとはよっぽど気にしているらしい。


「気にするな」

「腹に穴開けといて気にするなとか言うなよ…」

「む…まああれは不可抗力だ。スイもすごく気にしていたし結果的に無事だったんだから不問で」

「そんなノリでいいんか」

「いい。あと、コウタは勘違いしている」

「…何を」

「昔川に落ちたのは…まあそれなりにトラウマにはなっているが、あれがなかったらスイにも会えなかったし、スイに会えなかったらアヤとも仲良くなれなかった。それにきっと、集中講義を頑張って戦友達とも仲良くなるなんてこともなかった。だから無駄じゃないと思ってるよ。今は、川に落ちたのはすべて始まりだったんじゃないかと思ってる」

「…スイに会わなかったとしても、友達くらいできたかもしれないだろ」

「かもな。でもできたとしても、きっとこの夏ではなくもっと先の話だっただろうな。けれど、それでは仲良くなれたのはアヤや戦友達ではなかったと思う。私は、友達になれたのがアヤ達でよかったと思ってるよ」

「…そうか」

「うん」


 コウタは横顔のまま、くしゃりと笑った。

 そんな幼馴染の顔を見上げて少しほっとする。自分のことで気負わせてしまったようだが少し解消できたようでよかった。

 そしてほっとしたことで、いつもなら言わないことも言う気になった。この穏やかな空気がそうさせたのかもしれない。


「感謝してるよ」

「ん?」


 思わぬ言葉にコウタが振り向く。


「私の性格とか人間関係とか、コウタが気にかけてくれていることを感謝してる。私はこの通り不器用だから…コウタがいなければもっと苦労していた、きっと」

「……」

「ちなみに、川に落とされたことは全く感謝してない」

「おい」

「あはは。でも…ありがとう」


 思わずナオミの頭を掴んで突っ込もうとしたコウタだったが、正面切ってストレートに礼を言われたことで動きが止まった。

 その手が僅かに行先を悩むように宙をさまよった後、そっとナオミの頭に乗せられる。

 少し真剣で、そしてほんの少し戸惑った顔をしているコウタに気づかず、ナオミは彼の、頭を撫でるような手の乗せ方に眉を寄せて不機嫌そうな顔をした。


「子供のような扱いをするな」

「…してねえよ」

「してる。コウタもスイも、私の方が背が低いからって馬鹿にしてる」

「…違うって。あいつの話すんな」

「なぜだ」


 ぷうっと頬を膨らますナオミの頬を摘まみ、今度はコウタが少し不機嫌になった。


「…あいつとキスしてんのか」

「…なっ」


 ボっとナオミの顔が赤くなる。

 話題の変化が急すぎて、そして思い出してしまって狼狽えた。

 とっさに違うと言いかけたが、夜の講義室で抱きかかえられたまま口づけされたのをコウタに見られているため、どうにも別の言葉が出てこない。


「イヤじゃないのか」


 コウタの手がナオミの耳に移動し、軽く引っ張られたのでナオミはその刺激に自分を少し取り戻した。

 スイに口づけされてどうだったか。ナオミは少し考えた。不意打ちばかりでこちらの意思は全く尊重されていないが、嫌だったかと言えば…


「…嫌悪感はなかった…と思う。2回とも不意打ちだからよく覚えてないが…」

「2回。しかも無理矢理か。あんにゃろ…」


 コウタのセリフに殺気がこもった気がして慌てて弁明する。


「いや、私も悪いんだ。動けない状況だったからといってきちんと逃げなかったから」

「動けなかったってどういうことだ。1回目の状況を説明しろ」


 逆効果だった!


 逃げようと思ったが、耳をぐいぐい引っ張られた。痛い。

 結局尋問され、誤魔化す余裕もなくすべて白状させられた。コウタの追及は鋭くて地味にしつこい。

 そして怒られた。


「嫌なら本気で逃げろ。殴ってでも」

「いやそれは流石に…」

「じゃあ嫌じゃないってことか」

「う~。それを言われると分からない…小さいスイからずっと見てるし、嫌ってなんかいないし…。それに逃げたら…スイは私を嫌いになる…?」


 ナオミはこれまで他人との交流が少なかったが、だからと言って希薄だった訳ではなく、むしろ数少ない友人相手には完全に心を許していた。だからこそその関係を大切に大切にしているのである。それが壊れるのは怖かった。

 甘いと言われても、築く勇気がなかったナオミに壊す勇気もなかった。

 だからスイから逃げることも、受け止めることもできなかった。


 幼馴染の思考回路が分かったコウタは、呆れたように息を吐いた。


「お前は…ホントに。課題ばかりだな」

「…ごめん」


 ナオミの顔が曇る。

 コウタは慰めるように軽く耳を引っ張った。


「スイは何されたってお前の事嫌わねーよ。でも拒否したら後の行動が怖いからそのまま流しておけ。危険を感じたときだけ本気で抵抗しろ」

「…?後半は了解したが、途中の意味が分からない」

「そのまんまだ。とりあえず納得しとけ」

「…?…分かった」


 きっと納得していないが、今はそれでいいだろう。

 夕日を受け、茜色に染まる幼馴染の頬に手を添え、そしてふと真剣な顔になったコウタが静かに言う。


「ナオミ」

「なんだ」

「…嫌だったときだけ抵抗すればいいから」

「…分かったって」

「そして気にするな」

「…だから分かったって」

「…よし」


 低い声と共に、ナオミの視界が暗くなった。


 唇に、柔らかくて温かい感触。


 思わず目を瞠った。

 …コウタが自分に口づけている。


 触れただけのそれはすぐに離れた。くすりと笑う息がナオミの唇をくすぐる。


「…お前ホントに不意打ち弱いのな」

「…っ…!」


 顔が赤くなり、とっさに殴ろうとした手はコウタによって簡単に捉えられ、そして腰を掴まれ引き寄せられた。

 その動きは素早くて、そして力強くてナオミには全く抵抗ができない。昔同じくらいの体格だった幼馴染がすっかり"男性"になっていることを実感してしまう。


「…嫌か?」

「…嫌とかじゃなくて、驚くだろ!」

「…じゃあいい」


 目が細められたと思ったら腕を掴んでいた手が次はナオミの顎をすくって上向かせ、そこに再びコウタの顔が落ちてきた。

 身体を引こうとするも背中を大きな手で押さえられ、反ることもできずに唇を受け止める。


 ついばむようにして唇が奪われた。


 身体を抱く腕は強引なのに、触れ方は優しい。

 スイが熱く、深い口づけをするのに対し、コウタはあくまでもナオミを気遣うように触れてくる。

 スイの時のように思考を飛ばしてしまうことはないが、ナオミはふわふわと宙を漂うような気分に陥った。


 名残惜しそうにコウタの唇が離れる。

 そして茫然とするナオミを見て悪戯をした時のような顔で笑った。


「2回、な。これで同じだ」


 スイと同じだけ口づけたと幼馴染が言う。


「…!張り合うな…!」

「張り合ってんだよ」

「!」


 驚きに固まるナオミをそっと解放し、コウタはナオミを見据える。


「今、嫌じゃないならそれでいい。気にするな。今まで通りにしててくれ」

「…そ、そんなこと言われても」

「初めにそう言ったろ?お前分かってるって答えたじゃねーか」

「あの流れはずるい!」

「そうか?でもそうしてくれ。俺は変えねーぞ」

「……」

「な」

「…分かった。努力する」

「よし、努力してくれ。んで俺の立ち位置を幼馴染から変えてくれ」

「さらっと言ってること変わってるぞ!」


 はっはっは、とわざとらしく笑いながらコウタは展望台の階段を降りていく。

 置いて行かれたナオミは、慌ててコウタを追いかけた。


 少し距離を空け階段を降りるナオミに、幼馴染は振り向かずにいつもと変わらない調子で話しかける。


「スイも俺も、お前から離れねーよ。きっと。だから心配すんな」

「…!」


 本当にこの幼馴染は自分の気持ちを読むのが上手い。

 関係が崩れるのが怖くて、距離を空けてしまうかもしれないナオミに対して今一番効果的な言葉をくれたのだ。どういう結果になっても傍にいる、と。

 ナオミは申し訳なさと感謝で胸がいっぱいになった。同時に自分の不甲斐なさが嫌になる。もっと修行が必要だ。


「…コウタ」

「ん?」

「私、いろいろ頑張る」

「んー弱みに付け込んだ側としては何とも言えんが…ま、頑張れ」


 顔だけ振り返り、にかっと笑うコウタにナオミも小さく笑い返した。


「俺も頑張るわ。神様と一戦交える?とかえらいことになってるしなー」

「…そう、だな」

「あー怖がるなって。俺も、ちゃんと護るから」

「お前もか?」

「なんだよその顔。一応何か貰ったし、何とかなるんじゃね?」

「軽いな。よく分からないが、大丈夫か」

「難しく考えたってしゃーねーだろ。やるだけやるさ」


 意味は分からないが、正直コウタのこの調子はナオミの気持ちを軽くした。


「…そうだな。私もやれるだけやるよ」

「いやいや、大人しくしとけって。狙われてる奴がのこのこ出てくんな」

「何かする」

「やめろ無謀だから」

「うるさい、コウタのくせに」

「やっぱお前口悪いよな!?」


 ぎゃいぎゃいと騒ぐ声が少しずつ展望台から離れていく。


 朱鷺色の空が徐々に夜の色に飲み込まれる。

 こうして闇は、3人の臨む決戦までの時をひとつ刻んでいくのであった―――

コウタがナオミにキスをした!

ナオミ、ピンチ!

髪飾りからスイが現れた!


こんな流れも考えてましたが、いろいろ終わる気がして書けませんでした。

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