↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/19

01 神様からの指令 あの世から転生せよ!

「わしは勝ったのか?」

 豊臣秀吉が目を開けると、見知らぬ場所にいた。

 目の前にはどこまでも続く川があった。

 向こう岸は見えない。

 川面には黄色い霧が立ち込めている。

 その向こうに何があるのかも分からない。


「妙なところじゃ・・・」

 秀吉は周囲を見回した。

「誰もおらんのか?」

 返事はなかった。

 天下人が目を覚ましたというのに、出迎える者が一人もいない。

 誰も駆け寄ってこないし、道を空ける人々もいない。

「無礼なところじゃ・・・」

 秀吉はぶつぶつ言いながら歩き始めた。


 しばらくすると、川を渡るための橋が見えてきた。

 そのたもとに、一人の老人が座っていた。

 白いひげを伸ばした老人だった。

 秀吉は、ようやく迎えの者に会えたと思った。

 ところが、老人は秀吉には目もくれず、炊飯器からよそった白飯をもぐもぐと食べていた。


 老人が言った。

「おかず持ってきた?」

「・・・は?」

「唐揚げはないのか、唐揚げは・・・」

 秀吉は言葉を失った。

 老人は道をあけるどころか、ひれ伏しもしない。

「戦国時代から来たのだろう。漬物ぐらい土産にないのかい」

 秀吉がようやく口を開く。

「おぬしは、誰じゃ?」

「神様」

「神様?」

 秀吉は老人の頭から足先までを見た。

「おぬしが神様なのか?」

「ああ」

「ということは・・・」


 秀吉は三途の川を見た。

「ここはあの世か?」

「そうだ。お前は死んだのだ」


 秀吉は黙った。

 死んだ。

 その言葉が、秀吉の中で何度も繰り返された。

 自分が死ねば、豊臣家はどうなる。

 自分が築いた大阪城は。

 家来たちは。

 そして何より――

 天下は。


 秀吉の顔から表情が消えた。

 秀吉は神様にたずねた。

「天下は。天下はどうなった?」

 神様が白飯を食べながら答える。

「家康が獲った」

「家康が天下じゃと?」

「ああ」

 秀吉の声が三途の川に響く。

「誰がそんなことを決めた! わしは認めんぞ。天下はわしのものじゃ!」

 神様は動じない。

「残念だが、家康の天下はこれから二百年以上続くことになる」

「二百年以上?」

 秀吉の頬がぴくりと動く。

 しばらく黙ったあと、秀吉は鼻で笑った。

「二百年ぐらいしか続かなかったのか! わしが生きておったら千年は続いておったわ」


 秀吉は三途の川にかかる橋のほうに向かって歩き出した。

「どこへ行く?」

「決まっておる。あの世の天下を獲りに行くのじゃ。家康に現世はくれてやるが、ここではそうはいかぬ」

 神様はおいしそうに白飯を食べながら秀吉に言った。

「・・・秀吉」

「なんじゃ」

「お前には現世に戻ってもらう」

 秀吉の顔が変わった。

「現世に戻れるのか!」

「ああ」

 秀吉の機嫌が一気に直った。

「ならば話は早い」

 秀吉が拳を握る。

「家康め。首を洗って待っておれよ。さらし首にしてやる」

「ただし!」

 神様は言い放った。

「現世に戻すといっても、お前には別の時代に行ってもらう」

「別の時代?」


 神様は炊飯器の蓋を閉めた。

 カチッ、と小さな音がする。

「2035年だ」

「2035年?」

 神様が炊飯器のボタンを押し始める。

 炊飯器の画面に「2035」に変わる。

 秀吉は何とも言えない顔になった。

「ずいぶん先じゃな。わしが死んでから何年経っておる?」

「四百年以上」

「四百年・・・」

 秀吉は、黄色い霧に覆われた川の向こうを見た。

 自分が生きていた時代からずいぶん経っている。

 その事実に、秀吉は言葉を失いかけた。

 それでも秀吉はすぐに顔を上げてたずねた。

「では、2035年の天下人は誰じゃ?」

「徳川家康だ」

「なに?」

 秀吉の目が見開く。

「家康が?」

「正確には、徳川家康の生まれ変わりだ」

「あの狸は生まれ変わっても天下を獲ったのか!」

 秀吉は歯を食いしばる。


 神様が言った。

「そうだ。だが、2035年の世界ではアイドルとして天下を獲っている」

「あいどる? なんじゃそれは・・・」

「歌ったり、踊ったりして人々を楽しませる仕事だ」

「芸者が天下を獲る時代なのか?」

「まあ、そんな感じだな」

 神様が白飯を食べる手を止めた。

「そこでだ!」

 神様が秀吉を見る。

「お前には2035年に行って、女子高生になってもらう」

「女子高生?」

 秀吉が真顔になった。

「その女子高生というのは、何万石の身分じゃ?」

「2035年にそんなものはない」

「領地は? 城は? 家来は?」

「ない」

「では何を持っておる?」

「スマートフォン」

「それで天下を獲るのか?」

「そうだ」

「よく分からんのう・・・」

 秀吉にとって、天下を獲れるなら、アイドルも戦場も同じだった。


 神様が言った。

「だが、その女子高生には問題がある」

「何じゃ?」

「人を信じられない。仲間もいない。このままではアイドルになれない」

「と言うと?」

「だから、女子高生の中に入る」

「わしが?」

「ああ」

「そして天下を獲る」

 秀吉は腕を組んだ。

「なんだか、よく分からぬ話じゃ。だが、まあよい。家康の好きなようにはさせぬ」

「それと。転生してすぐに、お前はある芸能プロモーターと出会うことになっておる」

「芸能プロモーター? なんじゃ、それは・・・」

「お前が転生する女子高生の運命を変える男だ」

「ほう」

 秀吉は興味を示した。

「どんな男じゃ?」

「よく知ってる男だ」

「誰じゃ?」

 神様が告げた。

「織田信長の生まれ変わりだ」


「・・・」

 秀吉の目が見開く。

「親方様か?」

「ああ」

 秀吉の口元が持ち上がる。

「ならば話は早い」

 秀吉はそれ以上何も言わなかった。

 織田信長。

 それは恐ろしく偉大な男だった。

 天下の道を切り開いた男だった。

 秀吉は百姓から身を起こし、天下人への階段を駆け上がれたのも、信長の家来になれたからだった。

 いつかは追い越したかった男が、再び自分の前に現れる。

 そう考えるだけで秀吉の胸はざわついた。


 三途の川に炊飯器のアラーム音が鳴り響く。

 神様が言った。

「そろそろだな。転生の時間だ」

 神様は炊飯器の蓋に手をかけた。

「2035年に行ってくるがよい」

 炊飯器の蓋が開いた。


 その瞬間。


 白い水蒸気が勢いよく立ち上がった。

「なんじゃ、これは・・・」

 水蒸気は瞬く間に秀吉の足元に広がった。

 秀吉が後ずさりする。

「おい! 何をした!」

「転生だ」

「待て!」

 水蒸気が霧となって秀吉の身体を包み込む。

 秀吉の身体が浮き上がった。

「まだ聞いておらんぞ」

「何を?」

「わしが入れ替わる女子高生というものについてじゃ」

「行けば分かる」

「ふざけるな! 無礼者!」

 秀吉の身体がさらに浮く。


 そして次の瞬間――


 秀吉の身体が水蒸気とともに炊飯器の中に吸い込まれていく。

 秀吉は手を振り回し、必死にもがいた。

「わしは豊臣秀吉じゃぞ!」

 神様がぽつりとつぶやいた。

「ならば、行ってこい。猿」

 炊飯器が秀吉を吸い込んだ。

 神様が炊飯器の蓋をぱたんと閉じた。

 秀吉の叫び声が三途の川にこだまする。

「誰が、猿じゃあああああああああああ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。