かりそめの姿
待ち合わせ場所に指定したのは、校舎のはずれにある、人影の少ない魔導具倉庫だった。埃っぽい匂いと重苦しい静寂が支配するその場所は、人目を忍んで密会するには最適の場所だ。
扉を少し開けて中を覗くと、ユーリは既にそこに立っていた。殺風景な場所でも、その美しい姿は立っているだけで絵になる。
なるべく静かに扉を開けたつもりではあったが、僅かな物音も静寂の中では良く響いていたようだ。即座にユーリは振り向き、柔和な笑みを浮かべた。
「待っていましたよ、愛しきアリス」
「……あ、ええ。急に呼び出してごめんなさい、ユーリ様」
普段の私への態度とのあまりの違いに、思わず一瞬戸惑う。
(コイツ、平民と貴族でこんだけ態度変えてたのか、ムカつく…!)
つい拳を握ってしまいそうになるが、本来の目的を即座に思い出し留まる。
(私の任務は、なるべく長くユーリを引き留めること…令嬢らしからぬ仕草で、悟らせるわけにはいかない)
今頃、ショウはライッサに接触しているだろう。
無事にライッサの協力の元、魔物から魔力を吸い取ることが出来た時には、ショウがここまで来て私に合図を送ってくれる手はずになっている。
彼がやってくるまでは、上手くやらないと。
私は、後で彼が来た時に合図を出しやすいよう、扉を少し開けた状態で中に入る。
するとユーリは一瞬の間のあと迷いなく距離を詰め、私の手を取った。そのまま跪いて、その甲にそっと唇を落とす。
「何をおっしゃるのです。貴女からの誘いを断る理由など、この世に存在しませんよ」
(……ふぅん、こうやってたくさんの女を口説き落としてるってわけね)
今、目の前の彼は、まるで世界で一番大切な宝物を扱うような情熱的な眼差しを私に向けている。
長いまつ毛に縁どられた新緑の瞳が、窓から差し込む朝の光に反射してエメラルドのように煌めいた。
多くの箱入り令嬢は、この瞳を向けられたらイチコロだろう。
「……今日は一段と美しい。その瞳に見つめられるだけで、私は自分が自分でなくなってしまいそうだ」
ユーリは私の腰に手を回し、至近距離まで顔を寄せてくる。吐息がかかるほどの距離。彼の纏う上品な花の匂いと、演技とは思えないほど甘い声に、全て嘘だと分かっていても頭がクラクラしてくる。
(やばい、このままだとユーリのペースに飲まれる…!)
心臓が早鐘を打ち、顔が熱くなるのが自分でもわかる。普段の嫌味な態度はどこへやら、今の彼はまさに完璧な恋人そのもの。脳が警鐘を鳴らしていても、この破壊的な色気に抗うのは至難の業だった。
(でも、今はとにかく時間さえ稼げればいい。このまま流されて適当に恋人ごっこできれば、こちらにとっても好都合…私の身は持たないかもだけど)
手紙には、用件などは書かず、「会いたい」という旨のみ書き記しておいた。
何かの要求や相談をすると、会話の中でボロが出そうで怖かったからだ。
「どうしました? 頬が赤い」
彼は楽しそうに目を細めると、空いた手で私の頬を優しく撫でた。あまりに自然で、かつ洗練された仕草。
「……っ、そ、そうね。ユーリ様の瞳があまりに綺麗だから、少し緊張してしまったわ」
私がそう言った瞬間、ユーリの動きが止まった。
「……今、なんと?」
先ほどまでの甘い空気は一瞬で霧散し、魔道具倉庫の埃っぽい空気が肌を刺した。
「…私は、自分の瞳が嫌いなんです。何故か産みの親ではなく、忌々しい育ての母と同じ色を持つ、この瞳は…私にとって、呪いのようなもの。それは、以前あなたにもお伝えしていて、ずっと瞳だけは褒めないでいてくましたよね」
ユーリは私の手首を強く掴み、逃げ場を塞ぐように顔を近づけてくる。その新緑の瞳には、殺気にも似た冷徹な光が宿っていた。
「それに『ユーリ様』? 普段は呼び捨てで呼ぶくせに、随分と他人行儀じゃないか。……お前、アリスじゃないな」
(しまった、こんなに早くボロが出るなんて…もっと入念に下調べしておくんだった…)
後悔しても後の祭りだが、悔しさに唇をかむ。
掴まれた手首の痛さに顔をしかめ、睨みつけるようにユーリを見上げると、彼もまた鬼のような形相でこちらを睨んでいた。
「変身する魔法か何かか……? 答えないなら、力ずくでその化けの皮を剥いでやる」
ユーリの圧に押され、私は言葉を失った。正体を明かすべきか、それともこのまましらを切るべきか。焦りで思考が混濁した、その時だった。
「きゃあああああああああっ」
微かだが、確かに女性の叫び声がする。
この倉庫は、ショウやライッサの向かった森に近い。
十中八九、ライッサの声だろう。
「ライッサ様…?」
優秀な執事の耳は、どれだけ微かであろうとも主の声を捉えたようだ。彼は私のことなど既に視界にないかのように、掴んでいた手を振り払い、脱兎のごとく倉庫を飛び出していく。
ユーリからの追及から逃れてほっとしたのも束の間、冷静になって状況を理解した頭はすぐに最悪のシミュレーションを展開する。
(もしかして、魔力吸収に失敗して封印が解けてしまった? それとも、予定よりも早くレオの差し金が動いたの……!?)
魔物が現れるまで、まだ時間はあるはずだった。だが、あの悲鳴は間違いなくライッサのものだ。
「お願い、無事でいて……!」
冷たい汗を流しながら、私ははじかれるようにユーリが消えた森の入り口へと走り出した。




