色づき、散る
(…え?)
心臓が耳元にあるんじゃないかと錯覚してしまいそうなほど、鼓動がうるさく響いている。頬にじわりと熱が集まり、顔が赤くなっているのが自分でも分かった。
そんな姿を見せるのが恥ずかしくて俯こうとしたが、顎を掴まれて無理やり目を合わせられる。
せめてもの抵抗として、目線だけは斜め下に向けた。
「ダメ。ちゃんと目、見て」
「な、んでそんな冗談…」
「冗談でこんなこと言うわけねーだろ」
レオはふっと視線を落とし、私の手に自らの手を重ねた。
長机で横並びに座っているので、レオは簡単に距離を詰めてくる。
「昨日、言ってただろ。俺のことを本気で考えて、向き合おうとしてくれる人を大事にしろって…だから、俺はレイナちゃんを大事にしたい。俺と付き合ってください」
レオは再び私の逃げ場を塞ぐように、じっと目をそらさずに見つめてくる。
(…私も、こんな風に真っすぐな好意を向けられたのは、生まれて初めてだな)
前世でも、言い寄って来る男性は何人かいた。だが、それは下心丸出しの嫌らしいアプローチばかりで…こんなに、自分の言葉や行動を通して、好きになってもらったことはない。
だから、純粋に嬉しかった。でも――
(16歳の高校生にメロつく自分、冷静にキモイんだよなぁ…)
私の中にまだ根強く残る27歳の自分が、盛大に警鐘を鳴らす。
中身がアラサーの私が、一回りも年下の男の子にメロついている姿を俯瞰的に見ると、途端に「痛い大人」という自覚が突き刺さる。
それに、彼は私の「固有魔法」を奪った黒幕かもしれないのだ。もし彼が私の魔法を使って、他の悪役〈ヴィラン〉たちや私自身を操ろうとしているのだとしたら?
この告白さえも、私を籠絡するための計画の一部かもしれない。
(それに、いくらゲームの世界で私に主人公補正がかかっているとはいえ、こんなにあっさり落ちるなんてチョロ過ぎる。こんなの、絶対何か裏があるに決まってる…ちゃんと、断ろう)
そう決心して顔を上げると、私が断ろうとしているのを察知したのか、私が話し始める前にレオが続ける。
「もし俺と付き合ってくれたら、絶対後悔させないし、今仲良くしてくれてる女の子たちも全員切る。これからは、レイナちゃんだけ一途に想い続けるって誓うよ」
触れるだけだった手が握られ、レオは畳みかけるように熱烈な告白を続ける。
「返事は今すぐじゃなくていい。でも、俺は本気だから。…これから全力で落としに行くから、覚悟しといて」
そう言って、彼は二カッと子供のように無邪気な笑みを浮かべた。高校生離れした色気を放つ彼にしては、年相応の稚拙な、だけど素直な言動。その一生懸命な姿を見ていると、毒気を抜かれたような気持ちになる。
(これで心を動かされちゃうなんて…私も、大概チョロいのかもな)
私は握られていない方の手を彼の手に重ねる。握られている時点で気づいてはいたが、その手は少し震えていた。凛とした印象の切れ長の目も、今は不安そうに瞳を揺らしている。
齢16の少年が、こんな演技なんて出来るだろうか。彼がぶつけてきたこの想いは、信じてみてもいい気がした。
(それに、中身はどうあれ今の私は、れっきとした女子高生なんだしね! 同じ高校生の男の子と恋しても何もおかしいことじゃないんだから、気にするだけ無駄ってもんよね)
「うん、わかった…ありがとね、レオ」
今はまだ、レオとの恋愛に集中できるような状態ではないし、すぐに答えを出すことはできないけれど――全てが終わったら、彼の気持ちに応えてみるのもいいかもしれない。
「レイナ、離れろっ!」
視聴覚室の扉が激しい音を立てて開け放たれた。
甘ったるい空気が、鋭い声に切り裂かれて一瞬で霧散する。
「ショウ君!?」
立っていたのは、呼吸を乱したショウだった。
彼は驚愕に目を見開くレオを視界にも入れず、私の腕を強引に掴み寄せた。
「お前、何して――」
レオが叫ぼうとした瞬間、ショウはポケットから転移魔法陣が書かれた紙切れを取り出す。
「……っ」
一瞬、視界が白く塗りつぶされる。
浮遊感のあと、私たちの足裏は冷たい石造りの床を叩いた。
「……ここ、は?」
突然の出来事に、未だに理解が追い付かない。かろうじて疑問を口に出すも、その声はひどく弱弱しくなった。
「…急にこんなことしてすまない。ここは、寮の俺の部屋だ」
そこは、物が少なく淡白な部屋だった。一流の学園の寮なだけあって広さはあるが、あまりにも娯楽要素がなくまるで独房のようだ。
私は状況を理解したことでようやく気持ちが落ち着き、自分を攫ったショウを問い詰めようと口を開きかけたが、
「単刀直入に言う。レオは、お前を殺そうとしている。もう近づかないほうがいい」
ショウの冷徹な、けれど確信に満ちた声で、先ほどまで浮ついていたのが噓みたいに気持ちをどん底まで突き落とした。




