第三十話「無礼者」
九重は身を挺してレーナを庇った。
その小さな身体が自分を守ってくれたことに、レーナの胸は熱く震える。
「教授様……!」
思わず彼を抱きしめた。
だが――九重は胸の中で身動きが取れず、顔をしかめる。
「……放してくれたまえ。窒息しそうだ」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて手を放すと、九重は服を直し、慎重に落下物へ歩み寄った。
「……ふむ」
亡骸には、奇妙な貴金属が絡みついていた。
装飾とも枷ともつかぬそれは、名状しがたい光沢を放っている。
「なるほど、こうなるのか」
「どけ!」
不意に甲冑の騎士が九重を乱暴に突き飛ばした。
小さな身体は容易く転がり、地に叩きつけられる。
騎士は九重を無視し、亡骸と貴金属を回収した。
「――っ!」
レーナの双眸が激しく揺れる。
次の瞬間には騎士の胸倉を掴んでいた。
「教授様に何をする!」
鋭い声と共に拳を振り抜き、騎士は壁に叩きつけられて呻いた。
周囲の騎士たちが槍を構え、二人を取り囲む。
レーナが身構えた、その時――
「待ちなさい」
低い声が場を制した。
騎士たちは槍を引き、背を正す。
現れたのは、深緑の衣を纏った初老の男。
髭を蓄え、頭髪は薄く、目じりには深い皴が刻まれている。
「私はエルメナス公国の元・異端観測官、ゼキアと申します。レーナ・ヴィアネッタ殿ですね?」
「……えぇ」
レーナは老人の顔を鋭く見据えた。
その立ち姿は冷静だが、指先にはわずかに力がこもっている。
「ミルゼア教国で最高の異端観測官。……総会にて、その名を耳にしたことがありますぞ」
「私も……元・異端観測官です。そんなことより、教授様に謝罪を」
「おっと……失礼しました」
ゼキアは慌てて九重の前に跪き、芝居がかった笑顔を浮かべる。
「ごめんね坊や。痛くなかったかい? アメ食べる?」
「無礼者!」
レーナの平手が飛んだ。
▼次回「暗黙の案内」
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