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第1章21話:バス揺られて、恋の音色

放課後の喧騒を乗せたバスが、安中市街へ向けて走り出す。

部活動を終え、へとへとにな った高校生たちがシートに身を沈める中、一番後ろの席に座る吹奏楽部部長の大橋拓真と、 副部長の緑川紗希は、小声で今日の出来事を話し合っていた。車窓を流れる夕暮れの景色が、 二人の横顔を淡く照らす。


「今日の基礎練、友理(鳴瀬友理)のホルン、一段と良くなってたな」


拓真がぽつりと呟いた。彼の声には、部長としての厳しさの中に、確かな期待と喜びが滲

んでいた。

紗希は、手に持っていた楽譜を膝に置き、ふわりと笑った。


「うん。鳴瀬さん、本当にすごいよね。まだ一年生なのに、あのホルンの音色。佐々木先生も、すごく期待してるみたい」


「ああ。あいつは、間違いなく来年の部の柱になる」


拓真はそう言いながら、そっと紗希の指先に触れた。

バスの微かな揺れに合わせて、二人の指が、まるでハーモニーを奏でるかのように重なり合う。


「それにしても、友理ちゃん、よく吹奏楽部に入ってくれたよね」


紗希は、少し感慨深げに呟いた。


「東京の強豪校にいたって聞いてたから、安中榛名(うち)の吹奏楽部じゃ、物足りないんじゃないかって心配してたんだ」


「そんなことないさ」

拓真は優しく紗希の指を握りしめた。

「あいつは、俺たちの音に何かを感じてくれたんだ。それに、あいつの目は、全国の、

もっと上を見てる。そういう真っ直ぐな奴だよ」


バスは、市街地の中心部へと近づいていく。夕食の準備をする家庭の明かりが、点々と窓に灯り始めた。二人の会話は、部活動の話から、自然と個人的なものへと移っていく。


「そういえばさ、拓真」


「ん?」


「最近、練習が大変だから、ちょっと息抜きしない?」


紗希の声は、まるでトランペットの優しいソロのように、拓真の心に響いた。拓真は、顔には出さないものの、内心で喜びが弾けるのを感じていた。


「いいな。何か食べに行くか?」


「うん! 駅の立ち食い蕎麦屋さん、知ってる? あそこ、蕎麦も美味しいんだけど、注文し たら荻野屋の釜飯も買えるんだって。今度の日曜日、練習の後に行ってみない?」


紗希の目がキラキラと輝く。彼女の笑顔は、いつも部活の雰囲気を明るくしてくれる、太陽のような存在だ


「お、釜飯はいいな! それは知らなかった。じゃあ、今度の日曜日、決定だな」


「うん!」


二人の間には、言葉にはできない、温かい空気が流れていた。吹奏楽部という共通の情熱 が、二人の心を強く結びつけている。全国大会という大きな目標に向かって、共に汗を流し、 喜びや悩みを分かち合う日々が、二人の絆を深めていく。


「ねぇ、拓真」


「どうした?」


「全国大会、絶対に行きたいね」


紗希の声には、強い決意と、少しばかりの不安が入り混じっていた。 拓真は、紗希の頭を 優しく撫でた。


「もちろんさ。俺たちが、この安中榛名高校吹奏楽部を、全国に連れていくんだ。そして、そこで最高の音を響かせる。そのために、俺たちがいるんだから」


「うん......!」


紗希は、拓真の言葉に力強く頷いた。

バスは、やがて安中市街の中心部に到着した。二人が降りるバス停だ。駅前には、小さなコンビニの明かりがポツンと灯っているだけだ。


「じゃあ、また明日、部活でね」


「ああ、気をつけて帰れよ」


バスを降りた二人は、少し離れて歩き出す。しかし、バスが見えなくなる角を曲がると、拓真はすぐに紗希の隣に駆け寄った。


「紗希」


「なに?」


拓真は、繋いだ手の指をそっと絡めた。その指先から伝わる温かさに、紗希は小さく息をの んだ。


「いつも、ありがとう」


「こちらこそ......」


夕暮れの道を、二人の影が並んで伸びていく。 安中榛名高校吹奏楽部の部長と副部長。 そ して、互いに支え合い、高め合う恋人同士。


彼らの音楽は、全国の舞台へと響き渡るだけでなく、二人の心の中で、温かく、そして力強く奏でられ続けていくのだろう。

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