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第1章19話:駅前のたまり場

コンクール曲が発表され、安中榛名高校吹奏楽部の練習は、これまでの基礎練習中心から、 合奏練習へと移行し、一気に熱を帯びていった。


それぞれのパートで、コンクール曲の難しいフレーズを攻略しようと、部員たちは休み時 間も惜しんで自主練に励む。そんな熱気に包まれた日々の中、音羽杏菜、高峰春菜、鳴瀬友 理の 1 年生トリオは、部活終わりに安中榛名駅前のコンビニに立ち寄るのが日課になってい た。


放課後の部活を終え、楽器を抱えて安中榛名駅へと向かう帰り道。すっかり日も傾き、空には茜色のグラデーションが広がる。

杏菜の足取りは、まだ覚束ないクラリネットの練習で疲労困憊だったが、友理と春菜とのおしゃべりで、その疲れも和らいでいった。


「あー、疲れた!今日の合奏、ホルンソロ、鳴瀬ちゃん完璧だったね!鳥肌立ったもん!」


春菜が、駅前のコンビニの自動ドアが開くと同時に、涼しい店内に吸い込まれながら言った。

友理は少し照れたように笑った。


「ありがとう。でも、まだまだ課題も多いよ。特に表現の部分は、もっと深くしないと」


「鳴瀬ちゃんはいつもそう言うけどさー、うちの部活のホルンパート、鳴瀬ちゃんが来てから、めちゃくちゃ引き締まったもんね。先輩たちも、明らかに気合い入ってるし」


春菜は、アイスケースの前でどれにしようか迷いながら続けた。

杏菜は、お菓子の棚を眺めながら、うんうんと頷いた。


「うん!私も、友理ちゃんのホルン聴くと、すごいなって思う。私も早く、あんな風に吹けるようになりたいなぁ」


友理は、杏菜に優しい視線を向けた。


「杏菜ちゃんも、毎日頑張ってるもんね。音がどんどんしっかりしてきてるよ」


杏菜は、その言葉に顔を赤らめた。


「ほんと!?嬉しい!」


それぞれ、アイスやお菓子、飲み物を選び、レジで会計を済ませる。

コンビニを出ると、もう外は薄暗くなっていた。駅前と言っても、この時間帯になると人通りもまばらで、駅舎の明かりとコンビニの光だけが、ぽつんと灯っている。


「ここもさ、なんか落ち着くよね。部活の後、ここでアイス食べるの、最高」


春菜が、カップアイスの蓋を開けながら言った。


「わかる!私、この時間が一番好きかも」


杏菜も、チョコレート菓子を袋から取り出した。 友理は、ペットボトルのお茶を一口飲んで、ふっと笑った。


「ここは、東京の駅前とは全然 違うね。でも、それがいいのかもしれない。ここは田舎で、駅前もコンビニしかないもん」


春菜は、友理の言葉に大きく同意した。


「そうそう!飲食なんて改札出たとこの、立ち食いそばしかないもん!しかも、あのおじちゃん、無愛想だし。部活帰りに行く気にもならないし」


杏菜は、想像しただけでブルッと震えた。

「あそこで食べるのなんか無理〜!」


三人は顔を見合わせて、小さく笑い合った。都会の喧騒を知る友理にとって、この安中榛名の静かな駅前は、新鮮であり、どこか懐かしさすら感じさせる場所だった。


春菜にとっては、中学時代からの慣れ親しんだ風景であり、再び吹奏楽に打ち込める喜びを感じる場所。そして杏菜にとっては、初めて楽器に触れ、新しい世界に足を踏み入れたばかりの、大切な拠点だった。


「でも、こういう、何もない感じが、逆に落ち着くんだよね。東京だと、どこ行っても人が多すぎて、一人になれる場所がないもん」


友理は、少し寂しそうな、しかし穏やかな声で呟いた。

その言葉に、杏菜と春菜は顔を見合わせた。友理が抱えてきた、都会での重圧や孤独感を、 二人は言葉にせずとも感じ取っていた。


「そっか......じゃあ、ここ、鳴瀬ちゃんの『秘密基地』だね!」


春菜が、いたずらっぽく笑った。

友理は、はにかむように微笑んだ。


「うん。秘密基地」


「じゃあさ、私たちも『秘密基地メンバー』だね!」


杏菜も、笑顔で言った。

三人は、アイスやお菓子を食べながら、今日の部活のこと、来月のテストのこと、週末の過ごし方、そして将来の夢について、たわいもないおしゃべりを続けた。


春菜は、吹奏楽コンクールの自由曲『鳳凰の舞』について熱く語り始めた。


「あの曲、トランペットもソロがあるんだよね。絶対、吹けるようになる!今年こそ、全国行くんだから!」


友理は、春菜の言葉に力強く頷いた。


「うん、絶対に行こう。私も、この曲で、最高の音を奏でたい」


杏菜は、二人の会話に耳を傾けながら、心の中で強く誓った。


(私も、もっともっと頑張って、いつか、みんなと一緒にあの曲を吹きたい。そして、全国大会の舞台に立ちたい!)


コンクール曲が発表されて以来、部全体にはこれまで以上の緊張感と高揚感が漂っていた。 特に、友理の圧倒的な演奏は、部員全員にとって最高の刺激となっていた。友理自身も、部長や副部長、そして顧問との対話を経て、自分の才能を惜しみなく発揮し、周囲を引っ張っ ていくことを決意していた。


しかし、同時に、コンクールのメンバー選考という、避けては通れない壁が迫っていた。 特に、杏菜にとっては、その壁はあまりにも高く、険しいものだった。だが、この駅前のコ ンビニでのささやかな時間と、春菜、友理との友情が、彼女を支える大きな力となっていた。


茜色に染まっていた空は、すっかり紺碧に変わり、星々が瞬き始めていた。

三人の笑い声 が、静かな駅前に響き渡り、新しい友情と、未来への希望を乗せて、夜空へと消えていった。

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