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夢の具現化能力

 ハンナは迷いながらも、最後の一本を擦った。

 かじかんで震える指先で、何度も失敗しながら。


「マッチの精さん、最後の一本よ。どうか私たちの願いを叶えて下さい」


 ハンナの瞳は、晴れた真冬の空のように澄んでいた。

 星々を映し込んだようにキラキラと輝いていた。

 街灯の少ないこの時代、手が届かなくとも満天に、星の世界が広がっている。

 だから昔から死後に望みをかけて『死んだらお星さまになる』と言うのだろう。


 でも、そんなのって悲しすぎやしないか?

 ハンナにはたとえ小さくとも、その手に届く灯りを瞳に映して欲しい。


 だがネロ。オマエは別だ。

 絵の才能で世界に名を知らしめたいだの、宮殿を立てたいだの、結婚を認めさせたいだの、ぶっとび過ぎてて救いようがない。



 具現化した木炭にマッチの火を移し、ハンナに持たせる。


「お前たちの願い、叶えてやろう――」


 二人は神妙な面持ちで、俺の胸のロザリオを見つめている。


「――ただしネロ。お前がバトルで俺に勝てたらな!!」



 ネロに驚く暇を与えぬまま、俺はさらに二組の『紙』と『木炭』を具現化した。


「お前の渇望する望みを、火が消えるまでの間に描いてみせろ!」


 ネロがスタートラインに立つまでの間にも、灯火の木炭はどんどん短くなってゆく。




 前世での俺は画家だった。

 世間的には『いい歳してコンビニのバイトをして暮らす、独り身のおっさん』でしかなかったが。

 それでも俺は自ら『画家』と名乗って、はばからなかった。


 ロザリオの彼女にフラれたのも、本当は俺が画家という夢ばかりを追いかけていたからだ。

 コンクールで賞を取って有名になれば、彼女は俺の元へ戻って来る。

 そう自分に言い聞かせて筆を執り続けた。



「どうしたネロ。渇望を絵にするのがそんなに怖いか。それとも構図に悩んでいるのか? 甘い甘い。絵画の勝負がフェアだなんて思っていたのか。俺はお前たちがマッチを擦るか擦らないか迷ってまごまごしている内に、とっくに題材も構図も決定済みなんだよ!」


 俺に煽られ、火を灯すハンナに見つめられ、ネロはようやく紙に線を引き始めた。



 ネロ。確かにお前には才能があるのかも知れない。

 でもな。

 俺だって昔は『村始まって以来の神童』だなんて呼ばれていたんだぜ。

 子どもの絵画コンクールにだって、何度も優勝したさ。


 それなのにな。

 絵の才能があるやつなんて、世の中にはゴロゴロしているんだよ。


『この貧しさも絵で有名になるまでの辛抱』

 そう言い聞かせながら潰れ潰されしていった奴を、俺は山ほど見てきた。

 才能や気力の枯渇、いい絵への世間の無理解、嫉妬と策略、パトロン詐欺、不運、健康喪失……そういった諸々のハードルに足をとられて、一人また一人と消えていったんだ。

 そうしている間にも、才能を持った若いやつらが、どんどん生まれてくる。



 ルーベンスの『キリストの降架』をお前はどう見た?

 正しい人が無実の罪を負わされ、槍玉にあげられ、死後その正しさが認められ、悔いた人々が改心する絵?

 それはこの絵から受ける感想の、ごく一面にすぎない。


 キリスト様の死に顔はどう描かれていた?

 怨みか、安堵か、絶望か、虚無感か。

 怒りか、悲しみか、本望か、創世感か。

 お前なら、どう描く?どう描きたい?


 誰かが無理やり昇らせた十字架なら、誰かが降ろしてもくれるだろう。

 でもな。

 自分で選び決意して昇った夢の舞台からは、おいそれと自分じゃ降りられないんだよ。

 考えてもみろよ。

 それまでの人生を……余暇も恋愛も金銭もご馳走も……普通の暮らしを全て投げうって、ホッと息つく間もなく描き続けてきたのに……手ぶらで帰れるかよ!?


 まだ夢を何も叶えていないのに、天国になんか行けるかよ!!



「そこまで!」


 ハンナが俺とネロを制止し、木炭の筆を止めさせた。

 どうやら火の寿命がそろそろやってくるらしい。


 俺の使い残した木炭を奪って火を移すと、ハンナは二人の作品を見比べた。

 ネロの絵は『天国へ登っていく犬と少年』。

 俺の絵は『木漏れ日の道を歩き続ける、少年と少女』。


「ねぇ、マッチの精さん。勝敗ってどうやって決めるの?」

「あれは勢いづけに言ってみただけだ。絵に勝敗なんてあるもんか」


 勝つか負けるかなんてどうでもいい。

 絵画の世界には、描くか描かないかしかないのだから。



「おじさん……僕、『絵の才能』ってのが何なのか、良く判らなくなってきたよ」

「だよな。うわべのテクニックをチヤホヤするだけの、浅いパトロンには着いていくなよ。クソみたいなご機嫌取りの絵を死ぬまで描かされ続けるぞ」

「…………。」

「若いんだから夢はでかくたって構わない。でもな。俺が描いた絵の世界に少しでも未練を感じるなら。大きすぎる火に身を焦がさずに、しつかりした『かまど』を持って持続させろ」

「…………でも。」


 ネロは手にした短い木炭で火を延命しながら、半泣きの顔で俺を見返した。


「麦挽き小屋の火事のせいで仕事が無くなったんだ。コゼツの旦那が僕を犯人扱いしたから、村の人たちも僕から牛乳を買ってくれないんだ」

「あぁ、それな。確かにお前は放火の犯人じゃない」

「私のせいだ……私が水車小屋で火を炊いたりしたから」


 ハンナが青白い顔をさらに暗くして、木炭の燃えカスを握りしめた。


「それは違うよ。僕に疑いがかかっているのは『風車の』麦挽き小屋だから」

「実は両方の放火の犯人を俺は知ってる……犯人は……の……爺……」


 しまった!木炭の火が燃え尽きてしまう!!

 力を使い切ったのか、新しい木炭も具現化できない。


「おじさん、真犯人は誰!?」


 自らの作品に火を移したネロが、かろうじて俺をこの世に引き戻した。


「実行犯は今朝の歯抜けの爺さんで、昨夜のエロジジイが黒幕だ。爺さんは借金で強請(ゆす)られてる……もうじ……波止場……キースリン……穀物庫……」

「マッチの精さん!行かないで!」

「二人とも……幸せに……」


     *


 まともな別れの言葉も交わすことができないまま俺は、暗闇に引きずり込まれた。

 眠りにつくには、ここは寒すぎる。


 やがて、ハンナとネロの世界に運んできた『星雲鉄道』が、静かに迎えにやって来た。

 けれども粉雪の舞うホームに立ち、俺は乗るか乗るまいか心を決めかねていた。


 なにせ渾身の一枚を描いてしまったからな。

 満足感で未練の残り火も昇華してしまった。



 景色が黒一色に飲み込まれ、俺は静かに息を引き取……。


     *


 目が覚めると、小さな暖炉のある部屋に俺は立っていた。


「やった!来た来た!」

「ほら見ろ。ちゃんと呼べただろ?」

「マッチの精さん。私たちのこと、覚えてる?」


 一瞬、見間違いかと思ったが、少しだけたくましくなったネロと、つぎはぎのない洋服を着たハンナが顔をほころばせていた。

 ……これはいったいどういうことだ?


「あの時は、ちゃんとお礼も言えなくて」

「僕たち、一緒に頑張ってみることにしたんだ」

「マッチの精さん、本当にありがとう!」


 ハンナとネロが、表情に精気を取り戻しているのは嬉しいことなのだが。


 お前ら……。

 そんなイチャコラを見せつけるために、『俺の傑作』を燃やしやがったのかよ!!?


 ……くそっ。

 星雲鉄道に乗って、新作でも描きに行くか。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

トゥルー・エンディングは間に合いませんでしたが、連載に戻りたいのでこれにてお終い!

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