絶対的に秩序的な存在たち
世界には、”秩序の勢力”というものが、屹然と存在する。
彼らは盟主、絶対の秩序に従い、主観を排して、絶対の秩序的世界の為だけに生きて、存在している。
彼らの言う、”絶対の秩序”とは、果たしてなんだろうか?
主観での秩序の定義、概念にイデアを含めた全ては曖昧である。
だから秩序とは、全世界に対してプラスになること、と分かるだろう。
そして特定の何かが、全世界にプラスになるかどうかは、神のレベルの客観でなければ絶対の裁定は不可能。
その裁定者、その神的存在が、彼らの盟主なのだろう。
全世界は現在、だいたい八対二の黄金比の法則で成り立っている。
これは分かり易く表現すると、弱者と強者、劣等者と優等者、低次元と高次元。
つまりはピラミッド構造のように、絶対の法則性と不文律の元に確立しているのだ。
そして、これは秩序と混沌の関係性にも、当然に言えることなのだ。
世界にプラスになるか、マイナスになるか、である。
しかし、秩序勢力は、ある一つの存在たちを除いての、全てを許容すると言明している。
彼らは自らを、現世界における神的存在と言って憚らない。
神であるなら、無限の強さによって、無限の弱さを許し、つまりは許容できて当然となる理屈法則だ。
彼らが唯一許容できないのは、自らの絶対対極的存在である、絶対の混沌の勢力だけである。
世界を絶対に憎悪し、世界を怨敵として、ただただ悦楽と享楽、快楽の為に利用し踏み台にする、そんな存在達だ。
世界を絶対に愛する、秩序に対する明確なる敵たる彼らだけを、秩序は世界から絶対に排するべき存在と定義づける。
矯正不可能で、共存も不可能、ただただ対立するしか、彼彼らはないのだ。
絶対に自己満足、自己本位・完結的にしか生きれない人間、の話で秩序を語ろう。
主観的存在である人間は、どのように、このような秩序を体現するのだろうか?
一言で裁断するなら、それは不可能である。
神のレベルの精神は、知的生命体人間では、到底たどり着けない境地であろう。
だから、所詮は自己の存在する階層段階次元水準レベルを基準指標として。
自分より劣等者は混沌と定義し、優等者は秩序と定義する他に術はないのだ。
そも、全世界にプラスになるかマイナスになるか、これを判断できるのが無理である。
無限に世界は広いので、神でない主観存在が秩序と定義しても、上位世界から見れば混沌と決定される事もあるのだ。
だから、秩序を混沌の絶対判断を行えるのは、神レベルの存在のステータス以外にありえない。
全世界を俯瞰し、特定の何かが絶対に混沌か秩序かを、判断できるのは神だけであるのだ。




