第1話 異形の冒険者
僕の名前は、ラート・オリヴァー
人里離れた森の中で暮らしている。冒険者として働き、お金や研究に必要な素材を集めながら、魔人病という病気の治療薬の開発を目指している。
なぜなら、僕自身が魔人病だからだ。
ラートが冒険者ギルドの扉を開くと、外まで聞こえてきた活気が嘘のように静まり返り、皆コソコソと話し始める。
無理もない。色あせた白衣を纏い、腰には試験管やポーションの瓶をいくつもぶら下げたベルト、首元には使い込まれたゴーグル。一見すれば旅の研究者然とした出で立ちだが、その前髪の隙間から覗く瞳は血のように赤く、もつれた黒髪の合間からは捻れた漆黒の角が覗いている。白衣の裾の向こうには、苛立つように揺れる尻尾の先端。耳は人のそれよりも長く尖り、薄闇の中でもなお異様な気配を放っていた。
「おい、見ろよあれ」
「なんだよあれ?なんで人型の魔物がこんなところに」
「お前、魔人病って知らないのかよ」
「魔人病?知らないなー」
「魔物のように体が変形しちゃう病気だよ」
「角や尻尾が生えてるのに人間ってことかい?」
「そうなんだよ。だが、いつの日か完全に魔物になって人の心も失うとかなんとか。移されたくなかったら近づかないこった」
「移るのかあれ?なんと恐ろしい…」
魔人病とは高すぎる魔力を持って生まれた人に現れる病気だ。その病気の大きな特徴は、僕のように魔物のような外見になってしまうことだ。
先天性のもので感染などにより広がるといった事例はまだ確認されていないが、発症自体がかなり稀であまり広く知られていないのが現状である。魔人病の者は人とは思えない見てくれのせいで、忌み嫌われているのだ。
「このクエストを受けたい」
とクエストボードに貼られていたスライムキング討伐の依頼書と一緒に冒険者手形を渡す。
「はい…C級のオリヴァーさんですね。スライムキングはD級相当の魔物ではありますが、通常パーティーで討伐する大型です。一緒に参加される方がいるなら、その方の冒険者手形も提出いただかないと困ります…」
新人なのだろうか、初めて見る顔だ。胸元のプレートにはリアーナと書かれている。普通なら、僕みたいなのは、のたれ死んでも困らないからと受注条件さえ満たしていれば、何も言われないことが多いのだが。きっとリアーナさんは真面目な人なのだろう。
「ご忠告感謝する。しかし、この通り僕とパーティーを組んでくれる物好きなどいないさ。スライムキングは過去にも1人で討伐したことがあるから問題はないよ」
「いえ、失礼いたしました…」
と一度深くお辞儀をしてから、依頼書に判を押してくれた。人と同じように接してもらえたのはいつぶりだっただろうか。少し驚き、一瞬動きが固まったが、
「気にしないでくれ、いつものことさ」
と言い残し、依頼書を持ってギルドを後にした。
討伐対象のスライムキングを探して、森をひたすら西に進む。この森はスライムやゴブリンといった低級の魔物の生息域である。スライムの中には稀に共食いを覚え、他のスライムを捕食しサイズや魔力量が膨大になる個体が現れることがある。それがスライムキングである。
ここ一体の草が項垂れている。まるで重い何かに踏まれたかのように。どうやら、ここを通ったようだ。その後を真っ直ぐ辿って行くと、遂に見つけた。
木陰から様子を伺う。まだこちらには気づいていないようだ。炎魔法の詠唱を始める。スライムキングの一番恐ろしいのは、耐久力の高さ。液体のようなボディーには物理攻撃はほぼ効かない。魔法であっても威力が弱いと魔力を消費してすぐ元に戻ってしまうのだ。つまり、スライムキングを倒すには、魔力切れを起こすまでダメージを与え続けるか、もしくは回復ができないほどの強力な一撃をお見舞いする必要があるーー
「メガファイヤー」
巨大な炎の弾が見事スライムキングに命中する。
「ギィーーー」
炎に包まれたスライムキングの肉体は沸騰した水のようにボコボコと泡立ちみるみる縮んでいった。
ゴトン
と青色の魔石が落ちてくる。魔物には人間で言う心臓にあたる核と呼ばれる部位がある。その核は破壊されると絶命し、魔石となるのだ。
あたりは薄暗くなってきている。僕は魔石を回収し、ギルドへの道を急いでいた。
「キャー!来ないでよ!あっち行ってよ!」
どこからか叫び声が聞こえてきた。辺りを見回して見るが、この場所からは見えない。尻尾で木の幹を掴み、一気に高いところまで登る。
「あそこか…」
ーー
1人の少女に体長4メートルはありそうな巨大な魔物が大口を開けてすぐそこまで迫っていた。
少女は足を挫いたのか、地面に腰をつき必死に後退りをしている。
どうして?こんなことになっちゃったんだろ…。何か悪いことでもしましたか?私はただ、弟のために…
私はテオ・ミレッダ。本日冒険者になったばかりのF級冒険者である。まずは、簡単なクエストからと薬草採取を受注し、この森へ。薬草を見分けるのに意外と時間がかかってしまい、気づいたら、周りは薄暗くなっていた。簡単なクエストだからか期限はなかった。だから、今日は早めに上がって、明日また続きをやればいいと思っていたところに、どこからか突然この巨大な魔物が現れたのだ。得意の雷魔法を唱えたが、私の威力では全然効いていなった。
これで最後か…あっけなかったな…
死を受けいれようとした時に、大きな何かに身体を掴まれ、そして放り出された。
「早く、逃げろ!ここは僕がなんとかする!」
助けてくれた青年には、黒く捻れた角と、苛立つように地面を叩く尻尾が生えていた。月明かりに照らされたその瞳は、燃えるような赤。白衣の裾を翻しながら魔物の前に立ちはだかる姿は、まるで物語に出てくる悪魔のようで――状況が理解できず固まっていると
「何してる!早く逃げろ!」
その声で我に返った私は全速力でその場を後にした。
ーー
かっこつけて出てきたはいいものの、なんでこんなところにレッサードラゴンがいるんだ。レッサードラゴンはC等級の魔物で本来なら洞窟などに住んでいるはず。原因については後でゆっくり考えればいい。
僕はC等級の冒険者ではあるが、強い魔物を討伐して昇級したわけではなく、確実に倒せるものをコツコツこなしてきた。つまり、質ではなく量でここまで来たのだ。C等級との戦闘はこれが初となる。
睨み合いが続く。彼女が援軍を呼んでくれることに賭けて、このまま時間稼ぎをするか…。いや、彼女は俺の姿をはっきりと見ていた。援軍は期待できない。そうなるとコイツを僕一人でどうにかしないといけないのか…。
続く




