第81話 サービスエリア。
高速道路を走り始めて、それなりの時間が経過した。
ここまでの進行は決して悪くはない。だが、錬金術を連続で行使し続けている影響で魔力の消耗は想像以上に激しく、このまま無理に進めば目的地に辿り着く前に魔力が尽きる可能性の方が高く、そうなれば前回と同じように数日間寝込むことになるのは目に見えている。
だからこそ、ここで一度確実に休息を挟む必要があった。
そう判断した俺達は、休憩地点として高速道路沿いにあるサービスエリアへと入ることにする。
選んだ場所は――豊田上郷SA。
比較的規模が大きく、飲食施設や休憩スペースも充実している場所であり、本来であれば長距離移動の途中でしっかりと体力を回復させるには最適な環境だと言える。
だが――それは“平時の話”だ。
これだけの規模を持つ場所であれば、人の流入も多かったはずであり、当然ながらゾンビの数も比例して増えていることは容易に想像できる。
「これで最後ね。正人ーー!!全部の処理が終わったよ。もう来ていいよー!!」
祈の声が響く頃には、既に戦闘は終わっていた。
リタ、リル、そして祈の三人によって、周囲にいたゾンビはほぼ一方的に殲滅されており、その動きには一切の無駄がない。リルとリタの戦力は言うまでもなく圧倒的だが、それに加えて祈の動きもここ数日の訓練によって明らかに洗練されており、反応速度、射撃精度、判断力の全てにおいて、既に俺達と同等の域にまで到達していた。
もはや“普通の女子高生”という枠組みには収まらない力だ。
「へへ~~どう?速くなかった?」
振り返りながらそう言ってくる祈は、明らかに褒められることを期待しており、その仕草に苦笑しつつも、俺は自然と手を伸ばしてその頭を軽く撫でる。
「あぁ、速かった。ありがとう。」
短い言葉ではあるが、それだけで十分に伝わる。
祈は満足そうに笑みを浮かべ、そのまま俺達はサービスエリアの建物内へと足を踏み入れた。
――その瞬間。
鼻を突くような腐敗臭が、容赦なく襲いかかってくる。
生臭さと酸味が混ざり合ったような、長時間放置された血液と腐肉の匂いが空気に溶け込み、呼吸をするだけで喉の奥に張り付くような不快感が残る。床には黒ずんだ血痕が広がり、乾ききっていない部分には靴底がわずかに粘りつく感触すらあった。
店内の陳列棚は倒れ、商品は散乱し、テーブルや椅子も無造作にひっくり返されており、ここでどれほどの混乱が起きたのかを物語っている。
「‥‥これは、長く居られる場所じゃないな。」
視線を巡らせながら呟く。
空気の淀み方が異常だ。換気など期待できる状態ではなく、ここで長時間休憩を取るのは現実的ではない。
「外もダメ、ここもダメか‥‥」
祈が小さく呟く声を聞きながらも、屋外での休息はゾンビの接近リスクが高すぎる以上、この場に留まり続ける選択肢は現実的ではないと即座に判断し、ならば一度拠点へ戻るしかないと決断した俺は、そのまま視線を室内へと走らせると、店舗の奥にある従業員用と思われる扉を見つける。
「‥‥この扉でいいか。」
そう呟きながらその前へと歩み寄り、扉の前に立った俺は残り少ない魔力を慎重に練り上げながら意識を集中させる。
『扉渡り』――それは単なる転移ではなく、空間そのものに“中継点”を作り出し、入口と出口を強制的に繋げる技術だ。
まず、目の前の扉を起点にして、その先に通常の空間とは切り離された“無干渉領域”を生成する。この空間は外界から完全に隔離されており、時間や物理的干渉も極限まで排除された、一時的な中継通路のようなものだ。
次に、その空間の“出口”を事前に設定しておいた拠点の自室の扉へと接続することで、入口から入った瞬間に別の場所へと移動できる構造を完成させる。
つまり、この扉は“入口”であり、その先にあるのは通路、そして繋がる先は拠点というわけだ。
さらに、この空間には識別用として“色”の概念を付与している。同じ構造の扉を複数作った場合でも、この色を一致させることで対応する空間へと正確に接続することが可能となり、逆に設定されていない色のままでは、ただの扉としてしか機能しない。
つまり、この“色”が鍵の役割を果たしている。
「‥‥行くぞ。」
短く告げて扉を開くと、視界が一瞬歪み、空気の質が変わるのをはっきりと感じながら意識がわずかに浮くような感覚に包まれ、そのまま景色が切り替わるようにして次の瞬間には俺達は拠点へと戻っていた。
そして、その帰還を迎えたのは――
新たに拠点の総管理を任せているホムンクルスの『リア』だった。




