第103話 予想外なことにも対応できる。
戦闘が本格的に始まった瞬間、その場所には銃声や斬撃音は更に激しさを増し響き渡っており、ゾンビの腐敗臭と血の臭いが入り混じった重苦しい空気が充満していた。
「リタ!!戦端を切り開け!!このままじゃあ囲まれるッ!!」
正人の怒声にも近い指示を聞いたリタは返事を返すことなく地面を強く蹴り抜き、その小柄な身体を弾丸のような速度で前方へ飛び出させると、入口を塞ぐように密集しているゾンビの群れへ一直線に突っ込んで行った。
両手に握られたダガーが凄まじい速度で振るわれる度に、ゾンビ達の首や腕が次々に切断され、腐敗した肉が裂ける生々しい音と共に大量の血飛沫が周囲へ飛び散っていく。その勢いは凄まじく、普通なら立ち止まってしまうような数のゾンビ相手であっても、リタは一切速度を落とすことなく強引に道を切り開いていた。
そんなリタが無理やり確保した僅かな安全地帯へ、正人、祈、リルの三人もすぐさま続いて駆け出して行くが、問題はリタ一人だけでは圧倒的に火力が足りないということだった。
目の前のゾンビを倒しても、奥からは次々と新たなゾンビが押し寄せて来るせいで、減っていく数より増えていく数の方が明らかに多く、このままでは切り開いた道すら徐々に呑み込まれてしまう。
その状況を瞬時に判断した正人は、即座に次の指示を飛ばした。
「リル!!リタの横につけ!!前を一気に押し込むぞ!!」
「了解」
短く答えたリルは滑るような動きでリタの隣へ並ぶと、腰に差していた刀を静かに抜き放ち、そのまま最小限の動きだけで目の前に迫って来たゾンビ達を次々と斬り伏せていく。
リタが速度と破壊力で敵陣を食い破る戦い方をするのに対し、リルは必要最低限の動きだけで急所を正確に断ち切る洗練された剣技を見せており、二人が横並びになったことで前方の制圧力は一気に跳ね上がっていた。
しかし、その代償として左右と後方から迫って来るゾンビへの対応は正人と祈の二人だけで受け持つことになる。
だが、ここまで数え切れないほど訓練と実戦を繰り返してきた二人にとって、ただ数だけが多いゾンビなど恐れる相手ではなく、左右から飛び掛かって来たゾンビを正人が剣で強引に薙ぎ払い、その隙を縫うように祈のクロスボウが正確に頭部を撃ち抜いていくことで、一切の隙を見せることなく周囲を制圧していた。
放たれる矢はまるで吸い込まれるように急所へ突き刺さり、その度にゾンビ達が力を失って崩れ落ちていくが、祈の攻撃はそこでは止まらない。
次の標的を即座に捉え、迷いなく引き金を引き続けるその姿には、かつて戦闘に怯えていた頃の面影など既に残っていなかった。
「このまま進むぞ!!行けるか?祈!?」
「もちろん!!」
祈は連続してクロスボウを放ちながら迷いなく答え、その声色には恐怖どころか戦場に立つ覚悟と自信すら感じられる。
仮面によって表情こそ見えないものの、これまで共に戦い続けて来た正人には、その言葉が決して強がりではないことがはっきりと分かっていた。
互いの癖も、呼吸も、戦闘中の思考すら理解出来るほど長い時間を共有してきたからこそ、今の二人には余計な確認など必要無く、短い会話だけで十分に意思疎通が成立していたのである。
「よし!!なら、全力で進むぞ!!」
その声を合図に四人は更に速度を上げ、前方ではリタとリルが道を切り開き、左右と後方から迫るゾンビを正人と祈が迎撃することで、四人はまるで一つの部隊のような完璧な連携を見せながらゾンビの群れを突き進んで行った。
そして激しい戦闘を続けながらも、四人はついに施設入口へと辿り着く。
「ここからリアに任せる!!」
正人は即座に持ち込んでいたパソコンを施設のセキュリティー端末へ接続し、拠点側でサポートに回っているリアが遠隔操作で施設内部へ侵入出来るよう準備を整える。
今回の作戦では、リアが遠隔から施設内部のシステムへ侵入し、入口のセキュリティーを解除する予定となっているが、この施設は国が管理する極秘施設――言わば国家中枢とも呼べる場所であり、そんな重要施設の防衛システムが簡単に突破出来るほど甘くないことなど最初から分かり切っていた。
例え、頭脳面において圧倒的な能力を持つリアであっても、完全に守りを固められた国家レベルのセキュリティーを突破するには相応の時間が必要になる。
だからこそ、その時間を稼ぐ役目は現場にいる自分達が担わなければならなかった。
「来るぞ!!絶対にリアの邪魔をさせるな!!」
正人が叫んだ直後、再び大量のゾンビが通路の奥から雪崩れ込むように押し寄せて来る。
狭い入口付近へ密集しながら迫って来るその光景は圧迫感そのものであり、普通の人間であればその数を見ただけで戦意を失ってしまうほどだったが、それでも四人は一歩も退かず、それぞれが武器を構えて迎撃態勢へ移行すると、迫り来るゾンビ達を次々に迎え撃っていった。
「ぐッ!!まだかリア!!」
正人は飛び掛かって来たゾンビの頭部を剣で叩き割りながら無線へ向かって叫び、その直後、少し焦ったようなリアの声が返って来る。
「もう、少しです‥‥ここのファイヤーウォールを突破すれば‥‥ッ!!」
無線越しには激しくキーボードを叩く音が響いており、リアもまた向こう側で限界まで集中しながら作業を続けていることが伝わって来る。
「どうした!!何かあったか!?」
「それがファイヤーウォールは無事に突破したんですが、内部のシステムが完全にロックダウンに入っているようで、ここからでは施設のセキュリティーを解除することが出来ないです!!」
その報告を聞いた瞬間、正人の視線が鋭く細められる。
しかし、想定外の事態に直面しているにも関わらず、その表情に焦りは無かった。
この施設が簡単に突破出来ない可能性など最初から織り込み済みであり、だからこそ最悪の場合に備えた別プランも既に準備してある。
「つまり、プランBの方で行くしかないってことか」
「はい!!管理室までパソコンを運んでくれたら、全てのシステムに侵入できます!!」
「分かった。あとはこっちで何とかする」
正人は短くそう答えて無線を切ると、即座にバッグの中から爆弾を取り出し、迫り来るゾンビを迎撃しながら施設入口へ設置を始める。
静かに作動音を鳴らし始めた爆弾を前に、正人は重厚な施設扉を鋭い目で睨みつけながら、次の突入に備えて小さく息を吐くのだった。




