第四話 僕は ~戯れ~
ユンクォさんはスナグモを見て少し動揺する。が、直ぐに飛び起き警戒の姿勢へ変わる。
「練習試合……あの熊か」
「ユンクォ様は理解が早くて助かりますね。聡明な方だ」
「元々それっぽくするのが仕事だったんでね」
ユンクォさんはいつもの調子で返す。キスリさんはそういえばこっちもあった、という風に顔に手を当てるが、優先順位を固めて直ぐにスナグモに向き直った。
「……この際キルニが偽名だったことはいいわ。スナグモ、さっきあなたの言った準備というのは……」
「分かるでしょう? あなたたちが北の大地へ行っても少しは生きていけるようにちょっとした手慣らしをしてもらったのですよ」
「……やっぱり、目的が分からない。死人すら出すほどの、お前のいう練習試合をさせて俺達に北の大地へ、向かわせて何がしたいんだ」
「こちらとしては北の大地に赴いてくれればそれで構いません。それだけで私の願いは叶いますので」
僕の問いに対しての返答は嘘をついているようには思えない。だからこそ気味が悪い。スナグモは思い出したようにそうだそうだ、と手を叩きます。
「ただしですねニト様。あなたには忘れ物をしないでいただきたい。一応の忠告です。あなたのことですから忘れることはないでしょうが一応、お尋ねしておきます」
「……カードのことか」
スナグモ関係の持ち物と言ったらそれしかない。確かにあれを何処かに忘れたり、失くしたりすることは絶対ないようにしてきた。実際、今もあれはバッグの中に入っている。
「あれがなければ北の大地に来ても意味がないですからね」
「つまり、あれはお前の目的にも関係があるのか?」
「ニト様。全てが同じものから始まるとは限りませんよ。私とあなた方の矢印が交わっただけです」
「……」
どうやら詳細なことは何にも教えるつもりはないらしい。ユンクォさんが合間を縫うように声を出す。
「お前が望んでいることは一応分かったことにする。……はっきり言っておくが、私達は誰に言われようと言われなかろうと北の大地へ行くつもりだ。だが、そんなことお前なら知ってる筈だ。私とクアリはニトに付いてきてるだけだが、ニトの動機、両親の市はそれでもお前は現れている」
「言い直しにはなりますが練習試合を……」「私はお前が現れたことを言っている」
スナグモの言葉をぶった切ってユンクォさんは続ける。
「分かりやすい話、催促でもしに来たんだろ? 早く北の大地に行けって」
感想を聞くとかなんとか、適当なことを言うなとユンクォさんは続けた。
「……」
スナグモは少しの間黙った。図星だったのだろうか。ただ、焦っている様子もなく平静を保っている。
「やはり、ユンクォ様はやりづらい。本来介在するべきでない意思というものを強制的に表へ晒すことになりますから」
「なら今のこれは誰が支配すれば良いのかしら? 神様? それ以上戯言を吐くなら私達も待ってちゃいられないわよ」
キスリさんは杖を構えていた。確かにスナグモが何か利益を齎すでもないのなら、これ以上聞いている必要はない。クアリさんのように先手を取るのは最適だ。僕は未だ眠るクアリを地面にゆっくりと下ろしてその前に立ち、マチェーテを構える。ユンクォさんは拳を固め片足を少しだけ下げる。視線の中心で仮面は揺れる。
「支配すべきはただ一つ。運命ですよ」
スナグモははぁとため息をつく。
「まあ良いでしょう。ならば一つだけ。――ヨムにイクグル、……エナーを殺したのは私達です」
「「っ!」」
僕とキスリさんを見やりながら発したその言葉に、僕達三人が動くのは同時だった。詠唱の暇はない。僕はマチェーテを振り上げながら駆け、ユンクォさんは地面を抉りながら前方へ跳躍。クアリさんの杖には魔法陣が展開される。
「『水流』!」
キスリさんの『水流』がスナグモを抉ると同時、僕のマチェーテと身を翻したユンクォさんの踵が各々スナグモの肩を裂く。……しかし。
「……気持ち悪いな。蹴った感じがしない」
ユンクォさんは苦虫を噛み潰したような顔で呟く。僕にも何か斬った感触はなかった。目の前には肉体が殆ど形を保っていないスナグモ。それが蜃気楼のように空気に溶けて消える。
「……蜃気楼なんて知るか!」
「――誰も言ってませんがね」
上からの呆れたような声に僕らは一斉に見上げる。いつの間にか高木の枝に腰掛けていた。キスリさんは怒りを隠さずに怒鳴る。
「スナグモ!」
「おやおや、大分やる気になってくれたようですね。兄を殺したと宣言するのは悪くない方法のようです。最初からこうした方が良かったでしょうか」
「っ! 『水流』!」
キスリさんの咄嗟の一撃はスナグモごと枝を破壊する。
「おっと」
しかしスナグモは『水流』をギリギリで躱し、近くの枝を掴む。そのまま枝を軸に回転して上に飛び乗った。
「急に激しいですね。危ないで……」「余所見をする暇があるんだな」「!」
スナグモが後ろを向くかどうかのタイミングで木を登っていたユンクォさんの蹴りがスナグモの胴を蹴り抜く。
「……またか」
くの字に折れ曲がったスナグモは霧散し、その隣にある木の枝の上にいつの間にかスナグモは立っていた。
「――危ないですね。私を殺すのに容赦がない」
「…… 空を司る神よ、谷底へと落ち行く我が身に力を与えたまえ……『落下切り』!」
予め移動しておいた僕の身体は高く跳躍し、そのままスナグモの居る枝を彼ごと叩き斬った。
「――ここでの遊びはここまでにしましょうか」
もはや分かっていたことだが、スナグモは平然と地面に立っていた。手を後ろに回し丁寧な振る舞いを崩さない。
僕はスキルで着地し、ユンクォさんは直で飛び降りる。キスリさんはその表情はきついままに、しかしピークが過ぎたからか安易に攻撃することはなかった。
「……どういうカラクリでやってんのかしらね」
「分かりません。けれど、あれを解明できないとジリ貧だ」
「……」ユンクォさんはただスナグモを鋭い目で見ていた。
スナグモは背を見せる。首だけを限界まで回してこちらに顔を向ける。
「ではでは。今度は北の大地でお会いしましょう」
――直後。そこには何も無かった。あるのは更地だけ。
「……くそっ!」
キスリさんは杖を握りしめながら感情を隠さない。腕が脱力する感覚が僕を襲う。ユンクォさんは不服そうに戦闘態勢を解いた。




