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1,000数えるまでに君にキスしたい  作者: 桐生
冬の風景
16/25

016:「さんぽ」「かさ」「ゆどうふ」

 昨日から、細く雨が降り続いている。

 窓から見える銀色の線は、針葉樹の涙みたいに地上へと身を投げてゆく。ビル風に少し流されながら、雪になれないままで地上へと辿り着くのだろう。


 この季節の雨はなんだか冷たくて、室内にいるのに体の芯まで冷やそうとしてくるから、いっそのこと外に出てやろうと思い、僕はカーテンを閉めて出掛ける準備をする。

 散歩に出るなら、ズボンの下にタイツも履いて、マフラー、コート、手袋、それから傘も忘れずに。

 ポケットにスマホと財布を突っ込んで、鍵を手にドアを開ける。

 寒い、けど、こんな天気のお陰で外を通る人も車も見当たらない。


 傘を差して歩くと、軽い雨音が傘を弾く。

 今日は湯豆腐にしよう。こんなに寒い日には、昔に君が作ってくれた特製湯豆腐が懐かしくなるから。


 そんなことを思いながら、スーパーへと足を向けた。



 買い物をして店から出ると、ふと駐車場に見覚えのある傘が咲いた。

 明るい鮮やかな緑の、雨蛙色の傘。


 ――あぁ、うん。

 今日は何となく会う気がしたんだ。

 こんなに寒いせいで、君が教えてくれた湯豆腐を思い出したりなんかしたから。


 大きいお腹を庇うように、傘を差してゆっくりと助手席から降りると、旦那と一緒にスーパーに入ってゆく。

「あの時、君のことを留められていたなら」とはもう思わないし、幸せそうに歩く二人を見ても心は痛まない。

 僕だって、あの頃から一歩くらい……三歩くらいは進んでるつもりなんだけど。あっという間に母親になってしまった彼女を見ると、僕だけが時間に取り残された気持ちになって少しだけ寂しくなる。



 僕の傘が、見分けのつかない傘で良かった。

 傘に隠れるようにしてゆっくりと立ち去る。


 家に着き、ドアを閉めて、一息。

 外の音を閉め出して、鍋の用意をする。

 豆腐を切って、油揚げを切って、長ネギを切って。

 水100ccに対して重曹1g。


 弱火にかけて、ふつふつと沸騰してゆくのを眺める。部屋の中の湿度が上がり、鍋の音に負けた雨音が少しだけ遠ざかる。初めは透明だった水分が、段々白く濁ってゆく。薄いベールをゆっくりと幾重にも脱いでゆくように、少しずつ、少しずつ。


 器に豆腐をとって口に含めば、噛む隙もなく解けて喉の奥へと滑り落ちる。

 温かかった、昔の思い出を飲み込むように、するりと逃げてゆくのを何度も口へと運び。

 あの頃よりも満たされない感情に、気付かない振りをして眠り。

ハッピーエンドが家出しました。

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