百合の頼もしい友人
休日の昼下がり。落ち着いたカフェのテラス席で、百合の25年来の友人である志保は冷たいカフェラテのストローをガラガラと音を立てて弄んでいた。
対面に座る百合は、申し訳なさそうにカップを両手で包み込んでいる。
「……で?またその『冴子さん』が、玲ってやつと親しげにしてたからって、一人で勝手に落ち込んで夜中に試作室に引きこもってたわけ?」
志保の鋭い一言に、百合は肩を跳ねさせた。
「……落ち込んでなんか、ない。ただ、新作のアイディアを詰めていただけよ」
「嘘おっしゃい。顔に『惨めで寂しいです』って書いてあるわよ」
志保はハァーと深々と溜め息をつくと、頬杖をついて百合をジト目で見つめた。
「あんたが20年もずーっとおんなじ人好きでい続けてんのは知ってるけどさー。私ずっと言ってるけど、諦めたら?やめといた方が良いよ〜」
「志保……」
「だってさあ、その冴子。ダメ男と同じじゃない。あんたの好意に無自覚なふりして甘えて、手元に繋ぎ止めて、自分はいい顔して他の奴にも愛想振りまいて。あんたを生殺しにしてるだけじゃん。無自覚なタラシが一番重罪なのよ」
「さ、冴子さんって呼んで⋯!呼び捨てなんかダメ。それと、そんなことないから!冴子さんはただ、仕事に厳しくて、誰にでも平等なだけで、」
「はいはい、出た出た。20年もののフィルターかかった庇い立て」
志保は呆れたように手をひらひら振ると、自分の頼んだミルフィーユの端をフォークで一口すくい、強引に百合の口元へ突きつけた。
「ほら、食いな。甘いもんで頭冷やしなさい」
「ん……っ、美味しい……」
「でしょ?うちの新作。……ねぇ、百合」
志保のトーンが、ふっと冗談めかした雰囲気から、真剣で温かいものに変わった。
まっすぐに見つめてくる親友の瞳には、百合を心から案じる優しさが宿っている。
「私ね、あんたのパティシエとしての腕を誰よりも買ってるの。それ以上に、あんたには絶対幸せになってほしいと思ってる。だからさ……もう見てられないのよ」
「……」
「もうさ、うちの店に来なよ」
「え……?」
「本気よ。引き抜き。パティシエとして破格の条件出すから。あの人の側から一度離れないと、あんたの時間は永遠に止まったままだよ。20年の片想いなんて、もう賞味期限切れ。新しい場所で、新しい恋探しな」
志保のまっすぐで力強い言葉に、百合は胸を突かれたように固まった。
志保がどれだけ自分のことを大切に思ってくれているか分かっているからこそ、その優しさが痛いほど胸に染みる。
けれど──。
「……ありがとう、志保。本当に、嬉しい」
百合は寂しげに、けれど頑なな笑みを浮かべ、ゆっくりと首を横に振った。
「でも……私、やっぱり冴子さんのホテルを離れることはできないわ。あの方の側で、あの方の作るホテルでケーキを焼き続けることが……私の、選んだ道だから」
「…………はぁ〜〜〜〜〜〜〜っ」
志保は天を仰ぎ、この日一番の大きな溜め息を吐き出した。
「重症。ホントバカ。救いようのない恋愛脳バカだわ、あんた」
「ふふ、ごめんなさい」
「謝んなくていいわよ!あーあ、頼もしい右腕が手に入ると思ったのに計算狂ったわ。……いい?もしその総支配人に泣かされたら、いつでも私のところに逃げてきなさいよね。即効で殴り込みに行ってあげるから」
「ふふっ、冴子さんは強いから、志保でも勝てるか分からないわよ?」
「そういう問題じゃないの!タチの悪いダメ男には容赦しないのっ!」
プンプンと怒りながらも、志保は百合のグラスに冷たいお水を注ぎ足してあげるのだった。




